第12話 死神VS暴虐死体
短めです。
テツヒロは地面へと降ろされ、自殺志願者は大鎌を右手でクルクルと回しながら頭上に放り投げ、柄の一番下のところを右手で掴み、切っ先をリーダー格の男の方へ向けた。
「お前は俺を殺すことを約束してくれるか?」
男はケタケタと笑いながらリーダー格の男に話しかける。リーダー格の男は自分が何を言われているか、理解できていないようで大量の汗をかきながら後退りしていた。その様子に気づいたらしく、男はぴょんと飛び上がってリーダー格の後ろに降り立つ。リーダー格は首をぶんぶん振り、必死になって命乞いをしているが、当の本人はしっかりと相手を見据え、何処へどう動こうと絶対に見失うまいとする意志が彼の眼に現れていた。
「俺の質問に答えようぜ?お前は俺を…殺せるのか?殺せないのか?殺せるよな、お前の能力、お前、もしくはお前の眷属が殺した生物を操るんだろ?なら、必ずお前自身が手を下したやつがいる筈だろ?な、そうだろ?」
リーダー格は遂に土下座し、死にたくないと懇願し始めた。この行動は流石に無視出来なかったらしく男は頭を掻いた。
「いや、あのな?俺は人を殺すのは嫌いでよ…。殺すとかそういうつもりは微塵も…。」
「殺せ!死霊鳥!」
リーダー格の声の後、ドスッ!という音と共に男の首から鳥の嘴が飛び出していた。
「あ…?う、ゴホッ…!?」
男は大量に血を吐き出し、口に手を当てる。その後も死霊鳥は男に何羽も何十羽も何百羽も…。数えきれないほどの腐りかけた鳥が男に群がり、男の姿は黒い羽に包まれて見えなくなった。
「ハ…ハハハ…ハハハハハ…!死にたかったんだろ…?約束は守ったぞ…!俺は…序列1位の男の力を手に入れた…!これで…俺が…最強だ…!」
リーダー格はテツヒロの方を見やり、にっこりと微笑んだ。
「コイツは馬鹿だと思わないか!?なあ糞餓鬼…!今のやつはよ…、世界最強だの序列1位だの言われてたやつさ!俺なんかが一矢報いることなんざ出来ないと思ってた!なのに…なんだ、このザマは!?今までコイツにビビってた俺が馬鹿みたいだなぁ!」
テツヒロはまた自分がピンチな状況に立たされたことを瞬時に察し、立ち上がっていた。だが、テツヒロの意識は目の前のリーダー格よりも黒い羽に飲み込まれながらも未だ立ち続けるさっきの自殺志願者の方に向いていた。
「お?なんだ、あれが気になるのか?心配すんな、あれはもう死んでるよ。あれは俺を舐めすぎたのさ。まあ仕方ない、さあ、餓鬼、あんなゴミクズはほっといて?お前も死んでみよう!」
リーダー格の「死んでる」という言葉に反応したのか、あれだけ刺されてまだ意識があるのか、羽の塊はゆっくりと前のめりに倒れていく。身体が45度ほど傾いたとき、大地を踏み砕き割る音と共に死体だと思われていたものが一歩を踏み出した。その音に驚いたリーダー格はサッと後ろを振り向く。その顔には目に見えるほどに大きな玉になった汗が滲み出していた。
「お前にとって、大きな音立てて喉の奥から声発して意識が完全に保ってるやつを「死んでる」って言えんのか…?俺は…約束破るやつと嘘吐くやつが嫌いなんだよ…!」
羽の塊の奥深くから紫色に輝く眼が、人の心を凍てつかせるような冷たい眼がリーダー格を視界にはっきりと捉えていた。次の瞬間、男の身体からオレンジ色に輝く炎が上がり、自身に突き刺さっていた死霊鳥達を葬っていく。燃え盛る火炎の中でも力強い瞳は色褪せることなく、輝き続ける。炎が消える頃には血はおろか、傷痕すらまるで元から無かったかのように綺麗になくなっていた。
