ホログラム
優しさの行く先をご覧ください
――――パン、パン、パン
湿った銃声が暗い夜道に響く。
小説家はどうしてこの音を乾いた銃声と書くのか僕には分らない。炸薬に火がついて鉛が螺旋を描き乍ら進む、そこまでは無機質で感想の持ちようがない。訓練で発砲するときに手ごたえなんて感じやしないし、同心円の真ん中に中っても自身の射撃に想うことはない。でも人間に銃口を向けるとき、銃声は乾かない。乾いたりしない。弾丸が人間の薄皮を貫いて頭蓋骨を砕き、中に詰まった髄液と脳細胞をミンチに変える。そんな音が僕には確かに聞こえる。一秒にも満たない時間のなかで安くはない命が失われる音を僕は知っている。
グロックは今日も僕の肩根を押し返す。確実に息の根を止めるために三発、眉間と心臓と太腿部。即死でも何でもよかった。この男が絶命するなら銃でなくてもよかったし、ナイフでも徒手でもよかった。この男が息をしなくなれば、そこで僕の仕事は終わりだから。
上着のポケットからメモが落ちる。紙にはびっしりと僕の目の前に居た男の情報が書かれていた。よく整えられた口髭に、温和そうで善良な男の写真、年齢と愛娘の誕生日。男の好物から昨晩使用したコンドームの数まで知っている。僕にとってはどうでもいいような情報ではあるが、知らなければ仕事にならないのだから仕方がない。知りたいと思ったことなど一度もないけれど。
――――ピ、ピピッ、ピピッ
右腕に括りつけられた端末が鳴る。周囲に人目はなく、ドブネズミすら近づかない。ドブネズミのような顔をしたまま逝った男なら其処に転がっているが。地味な感傷のようなものに浸りながらホログラムを起動して、大きくはない画面を注視する。画面に映ったのは禿頭の男。二重の瞼は黒い瞳を大きく見せるが、野心的で濁り切った瞳は見ても面白いことはない。
『標的はちゃんと地獄に落ちたか?ルードワン』
ルードワン、僕の秘匿名だ。語源は知らない。僕にこの名をつけた人間は『組織一の狩人になるんだ』とそれだけ言い残して、自分のベットルームで蟀谷に火傷痕をつくっていなくなった。左利きの男が右手にワルサーを握ったまま。
そして目の前のホログラムで重々しく話しかけているの男が今の僕の後見人だ。僕に格闘術やらなにやら教え込んで、子供にお使いをさせるように汚れ仕事を命令する。今日はメキシコから勝手に 葉っぱを合衆国に持ち込もうとした間抜けを撃って、組織の利権を守った……らしい。僕には何がそんなに大切なのか分らない。
「ちゃんと仕留めた。これから帰る」
結果だけを話して会話を終えようとするも、男は話し足りないようだった。
『そうだ、もう一人いいか?』
――――あぁ、この男はどこまでも。
『データは既に送った。目を通してくれ』
言われるがままに僕はホログラムの半分を転送されてきたファイル画面に切り替えて、流れる文字列と数枚の写真にピントを合わせる。写真に写っていたのは一人の女性で、日傘を差している。顔立ちはそれなりに整っていて、街中で見かけたら少し振り返りそうな容貌。可愛いというよりは綺麗、だろうか、幼さがまったくと言っていいほど感じられない。ハリウッドの女優みたいな雰囲気だった。
綺麗な人ですね、とは言えない。この男は自分では言うくせに、相手から冗談を言われるのが嫌いらしく、琴線に触れない冗談を言うと不機嫌になる。この前は本場のアメリカンジョークを披露した同僚が会議室で頭蓋の中身を噴水状に披露することとなった。それ以来、僕はこの男に冗談を言ったことはない。
「今度は……この女を殺せばいいのか?」
――――聞く必要なんてないんだけど。
そうだ、と男は当然のように言って、僕はゆっくりと夜道を歩き始めた。