第4話 2人からの依頼
新キャラが出ます。
~テツヒロサイド~
さっき、男はベイルの実姉だと言っていたが、目の前に座る可愛らしい少女はどこからどう見ても人間である。尾や鱗、鋭い牙も無く、何を以て男はこの少女をベイルの実姉だと言えるのか。テツヒロは、頭の中の整理がつかなくなっている。キョウジはもう既にある程度冷静になってはいるが、マユは理解が追い付かず、内心、パニックに陥っていた。そんな客人達の様子には目もくれず、男はサッと少女の隣にドカッと腰を下ろし、ジェスチャーで3人に座ることを促す。仕方なく、3人は腰を落ち着ける。
「そうじゃ、妾の名はクリステン・グランロード。我が弟、ベイルを知っておるようじゃな、未来ある若葉たる少年少女達よ。歓迎するぞ、ようこそ裏の世界へ!」
「は…はあ…。」
「クリス、俺の自己紹介もさせてくれや。」
「ん?シャラララ!なんじゃ、この世界の帝王が自己紹介をしておらんのか!不思議なこともあるもんじゃのう!」
「帝王なんかじゃねぇよ!俺は「世界最弱」だぞ!」
「シャララ」という不思議な笑い方をする少女を目の当たりにし、目が泳いでしまっているテツヒロ、そんな幼馴染の状態を見てやれやれと肩を竦めるマユ、そんな2人を置いてけぼりにし、キョウジは話を進める。
「アンタがあの時の少年だってんなら俺はまだ謝らないといけないんだがな…。俺が飛行機の中で襟首を掴んだ少年は紫色の髪で左目を縦に割るかのような傷痕があったのは覚えている。だが、今のアンタは黒髪で左目に傷痕なんて無い…ように見える。だがしかし!周りの奴らはアンタのことを「トモ」と呼んでいる。どういうことか、早く説明が聞きたいもんだぜ。」
そう言うと、キョウジはテーブルの上に置いてあった酒瓶に手を伸ばし、慣れた手つきで指で栓を抜き、ラッパ飲みをする。軽く空気を吐き出し、瓶をテーブルへと叩きつけ、男の方へと向き直る。その音で我に返った2人も男に視線を向ける。
「ハハハ…、聞きたいことなら山ほどあるぜ…。なんでアンタは俺達をこの世界に連れてきたのか?俺達がこの世界ですべきことは?アンタはさっき「この姿は痛覚がある」と店主に言ってたな?なら痛覚がない姿の話、それとなんで2つの姿を持っているのか?取り敢えずこの質問に答えてもらうぜ。」
男は急に立ち上がり、キョウジを見下すかのように見つめる。キョウジは不良のようにドカッという音とともに座り直し、上目遣いで男を睨みつける。そのままの姿勢で1分が経過した頃、男は溜息を吐き、右手から紫色のオーラのようなものが男の姿を包み込む。数秒後、そこには飛行機内で見たあの少年の姿があった。クリステンは持っていた扇子で口許を隠し、男の発言を待っている。それに気づいたのか、漸く男が口を開いた。
「ツモトキョウジ…お前、本当に表の人間か…?」
「ああ、俺はこんな世界、聞いたこともなかった。」
「ハハハ…!愉快だぜ、どこまで分かってやがる!そうさ…飛行機にいたのは俺だ。俺の名前は竜崎友也。今は虎根友だけどな…。元・表の人間さ。」
「トモ、その話し方をやめてくれるかの?妾はそなたのそのはっちゃけた口調は嫌いなのじゃ。」
クリステンがすかさず突っ込みを入れる。よく見れば彼女の目は三日月のようにつり上がり、黄金の目が獲物を狙う猛獣かの如く、トモを睨んでいた。扇子で隠していた口許からは真っ白に光る牙が覗き、白く輝く爪が扇子をズタズタに切り裂いてしまっている。そうとう怒っているようである。
「……。分かったよ…普通に戻すよ…。ああ、この世界に連れてきた理由…だったよな…。」
クリステンは元の微笑みに戻す。
「見苦しゅうところを見せてしまったの。」
「別に…いい…。トモさんよ、さっさと教えてくれ、俺も気が長い方じゃねえからな。」
キョウジは、酒瓶をひっ掴み、大口を開けて酒を流し込んだ。少し溢れた酒が口許を伝い、腕でグイッと酒を拭く。
「呑み慣れてるな。」
「っ…。ああ、別にアンタにゃあ、ちょうどいいだろ、アンタも大酒呑みっぽいし。」
トモは「スピリタス」と書かれた酒瓶を手に取り、キョウジと同じようにイッキ呑みする。とてつもないアルコールの匂いが個室に充満する。
「ウグッ…!?」
