第9話 嵐のあと
パソコンの不調により、投稿予定日よりも2日ほど遅れました。
エルドラが飛び掛かった瞬間、彼とノア達3人の間に巨大な手が間に入り、エルドラを受け止めた。
「うおっ…!?イテテテテ…!おい、クレイリー!分かった!止まるから!」
全員が大きな手だと思ったそれは、昆虫の中でも圧倒的な凶悪さを誇り、その小さい体におよそ似つかわしくない巨大な顎を持ち、自分達に触れた生物全てを食らい尽くす蟻、グンタイアリの群れであった。そのグンタイアリが巨大な手の形、いや、巨人のように集まり、エルドラを受け止めたのである。
「ひっ…!?」
グンタイアリが蠢く様は言い表せない程に気持ちが悪く、ノアは身の毛がよだつ思いに駆られた。
「終わっからよ…。なんかくれ、腹減ってんだ。」
エルドラは巨人に話しかける。すると、巨人の胸の辺りから何かが落ちてきた。大聖堂よりも大きい巨人(10メートル以上)なため、落とされたものをエルドラがキャッチするまでに時間が掛かった。エルドラがキャッチしたそれは包み紙に包まれた棒つきペロペロキャンディだった。エルドラはすぐさま包み紙を剥がし、口の中に放り込む。スティックの部分をまるで煙草かのように咥え、満足そうに微笑む。
「フィ~、落ち着いた~。ありがとよ、クレイリー。」
「エルさんが消えたってギルドは大騒ぎだったんだ。リート姉さんの銃声と連射音、戦闘音でここに駆けつけたが、読みが当たったようで良かった。エルさん、流石にヒマワリ姉さんに怒られると思うよ?今回は散々暴れたようだしね。」
巨人が流暢にエルドラの言葉に応えた。グンタイアリの群れは、エルドラが掘り起こした地面を埋めながら、徐々に地面へと戻っていく。地面の穴を綺麗に塞ぎ、また、グンタイアリの群れが居たその場所には眼鏡を掛け、褐色の肌をしたインテリ少年が立っていた。少年は、リートの所へ行き、ニコッと笑いかけた。リートが軽く微笑むと少年はリートに不意打ちのデコピンを食らわせた。急なデコピンを食らったリートは、額を押さえながら、少年に向けて怒鳴った。
「クレイリー!?急に何をするんだ!?私はエル兄を止めようとしただけだぞ!?」
クレイリーは、リートのこめかみを指でグリグリと押さえながら言った。
「それで貴女は何故能力を使用しているんですかね?さっきも言いましたが、途轍もない轟音が街中に轟いていましたよ?ヒマワリ姉さんに忠誠心があるのはいいですが、クレームが来るようなことを!しかも、街中で!二度としないでください。クレームが来てその対応に追われるのは、他ならぬヒマワリ姉さんな・の・で!」
クレイリーは優しく凄みのある声でリートを叱った。その間も指でこめかみを押さえられていたため、涙目になりながらも、小さく頷きながら話を聞いていた。
「エル兄はエル兄で後で姉さんにたっぷり扱かれてくださいね。僕はリート姉叱ったので。」
「分かってんよ分かってんよ、つか別に俺はいいと思ってたんだけどなあ。」
クレイリーは小さく首を傾げる。
「何がです?」
「あ?能力の情報漏洩だよ。相手にハンデってもんを与えるのが強者の余裕ってやつだよ。」
まるで煙草を吸っているかのように息を吐く。そして、ノア達を見ながら少し口角を上げる。
「ハンデ無しのぶっつけ本番ってのは初心者にゃあ、些か厳しすぎると俺は思うぜ?あ、あくまで、俺の個人的見解ってだけどな?」
エルドラは笑い、リートはしかめっ面をし、クレイリーは肩を竦めて呆れながら帰ろうとする。しかし、ノアがエルドラを、アユミがクレイリーを、ニャビスがリートを呼び止めた。
「あ?何だ?異世界の弱者の分際で。」
「何でしょうか?可愛らしいお嬢さん。」
「どうした?蔑まれし勇敢な一族の末裔よ。」
答え方は三者三様。エルドラは他人を嘲笑うような口調で。クレイリーは優しく紳士的に。リートは高貴的に。
「何で…、人を食おうだなんて考えに辿り着いたの…?」
「貴方は…さっきの巨人は一体何なの…?」
