第5話 向日葵畑
第5話です
今回は、ライバルチーム「向日葵畑」の日常(?)を描きました。
ギルド本部の酒場を横切ってカウンター傍の階段を下り、地下の扉を開ける。その奥の会議室には、特攻部隊隊長・副隊長以外の全員が一堂に会していた。会議室全体が黄色い光で照らされ、なんとも温かい気分になる。2人は自分の所定の位置に行き、腰を下ろした。エルドラは、会議が始まる直前まで、口に飴玉を放り込んでいた。
「皆、今日は急な呼び出しに応じてくれてどうもありがとう!幾人かは折角の休暇中なのにごめんね?」
会議室のスクリーンの目の前に座っていた少女が声をあげる。彼女の名前は桃長向日葵。このチームのリーダーであり、「香宴乱舞」を使う人族である。
「そんなこと気にする人はこの場にはいないと思うけどね。一つだけ言えることがあるとするならば、僕とエルさん、トーヤ以外の男性の幹部を増やす、もしくは、僕達を幹部職から降ろしてほしいといったところでしょうか。」
眼鏡をケースから取り出す甚平服を着た中世的な顔立ちの男子。このチームの最年少であり、特殊部隊の副隊長を務めるエリート。グンタイアリの魔蟲族、クレイリー・ウーバーがそんなことを言う。
「ここは、「ガールズ」なんだから仕方ねえだろ、特攻隊隊長っていう良い役職に任命されてる俺からしたらな。」
「何?喧嘩売ってる?僕の軍団で食い潰しますよ?」
「あ?俺の能力で全部喰らい尽くしたらぁ!」
エルドラとクレイリー自体はよく気が合うのだが、方向性の違いなどにより、衝突することもしばしば。それも魔蟲族としての特性能力とエルドラの能力が似ているため、競争心が激しかったりするのだ。
「僕に勝てると?本気でそんなこと思ってる?アンタの序列は58位!それに対して僕の序列は49位です!これが実力の差というものですよ。」
「知らねえよ!第一、本気を出しや俺の方が強いんだよ!」
「それならば何故序列戦で本気を出さないんですか?ああ、もしかして、その状態で負けたら恥ずかしいからですかね?すみませんね、図星でしょう?」
2人の間で火花が散っている。2人の喧嘩の勢い(特にエルドラが発するプレッシャー)が強いため、誰もその喧嘩を止められないでいる。ツボミは渋い顔をして頭を抱え、ヒマワリは微笑ましくその光景を眺めている。遂には、2人とも自分の席を立ってしまう。
「何か言ったか、クソガキ!」
「フフッ、そんなにも短気だから特攻隊隊長なんて言う役職なんじゃないんですか?何も考えずにただ赤い旗に突進していく闘牛のように、いつか、周りが見えなくなりますよ。ああ、ツボミさんが可哀想だ、苦労しか、ストレスしか溜まらないでしょうに…。」
普段、特殊部隊として活動している彼は、あまり前線に立つことが無く、立ったとしてもその頃には特攻隊の仕事は終わってしまっているため、まったくと言っていいほど、エルドラの仕事の様子を見ていないのである。無知とは恐ろしいものである。
「チッ…、姉御!俺は修練場に籠るぜ…!こんな奴と同じ部屋に居るっつーだけで吐き気がすらぁ!」
ヒマワリは何の躊躇もなく素敵な笑顔でエルドラの背中に語り掛けた。
「良いわよ。修練場、滅茶苦茶にしてくれても良いけど、備品だけは壊さないようにね?」
エルドラは、その言葉に手を振って応える。そのまま彼は、お菓子の袋を根こそぎかっさらって、修練場へと行ってしまった。その後ろ姿を見て、クレイリーは更にエルドラを馬鹿にしようと口を開く。
「あんなにお菓子を持って行ってさぁ、会議をサボってまでお菓子食べたいんですね、あの人は。」
そう言いながら、自分の席に座る。真面目な彼からすれば、エルドラは大事な会議ですら、欠席し、全ての業務を副隊長のツボミに任せているようにしか見えていないのだ(実際、その通りだが…)。
「あんな怠け者は放っておいて、本題へと行きましょう、姉さん。」