「約束を破る愚か者には他の罪人と比ぶるべくもない…、多大なる…罰を…!『永劫の獄楽焦土』…!」
男がそう言い放った途端、リーダー格を赤黒いオーラが包み込み、消えた。
「な、何をした!?身体に何も状態異常は…!?」
「どうした?「状態報告」で何か言われたか?」
男はニヤニヤ笑いながら地面に突き刺さっていた大鎌を引き抜く。
「不死状態3分…?痛覚倍増…3分!?」
「さて…、それじゃあ…心の準備とかそういうのは待たんから。そろそろ、自分の仕事しなきゃな…。付与獄炎…!」
男が持っていた大鎌に黒い炎が灯され、テツヒロからようやくその顔が見えた。
「ト…トモ!」
(そういや、序列1位とか言ってたもんな…。)
~数時間前~
トモはテツヒロ達と別れた酒場にもう一度やって来ていた。酒場自体にも用事があったため、そのついでに様子を見に来たのだった。
「まだ寝てたか…。一応、確認しに来て正解だったな。さて……ん?」
マユの肩に手を伸ばしたトモの右手首をテツヒロは掴んだ。ぱっちりと目を開き、トモの目を見据える。トモは苦笑いをして、掴まれた右手を引っ込めた。
「お前の聞きたかったこと、聞きそびれてたな。今、答えた方がいいか。」
「序列の…いや、序列に入る条件ってなんだ…。」
「んあ?条件っていうもんはねえぞ。まあ、人族なら能力保持者且つチームに所属していることが条件ってだけだな。」
「上の序列に…選ばれる?条件を聞いた。」
トモは首を振り、肩を竦める。
「そもそも、俺は序列制度反対派だからなぁ…。詳しいことは知らん!」
「そんなんでいいのかよ、序列1位…。」
「まだ俺が生きてたら…、俺が裏に来た理由を…喋ってやる。」
「理由?」
「拾った命、無駄にすんなよ…!」
そう言い残して、トモは個室を出て行った。テツヒロは暫くの間、その意味を考えていた。
(こういう…ことなのか…?『まだ生きていたら』…さっきの自殺志願者風の発言といい…!)
「なあ…よ。」
テツヒロは自分の意志とは関係なく、その口を開いていた。
「なんでアンタは死にたいんだ?アンタ、元々向こうの人間なんだろ?なら、命を無駄にしたらいけないのは寧ろ…!」
「…やる。」
「え?」
「男に二言はねえよ、仕事終わったら、話してやる。今は…コイツの処理だ。」
「ひいいいいいいいい!?!?!?」
トモは大鎌を振り上げ、地面に突き刺す。鎌に灯されていた黒い炎が地面を伝ってリーダー格に燃え移る。靴先に少し触れただけなのにそこから身体全体に燃え広がったリーダー格の断末魔が夜空に響く。
「ほら、行くぞ。終わったからこんなとこに長居する意味はないだろ。」
テツヒロは襟を掴まれ、黒い炎で燃え続けるリーダー格を尻目にトモに引き摺られていく。
「いや…、いいの…?あれ…。」
「連絡してあるし。永遠に燃えるわけでもないしな。最初から許す気もなかったが。」
「ああ…。」
テツヒロは少し離れた河原に連れてこられていた。
「こんな街中に河原なんてあるのね…。びっくりだわ…。」
河原には蛍のような生物が身体全体を光らせながら飛び回っていた。
「蛍…?」
「いや、日本に居る蛍とはまったく違うものだ。どっちかというと蜂に近いかな。シャルライと呼ばれる生物だ。ってか、そんな話がしたいんじゃないんだろ?」
シャルライは数匹がテツヒロ達の肩に止まった。
「なんでアンタがここに居るのか、だろ。そもそもアンタ、自殺志願じゃなくて本当に自殺してここに来たんじゃないのか?」
