74. 賢い陽動
「くっ……ジリ貧だ……」
ゾンビと言い、スマートと言い、木の根の塊と言い、キリがない。
どんなに倒してもゾンビは無限湧きしてくるし、スマートはゾンビとスパイダルートを盾にするし、スパイダルートはおばけ耐久でどんなに殴ってもビクともしない。
「【毒の爪】!」
スマートが爪に毒を付加するとそれで近距離戦を仕掛ける。
「【降下葉風】」
ザントさんはそれに対して槍で彼の攻撃を受け止めると、呪文を唱えて木の葉の嵐を巻き起こす。
ザントさんが合図をするのに合わせて、僕もまた呪文を唱えた。
「【炎の壁】!」
「【残像回避】」
火の壁を木の葉の吹雪に嵌め込むと、一斉に葉が燃え上がり、粉塵爆発の様に一斉に点火し炎の嵐へと姿を変えた。
ザントさんは自らの残像を身代わりに渦の外へと飛び出すと中に閉じこめられた木の根の塊が焼かれ、やがて沈黙した。
「短期間で、二度も私を怒らせたな」
「煩いぞ屑が」
スマートが鞭をふるおうとした瞬間、槍が投げられスマートの腹部に直撃する。
シールドに守られているから槍が貫くこと自体は無かったが、代わりにそのシールドが砕け、スマートは地に伏した。
「この借りはいつか返す」
スマートは怒りで身を震わせながら立ち上がると、そう吐き捨てて大きな音とともに空間転移し消えて行く。
「敗北者はゴチャゴチャ喚くな、負け犬め」
――まあいい。本来の役目は果たせた。
彼が去り際にそう言ったのを、僕は聞き逃さなかった。
本来の目的。一体なんだろう。この教会には何か隠されていたりしたのだろうか。
それとも。
「ザントさん、みんなが心配です」
「ああ。陽動かも知れん。」
陽動。
別の場所を狙うために、敢えて囮としてスマートが単身で暴れに来たか。
ここはグレイスとザントさんと言う、X-CATHEDRAの大幹部に関わりのある施設。
そこをわざわざ狙うなら、陽動かもしれない。
そう思っていたらどうもザントさんも同じことを考えていたらしく、僕に向けて指示を出した。
「行くぞ。本部に一時帰還だ」
そう言うと彼は、僕が答える間も無く胸ぐらを乱暴に掴み空間転移した。
一瞬視界がサイケデリックな色に変わったと思ったら、次の瞬間にはX-CATHEDRAに居て、僕はバランスを崩し転倒しながらも降り立った。
「いたた……」
ここは本部の何処だろうと見回しながら起きあがると、ザントさんは既にこなを見つけて話しかけ始めていた。どうやら総帥室らしい。
「モニターしてたわよ。陽動でしょ? こんな大規模なルナティックの作戦なんか久しぶりよねぇ」
彼女が自分のデスクにあるボタンを押すと、部屋が半透明のスクリーンで埋め尽くされていく。
「ハブルームの村、アクアン発電所、そしてラルリビグレビス院……」
「フン、出動したルナティックスターズは?」
「全員よ、そっちにスマートとデュセルヴォ、アクアンにセルティネス、ハブルームにピアース」
「えっ、デュセルヴォ!?」
こなの話によると、あの翼のようなモンスターもどうやらあの場に居たらしい。気付かなかった。
「グレイスは無事だろうな」
「大丈夫、羽の撤退はモニターで確認済みよ。あなた達が墓地にいた間にグレイスはお宅のEと一緒に教会だかの屋上で交戦してたみたいよ」
「そうか」
幹部が2人……いや3人? こちらに出てきているということは、それだけグレイスたちは警戒されている事を裏付けしている。
でも幹部が全員出ているということは、もしこれが陽動ならそれを指揮していると思われるファントムはどこに居るのだろうか。
「ピンキーが今ハブルームのピアースに苦戦気味なのよね」
「援護する。座標を教えろ」
こなはザントさんの問に対してよく分からない数字の羅列を述べると、ザントさんはそのまま煙のようにその場から転移していく。
あの勝負の後に別のスターズと更に戦いに行くのは、素直に凄いと思った。
「……さて、貴方もそこそこ消耗してるみたいだけど大丈夫かしら」
「えっ?」
こなが唐突に話を振る。
「あ、大丈夫、です……」
「私にはタメ口叩いてもいいわよ。ほら、シールド修復薬」
投げ渡された小さな瓶を僕はキャッチした。中には赤黒いドロドロとした液体で満たされていて、とても人間の口に入れてよさそうな色ではない。
「悪いけどあんたも当事者だから協力してもらうわよ。それ飲んだら十分後に第2会議室に居てね。居なかったら減給だから」