「ス…スピリタスってアルコール度数96パーセントのヤバイやつでしょう!?そんなもの、イッキして死んじゃいますよ!?」
テツヒロは口を押さえ、マユは慌てて叫んだ。キョウジも若干しかめっ面をしている。
「アンタがそんなにも強いのを呑むってのは、予想外だ。マユの言う通りだ。急性アルコール中毒で死んじまうぞ…?」
心配をしている3人を余所に彼はスピリタス2リットルを一本呑み干してしまった。横からクリステンが声をかける。
「心配されているわよ。この部屋のアルコール、貴方の能力で中和出来るでしょう?話が進まないわよ?」
「「「中和?」」」
「そうだな、話が脱線し過ぎてる。キョウジの質問に答えてやらねえと。」
彼が指をパチンと鳴らすと、部屋に充満していたアルコールが中和され、2人の顔色も良くなったように思える。テツヒロは息を吐き出して、深呼吸をした。
「助かった…よ。トモさん、ありがとう。」
「さん付けしなくていいぞ。ベイルにも言われたろ?」
彼は更にスピリタスの瓶を開け、がぶ呑みする。今度はアルコールは彼の周りにのみ、漂った。
「俺がお前らをここに連れてきたのは、まあ気まぐれだよ。運命だったと言ってもいいけどな。納得させる気はない。気まぐれなのは、本当だからな。」
アルコール度数がかなり低い酒瓶を、テツヒロとマユの目の前に置き、呑むように促す。
「酒は入れてくれ。話しやすいしさ。」
2人は少し戸惑いながらも、酒瓶の栓を抜き、軽く唇を濡らす。アルコール度数が低いことを確認すると、ちびちびと呑み始める。
「この世界ですべきこと…ね。特には無いが、1つだけ。能力を授かったやつは序列がつけられる。序列を上げるためにそれぞれがそれぞれを出し抜こうとする。その競争に参加しないといけないわけさ。参加するときに必要なのは、「チーム」だ。」
「チーム?そんなものがあるのか?」
「ああ、最近伸びてるところだと「主役の中の主役」、「白尾の正義」、「混沌の繭」、「向日葵畑」辺りかな。序列自体は個人につけられるものだが、チームを組めば全体の株が上がる。」
「仲間を見つけろって訳か。なら俺達には…。」
「そうさ、俺が連れてきたのは76人。十分な人数だ。だが、初心者が集まり過ぎてもな。」
急にテツヒロが話に割り込んできた。
「そんなこと言われても俺達にここでの知り合いなんて居ないぞ!?トモさ…っ、トモだって序列付きなら俺達が作るチームには入れないだろうし。誰を入れろって…?」
「そこは妾が説明しようかの。」
いつの間にか修復された扇子を他の4人の前に突き出した。クリステンはトモを見やり、ニコリと微笑む。
「いいじゃろう?これは妾だけでなく、国からの依頼なのじゃ。」
「クリスがここに居たのはそういうことか…、まあいいよ…。」
クリステンはテツヒロ達3人の目の前に立ち、頭を下げた。
「妾の弟である、ベイル・グランロードをそなたらのチームに入れてもらいたいのじゃ。これは依頼。報酬は出す。」
勿論、テツヒロ達には何がなんだか分かっていない。
「あ…頭を上げてください!王女様がこんな18歳の未成年に頭なんて下げても!」
「ここは「平等」な世界だとは聞いたが、地位ある人が頭を下げるのは…。」
何を言われようともクリステンは頭を下げるのをやめない。どころか、地面に頭が付くくらいまで下げてしまっている。
「クリステン・グランロード!」
トモの一喝で、クリステンは体をビクッと跳ねさせ、泣きそうな目でトモの方を見る。そのまま立ち上がり、トモの襟首を掴んだ。
「今の妾らにはプライドなどない!ベイルを自由にしてやることがベイルへの罪滅ぼしなんじゃ!妾らの思いを貴様は…、踏みにじるというのか!」
クリステンは泣いていた。泣きながら、トモに対して怒鳴り続ける。
「今の蜥蜴族に誇りがあるものか!2ヶ月もこの町に居なかった貴様は何があったか知らんのじゃろ!?なら、このことに口を出すな!何も知らぬ部外者が今の妾に意見など言えると思うな!」
凄まじい剣幕で怒鳴りつけ、遂には部屋を飛び出して行ってしまった。トモの襟元は乱れ、白シャツが見えてしまっている。
「わりぃ、見苦しかったろ。」
「別に…。依頼ってのはどういう意味だ。俺達は今はそれが知りたくなっちまった。」
