76. 新ジャンル
「吸血鬼ってエロくね?」
「はぁ?」
休憩時間。
例によって巧と雑談をしている最中にコイツは……またおかしな事を言い出してきた。
「翼とか揉んでみたくね」
「何言ってるのさ」
思うに、巧は最近、ますます性癖が拗れた気がする。多分この学校に入ってから色々とおかしくなり始めた。
僕の見ていない間に不純な輩と何かしているのだろうか。僕がきっちりコイツを真人間に矯正しなければ。
「だってさあ、八重歯とか良くないか。あと長い爪で引っ掻かれたいよな」
「君の中の吸血鬼像が分からないよ」
「――別にいいじゃん、吸血鬼像なんて千差万別だ」
予期せぬ声に反応すると、彼はゆっくりと巧の元へと歩み寄りこう言った。
「俺もな、吸血鬼に血を吸われて貧血でふらふらになった所を甲斐甲斐しくお世話されながら通学したいわ」
「キモタク!分かってくれるか!!」
木本拓也。通称キモタク。
お前が犯人か。
清純で幼気な巧を、ちょっとあまり世界に誇りたいとは思えない、めくるめくHENTAI世界の文化へと引きずり込もうとする奴はお前なのか。
「棺桶で添い寝したいよな」
「そのまま翼とかに包まれて寝たいよな!」
「そうそう!そしてそのまま永眠!!」
つい最近、危うく吸い殺されそうになっていた僕からすると、寒気を覚える様な二人の会話だ。
「吸血鬼ねぇ……」
そこに何故か伊集院君までもが参戦してきた。
生きていたのか。
こなに殺されてるかと思ってた。
「萌えるよな!?」
伊集院君は椅子に腰掛けると退屈そうな目でこちらを見遣る。
「――吸血鬼って言っても結構身近な所に存在するって知ってた?」
椅子の背もたれに肘を載せると、彼は緩慢な動作で自分の机の中から1枚の紙とペンを取りだした。
「身近な所?」
「そう。例えば人間の赤ちゃんとか」
巧とキモタクが一瞬何を言っているのか理解出来なさそうに瞬きをした。
「母乳ってのはさ、大ざっぱに説明すると母親の血液が体内で加工された物なんだよ。つまり、母乳ってのは元を正せば血液そのもので、その母乳を飲む赤ちゃんはある種の吸血鬼でもあるってわけ」
「なるほど」
「はっ.......!」
巧がまた馬鹿正直にうんちくに頷いていると、キモタクがふと何かに気付いたように目を見開き伊集院くんを見た。
「……なんだよ」
「つまり......新ジャンル吸血鬼ママ.......?」
「はい?」
流石に伊集院くんも思わず聞き返すと、巧もそれに合わせて目を見開いた。周りの女性陣の視線が痛い。
「吸った血液を母乳で還元してくれるのか......」
「お前天才かよ......」
巧とキモタクが本格的に気持ち悪くなり始めた頃に、先生がようやく入ってきた。
ドン引きしつつも教卓へと向き合うと、伊集院くんは最後につまらなそうな目線を巧とキモタクへと向けるとまた先生に目を向けた。
「なんだかな」
「じゃあ、来週の期末テストの範囲発表しまーす」
鎌瀬先生からのそんな一言でざわめくクラス。
そうか期末テス......えっ……
きま……つ…………?
「数学Ⅰは教科書開いて方程式と不等式全般を出しますからね。10ページから60ページまでびっちりと。しっかりと復習してくださいね」
ごじゅっぺーじ……?
「ではSHR終わりまーす」
不穏な空気が流れる教室からとっとと退散しやがり遊ばす担任に負の感情を送る生徒が自分を含めて何人かいる中、ふと鳩峰さんがこちらへとやって来た。
「ねえ星野くん!」
「うん?」
「テストイケそう?」
「テスト……ダメかも」
ここの所、ずっと魔法世界に居てばかりだから勉強が出来てない。
学校が終わったら家に鞄をぶん投げ、その脚で廃墟に直接歩いていき、ほぼ異世界みたいな魔法と宇宙人の異文化を満喫し、明け方に帰宅したら睡眠圧縮剤を飲んで無理矢理睡眠時間の帳尻を合わせる。
そんな生活を入学式からずっと続けているのだ。
勉強時間の入り込む余地は無い。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ……多分」
こうなったら勉強漬けになるしかない。
そう決意して、帰宅してから珍しく机に向かったは良いのだけれど。
「……」
何せ勉強自体をここ数ヶ月ぐらいしていない。
勉強の仕方を忘れかけていた。
「2a分の-b±√bの二乗-4ac……だっけ」
ここに来て魔法漬けだった事を後悔していた。
こんな事なら、もっと勉強しておけば良かったか。今更すぎる。
そもそも魔法ってなんなんだ。
この現代日本で何故魔法なんて言う訳の分からない物がまかり通っているのだろうか。
さっきまで勉強していた化学や物理を真っ向から否定するような現象を、何故偉大な化学者様たちは誰も見つけられないのだろうか。
『魔法だから』で片付けても良いのだろうか。いや、良くない。
「なんか難しい顔してるわね」
「うおっ!?」
突然声が聞こえて驚きながら振り返ると、ベッドの上には見慣れた宇宙人。
「なーにやってんの」
「勉強」
「勉強ねぇ。成績どうなの?」
「え、分かんない」
「ふーん」
なんとも素っ気ない態度で半目でこちらを見ると、こなはそのままマントをバサッと翻してワープして消えた。
「え、それだけ!?」
こなは何をしに来たんだろう。
不可解だ。
「x=8、-3……かな」
それから暫くして、また頭を悩ませている頃に再びバサッとマントを翻す音が聞こえた。
「ただいま」
「どこ行ってたの?」
頭が痛い所に、頭が痛くなるような宇宙人。
「あんたの学校。成績見て来た」
その言葉が僕の頭蓋骨から脳みそに達するまで暫く時間を要した。
「何故!?」
「なんとなく」
何が何となくだよ!
「こなさ、個人情報保護法とか不法侵入とかさ、そういう言葉はご存じですか」
「それってさ、地球人による地球人のための法律よね。宇宙人には適用ってされるのかしら」
「いやそんなの知らないけどさ」
そういう問題では無い。
多分宇宙にもそんな法律があるはずだ。
だが彼女に僕の言葉が通じるとも思えない。要するに詰みだ。
「私にグズグズ法律を並べても無駄よ」
「……」
「全く、私は失礼するわね下から3番目さん」
……下から3番目!?
 




