7. 懺悔と初めての依頼
「さて、彗」
夜。
夕飯後、意を決した様子で母さんが僕に声をかけてきた。
「はい」
「そこに座りなさい」
ああ、これは。
魔法のことかと察した僕はリビングのソファに腰掛けた。
追って母さんが席に着く。エプロン姿のままでポケットには菜箸が入ったままだ。
「貴方がずっと気になっていたであろうことについて、私なりに混乱が解けてきたから、私のわかる範囲で、あなたに説明するわ」
「うん」
覚悟を決めた様子で母さんはポケットから菜箸を取り出すとくるりとそれを振り回す。
目の前にグラスが出現し、水で満たされていく。
僕がうわっ、と驚いていると母さんはそれを手に取り水をグイッと飲み干してみせると、再び菜箸をグラスに向けた。
水がまた注がれていく。
「こっ、これも魔法?」
「もちろん。菜箸は杖代わりだけど、魔法を使うのに別に大それた杖は必要ないのよ。この100均の箸は魔法に指向性を持たせるために使っただけ」
びっくりした。
これでもしこの杖がニワトコとかで出来ているとか言われたら卒倒する所だったかも知れない。
普通に100均のお箸で良かった。
「そ、そう……」
「まず初めに、魔法使いであることを黙っててごめんなさい」
「うん」
「黙っていたワケとしてはね。貴方が本来であれば魔法使いになれない人間であったから、あなたに普通の人生を歩んで欲しくて、私も魔法をできるだけ封印して隠しながら生活していたからなの」
「その……なんとか対策室とかってやつ?」
母さんはゆっくりと頷いた。
「対魔法体質。私の魔法の師匠はね、いわゆる反射魔法のエキスパートだったの。そういうのを極めていると稀に魔法自体に強い耐性を持って魔法を弾く人間が生まれることがあるみたいで、貴方がまさにそのパターンだった」
母さんはそう言って緊張した面持ちでコップの水を飲み干す。
「魔法使いから生まれる子は基本的に魔法使いだけど、あなたはそうではなかったから私も魔法を封印し、一般人らしく過ごそうと務めた。そこにあのテロ事件が起きて、貴方が進化した」
「……アレは夢じゃなかったんだね」
「そうね。記憶を曖昧にする魔法とか修正する魔法とかも存在しているから。貴方は特に対魔法体質が強いから魔法使いになることは無いと、医者からも聞かされていたのだけれど、今回は受けた魔力の内容が内容だから……」
「その事なんだけど、なんか純粋ななんとかって言ってたよね」
「まあその……端的に言うとこな様はこの宇宙でも稀に見る強力な魔法使いなのよ。だから例外的なのかもしれない」
そう言った所で、母さんは目を逸らした。
「ごめんなさいね……今まで、黙ってて。私も正直まだ混乱しているけど……変に魔法を見せて何か恨まれたりしたらと思って、それなら普通の人間として育てたいと私も思ってたから……怒られたり嫌われたりしても仕方ないとは、思ってるのよ」
その発言で、なんで母さんが妙にオドオドとしているというか、怯えた様子だったのかを理解した。
母さんは怖かったんだ。
僕に失望されることを。
「まさか。そんな怒ったりするわけ……まあ、さすがに母さんから魔法の補足説明が入った時は、びっくりしたけど……」
「彗……」
「ありがとう、言ってくれて」
「こちらこそよ、彗」
心底ホッとした様子で、涙が母さんの目尻に溜まり始める。
「まさか、あなたも魔法使いになってくれるだなんて……母さんは、嬉しいわ」
「うん。教えてくれて、ありがとう」
「あらためて、魔法界へようこそ。彗」
そして翌朝。
学校も休みで家でくつろいでいると、母さんが手紙を僕のもとへと持ってきた。
「彗、これが台所のテーブルに置いてあったわよ」
「え?」
何の事かと思って母さんの持っていたものを受け取り、内容を確認。
封筒だ。身に覚えは無い。
カッターで封筒を開けて中身を開いてみれば、そこには手紙が一通と、なんかよく分からない資料が一枚。
手始めに僕は手紙を開いてみて、その文面を読んでため息をついた。
「これかぁ」
予言通りこなさんから手紙が届いたのだ。
書かれた内容曰く、交通手段とかは当日迎えが来るらしい。こうして見ると、かなりしっかりしている。
交通手段ってなんだろう。
当日って今日じゃないか。ほうきか魔法の絨毯か、それとも宇宙船がくるのだろうか。
普通に転移魔石だろうか。変なペガサスとかユニコーンみたいなのが玄関先に来たらどうしよう。
「裏面のこれは、そうすると依頼内容なのか……」
手紙の裏には恐らくこなさんが特別に回したと思われる依頼の内容が印字されていた。
◇
タイトル:病院長に届け物
依頼内容:宇宙防衛軍『X-CATHEDRA』本部よりメタリック中央病院に荷物を運んでください。なお、荷物についてはX-CATHEDRA最上階で渡すので、まずはそれを受け取り、その後メタリック病院長に届けてください。
報酬:☆5,000
◇
「………」
荷物運びだ。依頼として来るくらいだから結構厄介な代物なのだろうか。
いや、でも初めての依頼を回しているのだから、優しい内容ってこんな物なのかな。
この報酬の欄に書かれている数字はお金なのだろうか?
