4 内なる境界2
「どこなんだ、ここは?」
そのナビに、さっそく質問をぶつけてみる。
「えーと、ここはね……ガルダの心の中」
答えるナビ。
いつも話している相手でも、こうして美女の姿で現れるとちょっとドキッとする。
俺自身が、ドラゴンではなく人の姿になっていることも関係あるんだろうか──。
いつもと、感じ方が違う……気がした。
「心の……中……?」
そんなドギマギを押し殺しつつ、たずねる俺。
「精神世界ってやつだね。ただ、暗黒竜王があなたの意識にどんどん侵食してきてる。だから、私が結界を張ってそれを防いでいるの」
ナビが言った。
「侵食……?」
「完全に侵食された場合、ガルダの精神は暗黒竜王に飲みこまれちゃうからね。気を付けて」
ナビがサラッと恐ろしいことを言った。
と、
「ん? お客さんだね」
「何?」
ヴ……ン。
うなるような音とともに、俺たちの前に人影が出現する。
まるで空間からにじみ出すように。
「えっ? えっ? どこなんですか、ここ……?」
現れた彼女は戸惑ったように俺とナビを見つめ、周囲を見回す。
紫色の髪を長く伸ばした美少女騎士──。
見知った相手だった。
「お前……は……?」
ミラ、か。
「あなたは──」
驚いたように目を開き、彼女が近づいてくる。
「まさか──ドラゴンさん……!?」
俺の前までやって来たミラは、呆然とした表情でつぶやいた。
人間の姿の俺を見て、なぜ分かったんだ?
「あなたは……ドラゴンさん、なのですか……?」
明らかに俺を見て、そう言っている。
ミラなりに何か確信できる材料でもあったのか。
一体──?
「す、すみません、あたしったら……ガルダ様になんてことを──」
ミラは恐縮したように頭を下げた。
「あたしはミラといいます。エレノア王国騎士団の一員です。ガルダ・バールハイト様、お目にかかれて光栄です」
言って、もう一度礼をするミラ。
恭しい態度である。
「実はあなた様と一度、任務で一緒になったことがあるのですが……覚えておいででしょうか」
「ん、そういえば──」
俺は記憶をたどり、ハッと気づいた。
確かに、言われてみれば任務で一緒になったことがある。
「そうか、カレンの妹か……」
懐かしく感じた。
髪の色こそ違うものの、ミラの容姿はどことなくカレンに似ている。
「ただ、名前はよく知っている。ドラゴン状態のときも、お前たちのことを見ていたからな」
「っ……!」
俺が微笑むと、ミラはハッと息を呑んだようだった。
『随分とにぎやかだな』
前方から声が響いた。
「なんだ……?」
目を凝らすと、いつの間に現れたのか、そこに巨大なシルエットがたたずんでいる。
全長100メートルを超える、竜。
漆黒の巨体はまさしく山のようだ。
全身の鱗からは炎と稲妻が弾け散っていた。
「こいつは──」
「外で暴れているドラゴンさん……!?」
ミラがうめく。
外で……?
ということは、こいつが。
こいつこそが──。
真の暗黒竜王、なのか。
『然り』
竜が告げる。
『我こそが「暗黒竜王」なり。新たな依り代よ、こうして対話するのは初めてだな』
吠える竜。
さすがに暗黒竜王というだけあって、とんでもない迫力だ。
騎士としては百戦錬磨の俺だが、体の震えが止まらない。
隣を見ると、ミラも蒼白な顔で今にも失神しそうな様子だ。
「大丈夫か、ミラ」
「は、はい……」
彼女は半ば無意識なのか、俺に寄り添ってきた。
そうしないと、立っていることもできずに崩れ落ちてしまうんだろう。
俺は彼女を横抱きにして支えた。
そして、暗黒竜王を見据える。
『名はなんという? 人間よ』
「俺はガルダ・バールハイト。エレノア王国の騎士をしていた」
『エレノア……知っているぞ。我が生まれ、そして討たれた場所だ』
と、暗黒竜王。
「……で、その暗黒竜王さんは俺になんの用だ」
巨大な竜を見据える。
『見極めに来たのだ。お前が我が依り代にふさわしいのか、どうか』
暗黒竜王が言った。





