88. 電磁旋竜
「歌い過ぎた.......」
帰りの電車で、声がガラガラになった巧が呟いた。
「ウケる」
夜遅くなる前に引き上げようかという天野さんの提案で引き上げた僕達は、駅で次の電車が来るのを待っていた。
「そう言えば夏休みとかどうするの?」
「俺毎年両親の実家に行ってるわ」
「僕もおばあちゃん家に行く位かな~」
雑談しながら思ったが、久しぶりに疲れた。これは多分帰宅しても勉強なんてしないパターンだ。
「ウチは元々実家だからやることないかなあ」
「あ、電車きたよ!」
電車に乗ると、人も疎らで僕達はそのまま夏休みの予定や来週の学校について話し合った。揺られ他愛もない話を続ける僕たち。
ふと、自分が魔法使いになったきっかけも電車だったなあと思い出した。
もうあれから4ヶ月も経つのか。入学式当日に魔法使いに襲われて、こなと伊集院くんと出会って、全てが変わってしまった。
「じゃあさ、夏休みも集まろうよ。プールとか行かない?」
「いいねそれ」
駅に止まると、ただでさえ少ない乗客が更に減り、僕達を除いて2人。
「.......この電車がこんなに人少ないのも珍しいね」
「あ、天野さんも気付いた?」
嫌な空気が流れていて、思わず僕はポケットの中に手を入れ、武器の入ってるカプセルを握った。
異質なのだ。
魔力を感じる。
天野さんもまた鞄の中に手を入れ、警戒した様子を見せた。どうも彼女も何か違和感に気付いているみたいだ。
自分たち以外の乗客に目を向けると、読書をしている青年と、白人男性が乗っていた。
この2人のうち、どちらか.......あるいは両方が魔法使いだ。それも、強力な魔法使い。
「じゃあさじゃあさ、お盆が終わった辺りに.......って、2人ともどうしたの?」
「え? あ、いや、うん。そうだね」
鳩峰さんが笑いながらそう聞いてくるので、僕は天野さんと2人で適当に返した。
「ごめんみんな、僕ちょっと今気持ち悪いんだけど次の駅で降りない?」
「えっ?」
嫌な予感がして仮病を使う。
僕はともかく他は普通の人間だ。魔法の世界に巻き込むわけには行かない。
「賛成。ウチもちょっと気分が悪い」
駅に着いて席を立つ。しかし降りようとする前に僕の思いも虚しく事案は起きてしまう。
「うおっ!?」
突然爆炎が襲い掛かり、電車の窓ガラスが粉々に砕ける。巧と鳩峰さんは驚いて椅子から転げ落ち、電車は思いっきり揺さぶられた。そして電車の扉が斜めに一刀両断されると、とんでもない人物が姿を表した。
「なっ.......さそーー」
「ーー蠍!?」
僕が声を上げた瞬間、天野さんが目を見開き声を出した。
自分も言い終わった後に僕も目を見開き天野さんを見ると、全く同じ表情の天野さんと目線があった。
「えっ」
「なんでその名を.......!?」
蠍は僕達には目もくれずに刀を手に、白人男性に向けて針手裏剣を投げた。
するとその針手裏剣はその白人男性に当たる寸前で突然軌道を変え、天井へと突き刺さる。
蠍がそのまま刀で切りかかろうとすると、バチッと音が鳴ると共に彼はその刀を蹴り防御した。
「な、な、なんだこれは!?」
「撮影? なんかのドッキリ??」
2人が混乱している所に、僕は声をかけた。
「こっここは危ないから早く避難しよう!撮影の邪魔に成るだろ――」
「――【空間隔離】!」
白人男性がいやに耳に残る声でそう唱えた。
すると電車の中にいたはずが、世界が辺りが紫色のうねりに包まれどろどろと溶け始めた。
「な、なんだ!?」
「……ちっ」
景色がドロドロと溶け切ると、僕達は広大な広場に浮かんでいた。僕達は電車の中にいたはずなのに、電車の壁も天井も消え、線路もない。電車の中ではなく異世界だった。
混沌の中に浮かぶ広場だ。
「良く私を見つけましたね、蠍」
白人男性がそう言うと、彼の姿が変化していく。金髪だった髪の毛は黄色くなり、大きな耳が噴き出し、白い尻尾が現れる。顔には額から左目に掛る巨大な稲妻のような傷が刻まれる。
「AAAAのYだな」
「ええ」
「変化の術で身を隠そうとしても無駄だ」
その言葉に、僕は瞬きをした。
AAAA。宇宙マフィアがどうしてここにいるのか。
「う、嘘でしょ.......そんな、イェイツ先生がAAAAなワケ.......」
「おや? よく見たら君は武器屋の娘じゃないか。どうやらAAAAの事を御存知のようですね? 後、其方の殿方も?」
Yが一瞬僕たちの方に目を向けると、天野さんが絶望の表情を見せながら後退りをした。
まさか。
天野さんも、魔法使いだったと言うのか。