「ん?ああ、そうね、今回の会議の議題は、『新人達への対処』よ。5日ほど前に裏世界へと入ってきた子達のことは皆知っているわよね。こんな会議をしなくても恐らく直ぐに決まってしまうとは思うのだけれど…。」
ヒマワリはそれぞれの隊長・補佐官達の目の前に置いてある紙を指差してから、机の下から投票箱を取り出した。
「選択肢は2つほどだけど、他にも意見があれば書いてくれると助かるわ。1つ目の選択肢は、先輩として優しく接する。もう1つは…、私達の序列のために、後輩達にこの世界を厳しく教え込む。他にも意見があれば、教えてほしいけど…。」
十数分後、スムーズに会議は終わった。会議での書類を纏めた後、ヒマワリはクレイリーに声をかける。
「クレイリー君さ、会議が終わったって兄貴に伝えに行ってくれる?」
ヒマワリが呼ぶ兄貴とはエルドラのことである。リーダーはヒマワリだが、歳は上なのでプライベートでは兄貴と呼んでいる。本人は嫌がっているのだが。
「姉さんの言葉なら…。」
「私もついていくからね。喧嘩しないように!」
ヒマワリは無邪気に笑いかける。クレイリーは仕方ないとでもいうように荷物を纏める。
「なんで兄貴をあんなに毛嫌いしてるの?」
修練場に行く道中でヒマワリはクレイリーにそんなことを聞く。クレイリーは当たり前のように答えた。
「当然でしょ、仕事をしない人が幹部で居ることが出来ていることが不思議でならないからですよ、なんであんなのをチームに入れたんですか…。」
「クレ君って初期メンバーだっけ?」
クレイリーは少し立ち止まってから考え込み、また歩き出す。
「このチームが設立されたのって3年前ですよね?だったら、最初から居ますね。」
「違うんだなぁ、初期メンバーってそういう意味じゃないんだぁ…。」
ヒマワリが立ち止まったため、クレイリーも立ち止まり、ヒマワリの方を向く。ヒマワリはあざとい笑顔でクルクルとその場で回り始める。
「元々、このチームは私の両親が率いていたんだけどね。とある事件をきっかけに事実上の解散までしちゃって。私が色々な国に放浪してたときにとある2人から、私を筆頭にして、チームを立ち上げてほしいってお願いされたの。」
「きっかけとなった人は誰ですか…?今のチームの古参のメンバーなら大体の名前は分かりますよ。」
ヒマワリはそこで回転を止め、よろけもせずにまた歩き出す。
「1人は祖天愛ちゃん。「主役の中の主役」の暗殺部隊隊長、祖天匠の実の妹。」
クレイリーは、少し驚きながらメモを取り続ける。
「あの2人が兄妹…?全然似ていないですよ?メグミさんは強くてとても憧れます。でも、タクミサンみたいな圧までは…。」
ヒマワリは、自分の口に指を当て、黙るように身振りをした。クレイリーは勿論、口を紡ぎ、ヒマワリの話を最後まで聞こうとする。
「そこは兄妹なんだから仕方ないでしょ?もう1人は兄貴ことエルさん。貴方よりも後に入ったことになってるけど、あの人、故郷に里帰りに行った時があったからね。丁度、その時じゃあなかったかな?入れ替わりで貴方が入ってきたの。まぁ、里帰りしてから、今までと態度が一変したの…。」
「事情は…?」
「勿論、聞いていないわ。プライベートなことだろうし、以前聞こうとした特攻隊の子が肩に噛みつかれて大怪我してるから…、聞く勇気も無いかな。」
「噛みつかれて…ですか。物騒ですね、猶更、手元に置いておいたら危ないのでは?」
「言われたよぉ…。それも本人の口から直接ね。「これからの自分はもっと荒れてくる。姉さん達に多大なる迷惑をかけると思うから、俺はチームを辞めたい」ってね。」
「その時に何で留まったんですか…、危険だって分かってるなら、留まる意味なんて…。」
「最初はお菓子で釣ってたんだけど、何度やっても聞いてくれなかったから、最後のダメ押しで女子幹部全員で泣き落としちゃった!」
クレイリー絶句。その頃の女子幹部のメンバーは今よりも少ないとはいえ、10人以上は居たであろう。そんな女子達から取り囲まれ、挙句の果てに泣かれたとあっては、断れないだろう。というか、焦りに焦ったであろう。クレイリーは生まれて初めて、エルドラに哀れみ・共感を覚えた。
