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漂着

 この瓶詰の手紙は、どこへ流れ着くのだろう。私が自ら命を断とうと身を投げた、あの断崖の下だろうか? もしそうであれば、それはどれほどの確率だろうか。

 いずれにせよ私は、この海の底に引き込まれ、腐敗し、蟹や魚や今まで目にしたこともない奇妙な生きものたちについばまれ、あるとき醜く膨らんで浮上し、発見した人々をひどく怯えさせるはずだった。しかし、そうはならず、私は今いるこの島で、この手紙を書いている。

 この島には何もない。真っ当な文明人ならば、退屈でたちまち辟易してしまう、まさに絶海の孤島だった。しかし、私がこの島を無人島と称さないのは、ここにはトトがいるからだ。トトは私にとって代えがたい慰めであり、この島を天国にも等しい場所にする存在だった。

 彼女との出会いはこうだ。海に身を投げた私は、如何なる偶然によってか、この島の浜辺に流れ着いた。トトは波打ち際で砂に塗れた私を見付けると、蕗の葉に冷たい清水を汲み、それで私の顔を洗い清めてくれた。その刺激に意識を取り戻した私は、真っ青な空を背景に心底安堵した笑みを浮かべる少女の顔を見たのだ。

 月並みとは言え、一度は死を選んだ私には、その笑顔が天国に住まう天使のもののように見えた。トトは、十歳かそこらの年頃の少女だった。手足はひょろりと長く、肌はコーヒーのように褐色で、着ている木綿の白いワンピースによく映えた。髪も瞳も真っ黒で、大きな丸い目が子犬のように愛らしい。笑うと歯が真っ白で、南洋の島々に住む人種のように見えたが、日本語も話すし顔立ちも日本人のそれだった。彼女が言うには、トトと言う変わった名は、魚の幼児語が由来らしい。

 私がある程度の元気を取り戻すと、トトは私を彼女の家へ招いた。それは海岸からやや離れた森の中の、ぽつりと開けた場所にあった。ぞんざいに柱を四方に立て、梁と壁になる板材でそれを支えているだけの侘しい家だったが、中は清潔で、外見とは裏腹に快適だった。

 トトは私を草で編んだ座布団に座らせると、家の真ん中にあるかまどで、肉を焼きはじめた。フライパンのようなものはなく、船の残骸と思しい鉄板が、彼女の調理器具だった。焼き上がった肉を切り分ける包丁は、ごく普通の出刃で、よく手入れされているのか、錆一つ浮いていない。この原始のような島において、私にはそれが、文明の匂いを感じさせる不釣り合いな道具に見えた。

 トトは大きな葉に肉を盛り付けると、いくつかの木の実と果実を添えて、私に差し出した。私がその皿を受け取ると、彼女も自分の皿を作り、行儀よくいただきますと言って、指先で肉をつまみ食べ始めた。私も真似て、肉を一切れ口に放り込む。やや臭みはあるが、今まで味わったことのない、うまい肉だった。何より、体内に新しい力が湧きだすかのような、その滋養に私は思わず目を丸くして、かまどの向こう側に座る少女を見やった。トトは肉汁で口の周りを汚したまま、にっこりと笑みを返した。

 食事を終えると、トトは私を近くの沢に連れ出した。彼女はそこで服を脱ぎ捨てると、歓声を上げて冷たい水に飛び込んだ。そして私にもそうしろと言いたげに、水の中から期待するような眼差しを向けるのだった。意を決めて私が服を脱ぐと、彼女はきゃあと言って両手で目を覆ってみせた。手の間からのぞく口元は悪戯っぽく笑っていた。

 ひとしきり水遊びを楽しんだ私たちは、裸のまま帰宅した。服を着ようと言う私の提案は、せっかく奇麗になった身体に、潮でべたつく服を着るのは馬鹿げていると言う理由で却下された。そして、私だけ裸でいるのは気まずいだろうと、トトも素っ裸のまま家路へついたのだった。

 家へ帰り着くと、トトは家の隅にあった行李から、父が着ていたものだと言って、男物の服を取り出した。私が両親はどうしたのかと問うと、ずいぶん前に二人とも亡くなったのだと言う。他に大人はいないのかと聞けば、ここは元は無人島で、彼女たち親子も私と同様に偶然流れ着き、助けを待ち続け、ついに独りぼっちになってしまったとのことだった。

 幼い少女が、たった一人で生き抜いてきた日々は、想像を絶するほど過酷であったに違いない。私は激しい同情に胸を打たれ、トトを抱き寄せていた。彼女もまた両腕でしっかりと私を抱き返し、私たちはそうして最初の夜を過ごした。

 こうして私はトトの家族になった。とは言え、彼女は私を父親の代用ではなく、対等な立場の伴侶とみなしているようだった。彼女は遠慮なく私を労働に駆り立てたし、私が保護者然として何かを命令しても、絶対に耳を貸さなかったからだ。白状すれば、私はそれを不満に思ったこともある。しかしトトは、私を働かせる以上に自身もよく働き、提案や忠告であればきちんと耳を貸したから、私の不満は正当性をすっかり失ってしまったのだった。

 私たちは大人と子供の区別なく働き、遊び、食べ、単純な生活を楽しんだ。それは充ち足りた幸せな日々だった。しかし、トトが私に任せない仕事がひとつだけあった。それは、私がこの島に漂着した日に供された、あの肉の採集だ。件の肉は、あの日だけではなく毎日の食卓に上っていたのだが、それを提供する動物の姿を、私は一度も見たことがなかった。そもそも、この島には四つ足の獣がまったく生息しておらず、肉のもとになりそうな生き物は、せいぜい小型の鳥がいる程度だ。

 ある日、思い切って聞いてみると、トトはひどく説明を渋った。ようやく引き出した話によれば、それは海岸にうちあげられる、名も無い海獣の死体で、ときどき解体して持ちかえっているのだと言う。私は、そのような仕事は自分のような大人がやるべきだと主張したが、トトは、すでに何年もやってきたことだし、気遣いには及ばないと、強い調子で私の申し出を断った。私は彼女の態度を訝ったが、これ以上、彼女が避けようとしている話題に踏み込むことはためらい、話はそれっきりになった。

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