表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランダムノイローゼ   作者: 佐里戸 毎度
2/2

虹になれない少女

「…」


久々にみたちゃんとした人間。あまりにも突然のことで全く言葉が出てこない。頭もうまく回っていないようだった。ただ、虹色の中に存在感を放つ一人の少女を見て固まる26歳のおっさんという構図が出来上がっていた。


「…?」

少女はやや困ったような笑顔で、僕を見返していた。


「あの…?」

「…、あ、あぁ。すみません。」


やっと出た言葉が謝罪とは情けない。もっといろいろ聞きたいことはあるはずだろう。


「ピアノの調律って終わりましたか?少し、弾いておきたいのですが。」


「ごめんなさい、もう少しで終わります。すぐ終わらせられるので、そこでお待ちいただけますか?」


どうやら本日の出演者のようだった。思えば僕は今日がどんなコンサートなのかすら知らない。

…いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。この娘と少しでも話さないと…。思いがけずに飛び込んできた僕の人生にかかわる重要なヒントだ。なんでもいい、変に思われないように何かを聞かないと。


「…さっきは固まってしまってすみませんでした。」

また謝罪…つくづく情けない。


「いえいえ、ちょっとびっくりしましたけど。どこかでお会いしてましたか?」

特に気にも留めないような様子で受け答えをしっかりしてくれる。

これは…変な警戒さえされなければ、いろいろ聞き出せるかもしれない…。


「普段、機材室でこの時間だと一人なものですから、少し驚いてしまっただけですよ。今日の出演者の方ですよね?すみません、時間がかかってしまっていて。」


「ふふ。調律師さん、謝ってばかりですね。あまり気を遣わないでください。私もそんなに恐縮されると困っちゃいます。それに、調律師さん、何か焦っているようですね。私がいると邪魔になってしまうのであればまた出直しますよ。」


それはまずい。もう調律なんてホントは終わってる。時間稼ぎだ。出演者ならこの後も話せないだろうし、こんなホールで演奏する人間、どう考えてもかなりの有名人だ。次仕事で一緒になるのも、いつになることかわかったものではない。


「いや、それは待ってほしいです!」

この少女がこの場からいなくなる最悪の展開を阻止するための一言をひねり出した。


「わ!びっくりした!どうしちゃったんですか…?」

心底驚いたような表情でそう言った少女。少し警戒してしまっているようだった。


「いや、ごめんなさい。でももう…ごめんなさい、僕の話を少し聞いてもらって、心当たりがあれば教えてほしいだけなんです。結論から言わせてもらうと、『あなたが人間に見えるんです』」

はたから聞いていると何を言っているかわからないし、とらえ方によっては失礼極まりないのだが、間髪入れず話を続ける。


「実は僕の視界は虹色で…もしかしたらあなたも知っているかもしれませんが…このピアノも、床も壁も、空も、そして人間も…全部虹色なんです。でもその中で、あなただけは、あなただけは正常な人間として認識できているんです。久しぶりに、人を見たんです。」


「…」


「おかしなことを言っていると思われているかもしれない。でも、もうこの視界についてあきらめていた中で、いきなりあなたが現れたんだ。だから…だから…!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてください、調律師さん!」


いつの間にか僕は彼女の肩をつかんで、泣いていたようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