2 女騎士ミラ
SIDE ミラ
ミラは王国騎士団の一員として、この『魔獣の森』にやって来た。
──一か月前、エレノア王国を蹂躙した魔導王は、次にここラシェル王国に攻め入ってきた。
そして瞬く間に配下のモンスター軍団を使って『魔獣の森』を占拠。
ここに新たな拠点を作りつつある。
ミラに課せられた任務は、その殲滅だ。
国土の大半を失ったエレノアにとって、同盟国のラシェルまで魔導王によって蹂躙されるのは避けたい展開である。
ふたたび国力を回復させるまで、この国にはいろいろと助力を願うことになるだろう。
魔導王の拠点は、エレノアの騎士団や魔法戦団、教団から精鋭を募り、破壊する作戦を決行することになった。
ミラはその栄えある第一陣メンバーとして選ばれたのだ。
「本当なら、ここにガルダ様もいるはずでした」
「私は会ったことないけど、そんなにすごいんだ? その人」
魔法使いのアビーが興味津々といった様子でたずねた。
赤い髪を肩のところで切りそろえた、快活そうな美少女だ。
「噂くらいは聞いたことがあるでしょう? あたしは何度か任務で一緒になって、その戦いぶりを見てきました。まさしく一騎当千──最強です」
うっとりと告げるミラ。
頬が、熱くなる。
「何、恋する乙女モードになってんのよ」
ぱしん、と軽く頭をはたかれた。
「コレット……」
「戦場で恋バナとか随分余裕あんのねー」
教団の白い僧服を着た美しい少女である。
眼鏡をかけていて、艶のある黒髪を三つ編みにしている。
名前はコレット。
「雑談はこれくらいにして──二人ともあたしの方を向きな。今、治癒魔法をかけっから」
「やったー、回復タイムね」
ひょこっと手を上げてコレットの下に歩み寄るアビー。
「よろしくお願いします」
ミラも一礼してコレットのところまで歩いた。
長く伸ばした紫色の髪が、ざあっ、と風に揺れる。
その風が、かすかな獣臭さを運んできた。
「待ってください、二人とも。まだモンスターがいます」
警告するミラ。
「言われてみれば……魔力の気配がするね」
と、アビーがうなずく。
周囲を見回し、おもむろに杖を前方に向けた。
「そこだね──【エアロ】!」
風圧の魔法を放ち、前方の茂みを吹き散らす。
その向こう側に、一体のモンスターがたたずんでいた。
体長は一メートルほどだろうか。
黒い体表に細い四肢。
そして、竜の顔。
「幼竜……いえ、小竜かしら」
黒い小竜は戸惑ったような様子でこちらを見ている──。
※
しまった、見つかった。
俺は前方の魔法使いと騎士を見て、立ち尽くした。
魔法使いの方は、肩のところまでの赤い髪に黒いローブ、銀の杖。
騎士の方は長い長い紫色の髪に銀色の甲冑。
ともに並外れた美少女だった。
確か、さっき聞こえてきた会話では、魔法使いがアビー、騎士はミラと呼ばれていたはずだ。
「なんだ……?」
「こんなところにリトルドラゴンが──」
後ろで魔法使いと僧侶の少女が身構えている。
他の騎士や魔法使い、僧侶たちもそれぞれ警戒した様子で俺を見ていた。
まずい、この人数を相手にバトルになったら──。
『ざっと見た感じ……全員、人間としてはかなりの高レベルね』
と、ナビ。
こいつのステータス表示はモンスターだけじゃなく人間に対しても使えるのか。
『中でも、あのミラって子の戦闘能力は飛びぬけて高いわよ。気を付けて』
まあ、モンスターはともかく、人間の強さに関しては、そいつのたたずまいやちょっとした動き、雰囲気などからある程度は推測できる。
人数の差に加え、戦闘能力の差──。
やはり、俺に勝ち目はなさそうだ。
かといって、人間の言葉を話すことすらできない俺には話し合いも不可能。
基本は逃げの一手だが、こいつらがやすやすと逃がしてくれるだろうか。
さあ、どうする。
じりじりと後ずさる俺に対し、
「……大丈夫、怖くないよ」
優しげな微笑みとともに、ミラが歩み寄ってきた。