「そんなキャピキャピした表情で言える事ですか…?恥ずかしいとは思わなかったんですか…?」
少し困った表情でクレイリーはヒマワリに問いかける。ヒマワリの答えは…、
「その時の女子幹部全員の黒歴史だよ?」だった。
額を押さえ、下を向くクレイリー。
「そりゃそうでしょう?女子幹部全員で泣き落としって…。事後だから言っちゃうけど、誰もあの時の話はしたがらないよ。」
「したがる人なんて居たら、いくら僕でも引きますよ…!というか、エルさんがチームで好き勝手してる理由って…。」
「あはは…、分かるでしょ?」
クレイリーは最早、上を向いて歩けなくなってしまった。エルドラが好き勝手している理由を悟ってしまったからである。遂にはこんなことまで言い始めるようになってしまった。
「ダメだ、もうエルさんのこと、嫌いになれなくなった。チームに残ることになった理由が不憫過ぎる…!」
「いやぁ、やり過ぎちゃったよね、本当に…。」
「あの時、幹部という役職に任命されている以上仕方ないって言ってたのって…!」
「多分、トラウマ…までいかないかもしれないけど、女子幹部を敵に回したくなかったんだと思うよ…。」
呆れて物も言えなくなった彼は、修練場に着いたことに気づかず、そのまま修練場の鉄の扉に頭をぶつけてしまった。ゴーン!という甲高い音が響き、クレイリーは頭を押さえながら、尻餅を付く。目尻には少し涙が滲んでいた。
「イッ……………!!!」
「うっわぁ…とっても痛いやつ…!大丈夫…?氷、持ってこようか?」
「だ……だ…大丈夫…です…!頭全体に響いた…!」
甲高い音が響いたためか、エルドラが修練場の扉を開けて、ひょっこりと顔を出した。髪はボサボサで、汗だくになっている。
「中まで音が響いて来たぞ…。ってお前、何してんだ…?取り敢えず、中に入ってこい。氷なら幾らでもあるからよ。」
エルドラが差し伸べた手を、クレイリーはしっかりと掴み、そのまま引き上げてもらう。躊躇なく手を握られたせいか、エルドラは少し怪訝な顔になり、クレイリーに問いかけた。
「どうした、会議前と後で俺に対する反応が違うぞ。俺のことすらどうでもよくなるような、心が軽くなるような嬉しいことでもあったんか…?」
「僕にとっての貴方のイメージが変わっただけですよ…。」
エルドラは首を傾げるが、一先ずクレイリーの手当をしようと、修練場へと招き入れる。その際、ヒマワリも一緒に入って来たことで、何があったかを悟ったらしく、諦めた表情になった。その後、2時間ほどは、修練場から誰も出てくることはなかった。
~ギルド内、酒場「サンライト」~
会議が終わり、幹部達全員が集まっている。その中で一際目立つ集団が居る。猫妖精族のリート・マスージ三世。同じく猫妖精族のキャリー・ニャンク。樹妖精族のコーサ・シルフェード。龍神族の希平和。魔蟲族のシャルラ・ガ・ディナー。この5人が、カウンター席に座り、会話を弾ませていた。
「ツッキーちゃん!シルバーカクテルもう一杯!」
リートの叫びに応え、カウンターでカクテルを作っていたのは、天使族のツキエル。幹部の1人で、酔っぱらった5人の話を笑顔で聞いている。
「リーちゃん、ちょっと待っててね、直ぐに作るから。」
「にゃ~、分かっらぁ…。」
「リートさん、多分待ちきれずに眠っちゃうと思いますよ…。というか、いつも酔わないからって、何を私に飲ませたんですかツキさん…。龍神族は滅多に酔うことは無いのに、今、物凄く頭が痛いし、気分悪いのですが…。」
「中心街から仕入れたスピリタスですけど…?」
「の、飲めるわけないでしょう!?うう…、ど、道理で…今日、やけにここに来るときにウキウキしてるなと思ったんです…。」
そんなことを喋りながら、団欒する6人。暫くして、3人の影が6人の隣へと腰を下ろした。
次回からまた、主人公達の話に戻すつもりです。