選ばれたことの罪と、その罪にかかるコストについての再定義をしよう
僕の世界は端的に言えばいつも虹色だ。何を見ても虹色。きれいな虹色ならまだ良いが、どちらかというと昔のアニメのワンシーンのような汚い虹色。
物はすべてキツイ虹色に彩られているし、食べ物なんて見た目では全く食欲をそそられない。人間はひどく顔色、肌色の悪い"何か"に見える。せめてもの救いは会話などのコミュニケーションは真面に出来る事だ。とはいってもこの"症状"が出始めたころには会話に集中することも出来ず、おかげで心の底から友人と呼べるものも今や一人もいない。
この症状は生まれつきではなく、高校生になった頃から26歳になった今まで、ずっとこの極彩色の視界で生活をしている。最初のうちは病気かと思って両親には泣き叫びながら相談をし、友人や先生にもこんなファンタジー世界のような視界のことをひどく真面目に相談したものだ。ただ、しきりに周囲の人間は「自業自得」と僕を叱責してきた。もちろん僕には何も心当たりはない。医者に行っても、メンタル専門のカウンセラーに話しても、占い師、議員、宗教団体の人、自称神通力持ちの人、様々な人間に会ったがどれもみな「君の自業自得だ」と。
まるで何かを知っているかのように、この話題の時だけは、誰もがそうやって、時に激しく、僕を責め立てた。
以上が高校から大学までの僕。おかげでこの世界には、異世界に迷い込んだ僕を、元の世界に戻してくれる神様や魔術師はいないということを思春期真っ盛りの時代に思い知ることになった。
ただ、10年もすれば慣れてくるものだ。毎日見る地元、名古屋のビルも虹色ながらにどれがどのビルかの判断だってつくし、なんなら人間がどんな顔をしているのかも、わかる。想像で補完しているのだが。何故人の顔の補完ができるかと言えば、不思議と自分の顔だけは鏡越しなどで、しっかりと確認することが出来るから。
ただ自分の顔はしっかり見えても、"眼球"だけはどうしても虹色だった。
僕は今日も虹色の通勤路を虹色の自転車で走っている。字面だけならとんでもなく綺麗なワンシーンだが、実際は吐き気を催す程の汚い色づかいだ。まるで子供の塗り絵のような世界につつまれて、僕の一日が始まる。
こんな世界でまともに生活出来ている僕はもう本当にどこか、頭がおかしくなっているんだと思う。
いや、もしかしたら世界がおかしくなってしまっていて、僕だけが取り残されてしまったのかもしれない。
今日も世界は平和だ。
そんなくだらないことを考えながら、今日もこの、おかしくなってしまった世界でおかしくなってしまった僕が平凡な一日を過ごす。
*
「おはようございます」
「おはようございます~」「おはようー」
会社につくと、いつも通りの少ない挨拶が聞こえてくる。僕は唯一まともな働きができる耳を使った仕事をしている。早めに目に頼ることについて見切りをつけ、耳を鍛えた結果だ。
「オミさん、今日も顔色悪いですね~」
と、虹色の顔色をしながら話しかけてくるこの女性は僕の同僚の椎平(しいら)。
オミさんというのは僕の会社でのあだ名。本名に則してつけられたものだが、なかなかどうしてしっくりきていて耳障りもいい。
「いつも挨拶の次に顔色悪いっていうの、やめてくれないかな?」
「ひひっ、ごめんごめん。でも毎日毎日ツッコミ待ちかと思うような顔色してるオミさんも悪いと思うよ~?」
彼女は変な笑い声をわざとらしく発しながら、僕の罪だと主張していた。
「はぁ…。今日は10時から現場なんだから、ちゃっちゃと準備しちゃいましょう。椎平さん。」
「ですね。今日は国際展示場だったっけ?」
「そうですよ。」
「おーけぃ。じゃ、荷物積み込んでちゃっちゃか行こっ。」
いつものごとく僕は助手席に乗り込み、彼女が運転。視界が虹色な僕は運転なんてとても怖くて出来ない。
僕が運転をしないのは、椎平さんも承諾済で、快く運転をしてくれている。
この症状については椎平さんも、さっきは「おはよう」しか言っていなかった社長も知っている。
この話を椎平さんにした時も「まぁ、それは完全にオミさんが悪いことだから。」といつもひょうきん気味の彼女でさえ、やや強めの口調で僕を断罪するかの如く言い放った。そのあとは元の椎平さんに戻ったが、それ以来、同い年の彼女に僕は敬語でしか話せない。
一体僕が何をしたっていうんだ。なんの罪があればこんな責め苦を受けることになるんだ。
そうこう考えている間に、国際展示場に到着。自分の工具箱を持って、施設内へ入る。途中、関係者にすれ違うが、すでに"顔なじみ"といったところで、僕たちに挨拶をしてくる。僕にはみんな同じ虹色で誰が誰だかわからないが。
普通にふるまっているが、虹色が増えれば増えるほど僕は鬱になっていく。はやく仕事を終わらせて帰ろう。
僕は舞台袖に用意された作業部屋にこもって、一台のグランドピアノと向き合っていた。
言い忘れていたが、僕の職業は調律師だ。絶対音感がなくても音叉とある程度の相対音感、知識があれば実はできてしまう。そして、ほとんど一人で作業が完了できてしまうのもいいところだ。
…さぁ、さっさと終わらせて帰ろう。
そう思った矢先、作業場の扉が開いた。
そこに立っていたのは、"10代くらいの少女"だった。
虹色ではない、純粋な人間の形をした、少女だった。