8. 廃墟
Start[動]
(自)1.動き始める
2.〈事が〉始まる
3.突然動く
――[名]1.出発,スタート;〔活動・発展などの〕開始;出発点
2.出発の合図
廃墟の中に足を踏み入れると、濃厚な埃の香りが僕を歓迎してくれた。鼻を犯されている気分だ。
「臭っ」
足元を見ると幾つかの足跡がある。きっと、肝試しかなにかに来た人の物だろう。玄関の中央には不気味な像があり、奥には扉が二つある。
この廃墟、幾度となく取り壊しすると言っては事故とかで中止になっていた所だし、魔法使いの集会所として使われていたりするのかと勝手に思っていたが、この埃の被り方から見てどうもそれは無さそうだ。
「あの犬の姿が見あたらない……」
一体どこに行ってしまったのだろうか。
よく見ると肉球の跡がうっすらとあるけれど、これを辿ればその内見つかるのだろうか?
これでもかと言うくらいクモの巣は張り巡らされているし、お化けとかも出そうだ。おまけに昼なのになんだかやたらと暗い。
そう思っていると、ふと、低いうなり声の様な音が聞こえた。
「マジかよ……」
あの不気味なうめき声はなんだ。魔法使いの次はお化けなのか。僕の心臓は生憎そんなに強くないから、その手合いの話は辞めて欲しい。
「チッ、わんわん!」
そんな時に奥の扉から、鳴き声が聞こえてきた。舌打ちの様な音が聞こえたが、気のせいだろうか。
「わーんーわーんー」
疑問に思っていると、今までよりもさらに棒読みな鳴き声が埃まみれの扉の奥から聞こえてきた。これは早く追いつくべきだ。
「うう」
勇気を振り絞ると、ようやく足が前ににじり出た。
犬を見つければ、幾分か気持ちが落ち着くはずだと自分に言い聞かせながら扉を慎重に開けて、辺りに注意をしながら僕は奥へと進む。
埃まみれのカーテンが掛かっている窓は酷くくすんでいて、ぼんやりと陽の光がカーテンの隙間から差している。
あれから何分経っただろうか。
さっきから鳴き声は聞こえるけど、犬は一向に見あたらない。と言うか、見あたるのは小さな蜘蛛と大量の蜘蛛の巣と、埃だらけの部屋の家具と肉球の跡だけだ。
「ん?」
また新たに扉を開けると、そこには既視感のある像が置いてあった。部屋を伺うと、そこには開きっぱなしのドアが2つ。今開けたドアと、人の足跡が奥へと続く開けっ放しの扉。どうやら最初の部屋に戻ってきてしまったらしい。
「そんな……」
思わず声を上げてしまう。ここまで頑張ってきて、犬が見つからない所かスタート地点へと戻ってきてしまうとは。
「わんわんわ~ん」
「えっ!」
思わず帰ろうかと思い始めたその時、ふと犬の鳴き声がまた聞こえて来た。但し今までと違っていたのは聞こえてきた場所だ。部屋の中央に置かれた、像の中から聴こえたのだ。
「ひょっとして……うわ」
疑問に思ってよく見てみると、その像は大きなクモの形をした何とも不気味なものだ。
そしてその像を調べてみると、その像の裏側にいかにも怪しげな、真っ赤なスイッチが付いている事に気づいた。
埃も全くついておらず、不自然なまでにぎらぎらと輝いている。
何でこんな事に気がつかなかったんだろう。肉球の跡もここで途切れている。
「よし」
ボタンを押すと特に物々しい音も無く、像の裏に下に続く螺旋階段が現れる。
それを見て軽く息をのんだが、僕は意を決してお化け屋敷の地下へと潜入を開始した。
地上の階と比べると、地下は打って変わって極めて整備されていた。
「全然別の建物みたいだ……」
蜘蛛の巣だけはやたらとあるけれどれも、さっきまでの埃が全く見当たらない。
階段も廃墟のアンティーク調のそれではなく非常階段の様だし、良く分からない。
このミスマッチな風景が、何とも言えない不自然さと不気味さを醸し出していた。
更にこれまでと違っていたのは、時折聞こえる不気味なうめき声だ。
さっき聞こえた物とは違い、カチカチと言う音が混ざっていて、違う物がその音を出しているのが分かる。
その音は地下へと足を進めるごとに、徐々に大きくなり、反響して音の出所が分からなくなってきている。
階段を降りきると、一本道の廊下に出た。
鋼鉄で出来ている廊下だ。
ここまで来ると最早蜘蛛の巣もなかった。まるで何処かの基地だ。
「おおっ、何だあれ」
そして一際大きな広間に出ると、僕の遥か前に、見るからに怪しい扉が姿を現した。
直感的に、犬は彼処にいるのだろうなぁと感じてしまう。
上を見上げると巨大なシャンデリアがある。ただしこれにはまた巨大な蜘蛛の巣が張ってあってよく見えない。
なぜここはこんなに蜘蛛の巣が多いのだろう。特に虫が飛んでいたりもしていないし、それなのにこの量は不気味だ。
蜘蛛の怨霊が住み着いていて取り壊せなかった、とか? それはそれで嫌だな。
「……」
色々と考えながら辺りを見回して気付く。
赤いカーペットの中央に何か光るものが落ちているのだ。そう言えば不思議とカーペットにも埃はない。
「これは……」
近くに来てみて、それが銃である事に気付いた。
今まで本物は見た事無いけど、この屋敷の何かがこれが本物であると僕に伝えている様だった。
ただ、この銃は今までテレビとかで見ていた銃とは異なる所がいくつかあった。
「……感触が少し変だ」
色は銀色だ。
グリップが柔らかく、握ると少し吸い付く感じがする。まるで本当に何かを僕の手から吸っている見たいだ。
見ると弾やそれを入れるマガジン部分を装着する場所が見当たらない。あるのは銃口とトリガーとグリップだけ。それに銃口もなんだか大きい。
その不思議な銃を手に取り観察していると、突然鐘の鳴るような音がして、僕は慌てて飛びのきながら振り返った。
「はっ!?」
黄緑色の紋章の様なもの……巨大な魔法陣が出現し、巨大な脚が次々と出現していく。
「な、なんだこれ……!」
魔法陣が消滅するころには、気が付けばそこには5トントラックを優に越す大きさの巨大な蜘蛛が構えていたのだった。