「何故、王位継承権を放棄などなされたのです…!貴女様ほどの方ならば…、これまでの…どの国王よりも国民に慕われる王になれたのではないでしょうか…?」
それらの質問に3者の答えは…。
「色々だ、なんだったらすぐに分かるぜ…。」
「すみませんが、これ以上の漏洩はご勘弁させていただきます。」
「自由に憧れた…とでも言っておこうか。もしも、別の何処かで出会う運命があるならば…酒を酌み交わしながらでもお互いの人生を語り合いたいものだ。」
そう言い残し、3人は自分達のギルド本部へと帰っていった。
3人が帰っていった後は、まるで嵐が通り過ぎていったと言わんばかりに荒れていた。
「盛大に荒らされていったわね…。ねえ、ニャビス?これどうする?」
「満身創痍で動けないから明日かしらね…。ノアちゃん、アユミちゃん、今日はもう帰りなさい。と言っても…、まだお昼の3時なんだけど。」
ニャビスは砂をはたき落とし、へし折られたレイピアを手に取り、眺めた。
「歯形が残ってる…。どんな力で噛みついたのよ…。」
ニャビスは、2人を大聖堂内へと運び、手当をした。聖水で治らなかった痣にガーゼをし、軟膏を塗る。リラックスして手当を受けていた2人だったが、ノアは急にニャビスの手首を掴んだ。
「な、何!?」
ノアはニコリと微笑み、その手を引っ張った。ニャビスは前につんのめり、よろけた。彼女の重心が前に傾いたのを確認し、ノアはニャビスに抱きついた。
「え…?」
「…ないから。」
ノアは少し離れてニャビスの肩を掴んだ。
「仲間にすること…、絶対に諦めないから!ニャビス、私は今日、貴女に会えて本当に良かった…。友人達もあの暴力女も皆、説得して見せるから、絶対に何処かに行かないでね?」
「暴力女って…、ノアちゃんもじゃん…。」
ゴッ!という音と共にノアの拳がアユミの頭に振り下ろされる。アユミは涙目になって力尽きた。ピクピクと指が動いている。ニャビスは苦笑いをしながら、ノアの額に右手の人差し指を突き付ける。
「ん…。」
「だったら…、1つ約束してよ。アタシがこれから先何処で会ったとしても絶対アタシの味方をしてよ?たとえ、敵対していたとしても…。」
ノアはあまり深く考え込むこともなく頷いた。
「大丈夫だよ!心配しないで!」
アユミの位置からはニャビスの複雑そうな顔がよく見えたが、ノアのことを思ったのか、心の奥底にその気持ちをしまい込んだ。その後、アユミはノアに叩き起こされ、2人で大聖堂を背中にニャビスと別れを告げた。お互いに手を振りあい、夕日が沈む方向に歩いていくノアとアユミ。その背中が見えなくなるまで手を振り続けたニャビスは、見えなくなるとボソッと呟いた。
「ノア、アユミ…、アタシを…」
「助けて…。」
~上空~
「いや~、タクミ先輩どうでした?空中散歩!いい画が撮れたでしょ?ってあれ居ない…?まさか…飛び降りたんすかね。いやいやまさかそんな…。ナイナイ…。」
満面の笑みでカキフデは右を向くが、そこに居た筈のタクミの姿はなく、代わりにメモが布製の座席にナイフで留められていた。メモには
「エルドラと飯食ってくるわ、会議するんならそれが終わった後にしてくれ」
と書かれていた。カキフデがふと下を見ると、パラシュートすらもつけず、緑色のマントでムササビのように滑空するタクミの姿が見えた。大体13階建てのビルの屋上から落下するのと同じくらいの高さから飛び降りたため、現在、相当な速度になっていることは間違いないだろう。カキフデは肩を竦めて言った。
「人間じゃないですね、タクミ先輩。」
その声は、呆れつつもどこか嬉しそうであった。カキフデはそのまま2人分の空中散歩用の装置を飛びながら持って帰っていった。
~エルドラサイド~
エルドラはあまりにもお腹が減ってしまったため、チームメンバーの2人に別れを告げ、1人、近くの飯屋まで歩いていた。人に顔を見られないよう、深くフードを被って。彼は自身の暴虐極まりない性質により、顔を見られたら通報される。両親からも迫害を受け、ある理由で存在しないことにまでされた彼にとって些細なことと割り切っていた。そんな自分に分け隔てなく接してくれるチームメンバーや心から信頼できる1人の親友には毎日のように感謝していた。