「酒場の方で少し言ってたっけな、俺が電車に轢かれて自殺しようとしたっての。」
「いや、分からないな。」
「寝てたんだったかな。じゃあ、先ずはそっちから入らないとな。」
トモはテツヒロに酒場で話した内容を、一言一句違わずそのまま伝えた。
「絶望して…自殺…!」
「引いたか?そうだろうな、俺がお前なら目の前の人間には悪いが引いてる。」
「そんなこと…!」
「内心…。少しは…。違わないだろ?」
テツヒロは図星を指され、怯み、黙ってしまった。
「くどかったろ。悪いが、そういうことを平気でする人間が俺さ。ウザいだろ。早く離れてほしいだろ?じゃあ、この話は終わりに…っ!?」
テツヒロは立ち上がったトモの右足首を掴んでいた。今度は自らの意志で。しっかりと掴んでいた。
「その手を仲間に差し伸べてやれ。」
トモはもう一度しゃがみ込み、今度は、トモがテツヒロの頭を引っ掴んだ。テツヒロの目はトモのみをしっかりと見据えていた。トモは安心したように溜息を吐く。掴まれていた手を振り払い、テツヒロの額にデコピンし、嬉しそうに微笑む。デコピンをされたテツヒロは後ろに倒れ込み、涙目でトモの後ろ姿を睨みつける。
「何すんだ!?」
テツヒロは、河原に落ちていた空き缶を掴み、トモの背中へ向けて投げつける。トモはヒュッと振り向いたと思うと、投げつけられた空き缶を回し蹴りで真っ二つにしていた。
「ッ!」
「テツヒロ!」
テツヒロは呼ばれた方を向くと真上で、大鎌を持ち、バサバサと羽ばたくトモの姿があった。
「おい!空飛ぶのは無しだろッ!俺、飛べないんだよッ!」
テツヒロはトモが居る方へ怒鳴り続ける。トモはそんなことは気にせず、テツヒロに言い残す。
「自分の原点を大事に…生きろ!」
「は?おりじん?」
「そうさ、お前だけじゃねえ。お前のダチにしても、仲間にしてもだ。「常にココロに原点を忘れるな」!俺の師匠がよく言ってたことさ。」
「何でそこで師匠が出てくるんだよッ!俺もう意味分かんねえよッ!」
テツヒロがぴょんぴょん飛び上がり、必死に叫ぶ様子を見て安堵したトモは急降下し、テツヒロ目掛け、ダイブし始める。徐々(じょじょ)に高度を下げ始めたトモを見て、ようやく自分の声が聞こえたのかとほっとしたが、直ぐに自分に向かってきていることに気づき、逃げ始めた。
「その速度だと死ぬって俺!」
「人間、簡単には死なんよ!」
20メートルほど全速力で逃げたテツヒロだったが、逃げられないことを悟ったのか、振り返り、トモを見据えて、拳を構えた。
「来いよ!」
(そうさ、それでいい…。人の上に立つ奴はな…どれだけの強敵を目の前にしても!仲間よりも先に逃げちゃあダメなのさ。それを心の奥底に留めておけ!)
2人がぶつかる瞬間、爆音と眩い光が輝き、2人を包み込んだ。
目が眩んだテツヒロが目を開けるとそこはさっきまで自分が居た河原ではなく、仲間が待っているコテージの目の前だった。
「夢…じゃないな。頬、切れてるし。」
テツヒロは今頃、切った頬の痛みに顔を顰める。
「原点…ね、俺のここでの仕事は決まったぞ。」
テツヒロは空を仰ぎ、何処かで自分のことを見ている男の顔を思い浮かべ、叫ぶ。
「序列1位を…超えてやる!」
コテージを出ていく前とは打って変わって、ワクワクした気分でコテージに入っていくテツヒロの姿を後ろの塔のてっぺんから見ていたトモは微笑み、飛び去った。
「絶対倒す!」
頑張れとしかいいようがない…。