9 勇者パーティ
SIDE アーバイン
時間は少しさかのぼる──。
「逃げた……?」
アーバインは去っていく黒竜を見上げ、眉を寄せた。
戦いは、圧倒的に黒竜の方が優勢だったはずだ。
にもかかわらず、逃げるとは。
何か意図があるのか、それとも──。
「どうしますか、勇者様? 奴を探し出して始末しますか」
初老の僧侶エルクがたずねる。
「ちっ、相手が空にいるんじゃ俺の剣も槍も届かねぇ」
青年騎士ダリルが悔しげにうなる。
「あたしの攻撃呪文もさすがにあの高さまで効力を届かせるのは無理ね」
と、同じく悔しげな女魔法使いマルグリット。
言葉とは裏腹に、三人とも顔が青ざめていた。
全員、悟っているのだ。
あのまま戦いが続けば、自分たちは殺されていただろう──と。
「奴が町中に降りたら、どれだけの被害が出るか分からない。追いかけよう」
アーバインは決断した。
いくら強大な敵でも、勇者として逃げるわけにはいかない。
「エルク師。暗黒竜王の行く先を追跡できるか?」
と、たずねる。
「お任せを。【エクスサーチ】!」
エルクの杖が淡い光を放った。
上級の探索呪文だ。
「この方角は──エレノア王国ですな」
「エレノア?」
眉を寄せるアーバイン。
最近、魔導王の軍団によって国土の大半を攻め取られた古王国である。
「奴は魔導王と何か関係があるんだろうか」
「もしかしたら、魔導王が召喚したモンスターとか?」
と、マルグリット。
「けど、あいつはその魔導王の手下を殺してたんだろ。神樹伯爵、だったか。側近クラスを殺すような奴が、魔導王の手下か仲間ってことは考えにくんじゃねーか?」
反論したのはダリルだ。
「確かに仲間ではないのかもしれないし、あるいは奴らの中で内紛があるだけなのかもしれない」
「方角からするとエレノアの王都ではありませんな。もう少し離れた地点──」
エルクがつぶやく。
「その先には小規模な都市がいくつかあるだけで、あとは荒野が広がっています。いや、待てよ──」
言いかけて、何かに気づいたように付け足す。
「確かあそこには古代神殿があったはず。もしかしたら、暗黒竜王に関係した遺物なのかもしれません」
「奴は、それを求めている……?」
「この方向は──おそらく『暗黒竜王の神殿』でしょう」
「あ、聞いたことある。その神殿があるのって、確か古代神話で最初に暗黒竜王が現れた場所よね」
マルグリットが言った。
「神殿は暗黒竜王に関係したもの、って可能性は高いんじゃないかな」
「ここからだと国を二つ隔てた先、ってところか。どうする、大将?」
ダリルがたずねる。
「もちろん、追いかけるよ。ただし──今まで以上の激戦になるかもしれない」
アーバインが仲間たちを見回した。
あの黒竜はおそらく、なんらかの力を得るために神殿を目指すのだろう。
今でさえ、あれだけ圧倒的な強さだったのだ。
もし、さらなる力を得るとしたら──その戦闘能力は想像を絶するものになるだろう。
「それでも──みんなはついて来てくれるか?」
「無論です」
「当然っ」
「大将にどこまでもついていくさ」
三人は異口同音に言った。
頼もしい仲間たちの言葉に胸が熱くなる。
「それでこそ勇者パーティだ。なら、行こう」
アーバインが言った。
「『世界の敵』を討つために」
アーバインたちはラシェルの大森林からもっとも近い町に戻った。
追撃の前に休息と、情報収集である。
幸い、暗黒竜王はこの付近には攻撃していないらしく、今のところ被害は報告されていない。
アーバインたちは一時の休息の後、ふたたび出発の準備を整えた。
仲間たちの探索呪文によって、おおまかな位置は把握している。
後は追いかけるだけだ。
「勇者殿、ご出立で?」
王国の神官がやって来てたずねた。
彼はアーバインたちの付添いである。
そして、勇者の行動の監視役でもあった。
強大な力を持つ勇者は、国にとって最強の戦力であると同時に、監視対象でもあるのだ。
(俺がその気になれば、国の一つや二つは手中にできる……それを牽制するため、か)
内心でつぶやくアーバイン。
自分には、そんな野心はない。
ただ多くの人を救うため、勇者の力を振るいたい。
世界の敵となる者を倒し、みんなが平和に暮らせる世界を実現したい。
それだけを考えているというのに──。