「さっきの奴らにゃ、俺がどんな奴かなんて固定されたよなぁ。ははは、結局俺は戦いにしか興味がない馬鹿だな。」
そんなだからいつまでも過去の事ばかり引き摺り続けるんだ、とボソッと呟く。その言葉に対して背後から声を掛けられた。
「それでええやん。お前はお前やろ。俺はお前に変わって欲しいなんて言うたこと無いやろ?」
エルドラは後ろに視線を向けると何処からか走ってきたのか、髪が大きく乱れていた。
「なんだ、誰かと思った。いつから俺の後ろに居た?タク兄。」
「後ろってか上におったで。全部見とった。」
「上か、成程ね、納得納得…ん?上?」
エルドラはスッと視線を上に上げる。その後、タクミの顔を見、もう一度上を確認する。
「気球なんて見当たらないけど…?」
「カキフデが空中散歩に誘ってくれててん。そいけん、そっから自由落下してきただけやで。」
あっけらかんとした表情でそう言うが、エルドラからすれば大問題である。能力を持っていると言えどもあくまでタクミは人族。エルドラのような魔族と違って自力で空を飛ぶ方法など持ち合わせていない種族である。エルドラは呆れを通り越して笑みが零れた。
「人間じゃねえや、この人。」
「おん?なんか言ったか?」
「気にしないでくれ、タク兄。飯屋行こうぜ。腹減ってんだ。表の話でも聞かせてくれよ。今まで後回しにしてきたが、聞きたくなった。」
その言葉を聞いて、タクミは口角を吊り上げ、白い歯が見えるほどに笑う。
「お?マジで!?やっっっっっとか!いいぜ、今日は何処で食おうか!」
タクミの豹変した態度に苦笑いをしつつ、飯屋を探そうとするとタクミの後ろからさっきの表の2人組がこっちに向かって来るのが見えた。何か話をしているようで楽しそうに笑いあっている。
「ッ……!」
誰か分かった途端、エルドラの足は動き出していた。目を瞑って飯屋を思い浮かべているタクミの横をすり抜け、ゆっくりと歩みを進めていく。
「せや!エルドラ、「バーガー専門店「ハンモック」」行こうで…ってあれ?」
タクミは自分の周りを見回し、エルドラが自分の後ろにいることに気づいた。
「どうした?早く飯屋に…って、あ。」
タクミがノア、アユミに気づいたのと同時に2人もエルドラ、タクミに気が付いた。もっとも、エルドラはフードのせいで顔が見えていなかったが。
「あの…どちら様でしょうか?」
「クロ。」
間髪入れずにエルドラが言った。その間もずっと顔は隠したままで。
「クロ。これ、あげる。絶対汚さないで。」
エルドラはポケットに手を突っ込み、真っ白いハンカチをノアに手渡す。
「汚さ…?」
ハンカチは普通、汚れを拭き取るものである。目の前のクロという男の意図が分からなかったノアは取り敢えず頷いた。
「分かった、汚さない。失くさないように大切にするよ。」
エルドラはコクリと頷き、タクミの首元を引っ掴んでズルズルと引き摺って行く。ノアとアユミが見えなくなり、はあ、と勢いよく息を吐き出した。
「突然引っ掴まれてびっくりしたわ、ほんま。にしても、あのハンカチってあれやろ?」
「『決闘状』だ。白はチーム、黒はタイマン。」
「許可なくやって良かったんか?」
「元々頼まれてたんだよ。ついさっき思い出したから渡してきた。」
ハンモックに着いたため、フードを外し、グチャグチャになった髪を整えるエルドラと目の前の階段に座り込み、エルドラを待つタクミ。同い年だが、タクミの方が五センチほど身長が高いため、仲の良い兄弟にも見えるこの光景。タクミはエルドラ並みに食うので、今からこのバーガー専門店が途轍もなく忙しくなり、出禁を食らうことになるのは後の話である。
タクミ「チーズバーガー50個追加で!」
エルドラ「さっき頼んだダブルチーズバーガー70個がまだ来てないです。」
食べ過ぎなんだってば…。