80. 宇宙空間
「む、む、無理無理無理無理無理無理無理無理!!!」
僕はこの短い人生において、多分今までで1番取り乱していた。
「なーに言ってるの、シールド張ってれば宇宙空間でも平気だって言ったじゃない」
僕はこなと共に、室内テラスのような場所に居た。
夜空の眺めはとても美しいが、一つだけ容認出来ない物があった。
「そう言う問題じゃな――――い!!!」
生身で戦艦に挑むとか、意味が分からない。
「このヘタレうるさいわねー、ほら、行くわよ!」
こなの言い分はこうだ。
お前は私と同じ魔法エネルギーを持ってるんだから別に戦闘機とか戦艦に乗らなくてもそのまま生身で宇宙空間飛び出して戦艦の一つや二つ余裕で破壊できるんじゃね? との事。
正気じゃない。
およそ人の考えることとは思えない。
.......いや、考えてみればそもそもこの人は人じゃなかった。そりゃあ人の常識も通るはずがない。
「待って、まだ心の準備が出来てない」
伊集院くんが前にこなの事を脳筋などとのたまっていたが、確かに紛うことなき脳筋だ。
戦艦をどうやって破壊するというのか。
「あんたの事だから一生心の準備なんて付かないでしょ? 司令室、ハッチを開けて!」
「承知!」
低い唸り声の様な音と共に目の前に漆黒の宇宙が開けていく。僕の周りは減圧済らしく、ハッチが開いても特に身の回りに変化はない。
「嫌だイヤだいやだまだ準備が――」
「ごちゃごちゃ言わない!減給よ減給!」
背中に乱暴な衝撃が加わる。
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
僕の虚しい抵抗も文字通り『一蹴』され、僕は遂に宇宙に放り出されてしまった。
「やれやれ。司令室、敵戦艦までの距離は?」
「わわわわわ……」
蹴り飛ばされた推進力で、ひたすらぐるぐると前方に身体が回る。無限に回る。
そりゃあそうだ。
宇宙空間には推進力を相殺するようなものなんて何も無い。だってここは本来真空だ。ドライブが無かったら即死している。止めるものがない限り僕は車のタイヤのように永遠に前方に回り続けるのだ。
「了解――ってそこ!何ふざけてんの?」
「止まらないんだよぉぉぉ……」
永遠に回っているせいで吐きそうだ。
「何のために靴にブースターが組み込まれてると思ってるの.......あと重力魔法とか色々とあるでしょ」
ああ、そうか。
僕は魔法使いだった。
こなに言われ、ようやく蹴り飛ばされた衝撃で回転していたのが収まると、僕の目にこなが逆さまに写った。
「無重力なんだから永久に回るわよ? バカなの? 以後ふざけたら減給」
「ふ、ふざけてない……ウップ」
「いい? 流石に戦艦は魔法ぶっ放して破壊出来る代物じゃないから戦艦の中に突入して破壊するわよ」
ふざけているのはどっちだ。
どうやって生身で戦艦に潜入しろと言うんだ。
ドライブから形成されるシールドで自分の周りだけが適度な気圧、必要な量の空気、適切な気温、そして恐ろしい量の宇宙線から守られているだけで、服装も別に私服のままだし戦闘機も無ければ何もないんだぞ。
「え、えぇ……」
「戦艦はコアを破壊すれば全機能が止まるから破壊したら爆発に巻き込まれる前に即空間転移するわよ、分かった?」
彼女の問い掛けに、僕は口を開いたら吐きそうなので代わりに頷く事で返事をした。
「シールドが破壊されたら身の安全を最優先に。シールド損傷率が90%を超えたら緊急用の予備シールドが靴から展開されるから、自動展開後は避難に専念するのよ?」
「うん」
「ブースターの操作は足の指で靴の中のスイッチを押せばジェットが出てくるからそれでバランス感覚を覚えながら宇宙空間を移動!」
「分かった……」
メタリック軍から支給された特殊な靴は色々とハイスペックだった。
靴の中にスイッチが組み込まれており、それを足の指で押すと靴の裏から弱いジェットエンジンの様な炎が噴き出し推進力となってくれる。
シールドが割れると即死の宇宙空間において、シールドが壊れかけたら予備のシールドを緊急展開して離脱の時間も稼いでくれるし、ついでに言えば足の裏から微弱な魔力を吸収するため、ジェットが尽きることもそうそうない。
よく出来ている。
「じゃあ行きましょう。敵の艦隊は光学迷彩使ってるかもしれないから慎重にね」
「うん」
こうして僕はこなと二人で何も無い宇宙空間へと飛び出した。
メタリック星の上の方はもうほぼ宇宙空間で、割とすんなりと宇宙空間へと行けてしまった。
もうどうにもならない。
ああ、そう言えば前に依頼掲示板で生身で艦隊を撃墜するみたいな事書いてあるふざけた依頼があったなあ。
きっとこなはこんなノリで人員を募集していたのだろう。
「――危ない!」
しばらく宇宙間を進んでいると、突然レーザーのようなものが自分を狙って伸びてきた。その恐ろしい破壊光線を紙一重で避けてみると、前方から何やら戦闘機のようなものが迫ってきていた。
「……人間様に、王女様に、ビーム伸ばしてくるとかいい度胸ねー?」
「だ、大丈夫?」
「私にそんな事すると大火傷じゃ済まされない事を思い知らせてその腐った脳みそに刷り込んだ方が良さそうね~?」
あ、あれ?
「こ、こな?」
「私の力の前に―――平伏すが良いわ!」
流石に突然そんなことをしてくるのはこなでも頭にくる模様で、彼女は完全に怒っていた。そりゃそうだ。僕でも怒る。
しかし、この時はまだまさか本当にこなは生身で戦闘機を相手に戦えるのか、少し疑っていた自分がいた。