「メタリックねー」
「地理とか全く分からないからなぁ。って、いつの間に!?」
気が付けば母さんが後ろから手紙を丸ごと盗み見ていた。
「病院に行くならついでに適合ドライブの判定をしておくといいわ」
「適合ドライブ?」
また知らない単語だ。
母さん、なんで魔法界の事知ってる割にはあまり教えてくれないのだろう。
というか、なんで今まで黙っていた。
「人間が魔法を使う際に、魔力をチャネリングする物よ。身を守ってくれるしそれがあれば深海や宇宙空間にも平気で行けるようになるわ」
母さんがそう教えてくれた。なんだか非常に便利そうなものではあるけれど。
「よく分からないよ」
「行けば分かるわ。コレはそう言うモノなのよ」
……そう言えば、この報酬って所にある星のマークは何だろう。
ぼんやりとしていたらピンポンと音が鳴り、それに合わせて母さんが目で行けと伝えて来たので渋々玄関を開ける。
「はーい」
「――わん、わん!」
「え?」
扉を開いたら其処に居たのは茶色い毛並みの犬だった。
はじめて見る犬種だ。
姿は耳がすごく大きく、身体が小さいが、何と言うか平べったいような、不思議なアメリカンコッカースパニエルと言えばしっくりくるだろうか。
「あ、手紙が首輪についてるわよ」
母さんの指摘に気づき、手紙を手に取るとその犬はジトっとした目で一瞬こちらを見ると、小走りで去っていく。
.......なんだか不機嫌そうだ。尻尾も振っていなかったし。
首輪についていた手紙を手に取りそれを開くと、その手紙には短く手書きでこう書かれていた。
◇
『この犬の後を追っていけば目的地につくわよ。
……多分。』
◇
「なんて雑な……」
誰が書いたのかは知らないけれど、犬を辿れとかどこのRPGだろう。
「わんわん!」
「あ、待って!」
手紙を読み終わる辺りで犬が遠くで吠え、更に遠くへと走り出して行く。
「ど、どこまで……行ってきます!」
優しく笑って見送ってくれる母さんを尻目に、僕はその犬の後を追いかけ始めた。
そう言えばあのピンポンを押したのは誰だったのだろう。人の影は見当たらなかった。
その犬はまるで潰れたスパニエルのような微妙な見た目なのに、なんだかやたらと素早かった。
曲がり角などに差し掛かるたびにその犬は待っていてくれるが、角や死角を過ぎるとすぐにまた走り出していく。
おかげで目的地らしき場所に着いた頃には僕の息はすっかり上がってしまっていた。
「ええ……目的地ってここなのかよ……」
最終的に着いた場所はこの辺りじゃ有名な心霊スポットの、廃墟となった屋敷だ。
幾度と無く取り壊し案が出て、その度に怪我人が出るために放置されていると言う魔の屋敷。
鉄筋が所々剥き出しになっていて、埃でくすんだ窓には真っ赤なカーテンが写っている。
「わんわーん」
犬が玄関の前で何とも棒読みとしか言えないような鳴き声をあげると、中に入っていく。
「よし」
ちょっと怖いけど、行かなければ話にならないのだろう。
「失礼しまーす」
僕は意を決して、その廃墟の玄関の扉を開け、誇りの被った内部へと足を踏み入れた。