トモはまた酒を呑み直す。3人も軽く唇を濡らし(キョウジは普通にがぶ呑みしていたが)、彼の方に向き直る。
「依頼は…地位の高い者から低い者に対してのお願いみたいなもんだ。報酬アリでな。大概の報酬は、金か武器。貴族の奴らは奴隷とかも出してくるな。」
「奴隷なんて…!」
「「平等」な世界だろ…!何で…!」
「胸糞悪くなる話はいい…。話を続けてくれ…。アンタ、さっき何か言いかけてただろ?」
トモは一度、背伸びをしてからまた話し出す。
「俺からの依頼だ。というか、お願いだな。ベイル・グランロードとニャビス・キルシュオーネ、2人をお前達のチームに加えてくれ。」
トモはホッと溜め息を吐き、ソファーにもたれかかった。その楽な姿勢で話を続けようとするが、マユに遮られた。
「ベイルさんは良いですけど、ニャビスさんって誰ですか!?会ったこともない人を誘うなんて出来ないですそんなこと!他のメンバーがどう言おうと私は反対です!」
「座ってくれ、話の途中だ。」
「そんなこと知らな…!」
マユはキョウジに腕を掴まれていた。そのままグイッと引っ張られ、ソファーに倒れこむ。テツヒロが上から肩を押さえつけ、立ち上がれないようにした。彼女が暴れないよう羽交い締めにし、手で口を塞ぐ。
「む~!?ん~!?」
「悪い、話を遮ってしまった。」
「いや、いいけどよ…。そっちは良いのか…?それで良いのか…!?」
男3人は苦笑いをし、マユはその場で暴れ続ける。
「今はキョウジが聞きまくってるけどな、俺も聞きたいことがあるんだ。こんなところで時間使うわけにはいかないんだよ。」
その言葉を聞いてマユは暴れるのを止める。暴れていたと言っても、ほんの10秒程度であったのだが。
「話を続けてもらおうか、こっちのお転婆は落ち着いたようだしな。」
「きょーさん、後で覚えててね…?」
「楽しそうで何よりだ。」
トモは苦笑いを止められず、その顔が歪んだまま話を続けることにした。
~街の中枢地区~
黒い羽を持ち、ペロペロキャンディーを口に咥えた魔族の男と紅髪の人族の女が街中を駆け抜けていた。
「結局ギリギリじゃないですか!?寄り道ばかりするのは分かってましたが、こんなに時間を使ってしまうなんて…。」
「悪いって…。腹減ってて…。だからってペロキャンじゃ多分会議…いや、ギルドに着くまでに無くなると思うんだが…。」
紅髪が腰に巻いたポシェットから、ガムとキャンディーの袋を取り出し、眠そうな顔して欠伸をしている魔族の顔をへと投げつける。
「へぶっ…!ちょ…、あの、高速移動してるんで急に投げないでくれますかね…。落としそうになったぞ…?」
「あと5分です。」
魔族の名前はエルドラ・ブラック。「ОNE」の能力を持つ能力者の中でも珍しい魔族である。紅髪の女の名前は薔薇嵜蕾。彼らはチーム「向日葵畑」のメンバー、その特攻隊長と補佐官を務めている幹部である。
「今日は何の会議?業務連絡、何も聞いちゃいなかった。」
「もう…、心配だなぁ、この人…。」
エルドラの間の抜けた言葉にツボミは頭を抱える。正直なところ、彼女からすれば日常茶飯事ではあるのだが。緊張感の無い態度に戦場では助けられることもあるのだが、日常生活でも続けられるとそれはもうただのストレスでしかない。特攻隊長としては有能なのだが、なにぶん、「ガールズ」なので、男性の幹部が3人しかいないのである。エルドラ自身にもストレスが溜まっており、生活も堕落しているらしい。
「今日の会議内容はですね…。」
ツボミは普段から携帯しているメモ帳を手に取り、会議の概要を読み上げた。
「例の新しく裏に入ってきた人達とどう接していくか?ですね。まあ多分、いつもみたいに初心者潰しみたいな地獄絵図が見えると思いますがね。」
ツボミは急ブレーキをかけて、ある建物の目の前で止まった。エルドラも後から続く。
「ん~、じゃあ何だ、地獄の祭りが開けるのかなぁ…?」
屈託なく笑うエルドラと呆れて肩を竦めるツボミは、「向日葵畑」のギルド本部へと姿を消した。
今まで出てきたキャラの中でもう既に能力が確定しているものだけ詳しい説明と能力名、所属チーム名を次回の設定②に載せておきます。