70. 孤児院襲撃
「グレイスが居ないだと」
その兎人はエレノアの発言に顔を歪めた。
それを他所に、孤児達はそのみるからに凶悪そうなラルリビ星人の元へと駆け寄って行く。
「ザント様だー!」
「ザントさまーご飯終わったら槍術おしえてー」
彼らの懐き方を見るに、どうやらこの人この孤児院の関係者のようだった。
彼がエレノアさんをエレガントと呼ぶのは何故なのか気になるが、どうやら事態は余り芳しくない方向へと向かっていた模様だ。
「E、ここはじきにルナティックの襲撃がある。ガキ共を地下牢に避難させろ」
「ルナティック!?」
エレノアが彼の発言に目を見開き、僕もそれに続く。
ルナティックの襲撃。
またこの展開か、と少し嫌気を感じ始めていたのはこの際置いて、彼らが来るならそれを迎撃しなければならない。
「分かりました。子供たちを避難させます。星野さん、本当に申し訳ないのですが、護衛お願い出来ますか」
彼女は席から飛び上がりながら僕にそう尋ね、僕は彼女に対して頷いた。
まずは子供たちの避難が最優先だ。
ルナティックを倒すのはその後。
「俺はグレイスを探して敵を足止めする。行くぞ」
サングラスのラルリビ星人がそう言い終わるのとほぼ同時に、地響きとガラスが割れる音が僕達へと伝わる。
襲撃が始まったのだ。
時間が無い。
「フン、先に行くぞ」
「あ、はいっ!!!」
乱暴に扉を開けて出て行くグラサン兎を見送ると、エレノアさんは食堂にいる子供たちに向けて大きな声で話し始めた。
「みなさん、聞いてください。突然ですが今から地下のダンジョンに行きますよー」
彼女の発言に、一瞬全孤児の視線が向けられた。
しかし、そこは子供たちだ。
食事中にダンジョンなんぞに興味を持てない子も何人かいるみたいで、ぐずり始める子が数人出ていた。
「まだご飯食べるー!」
そんな子供たちの元にエレノアさんは歩を進めていくと、彼らの前に立ちはだかりこう囁いた。
「私の指示は絶対でしょう?」
その目つきに、背筋が凍った。
明らかに今のは堅気の目つきではなかった。
「……」
「さあ、行きましょう」
元の目に戻ると、彼女を先頭に全員が一斉に移動を開始した。
「あなたは最後尾で戦闘態勢に!」
「分かった!」
子供たちをサッと纏めると、エレノアさんを先頭に、他の職員がサイドを、僕が後ろを固めながら孤児院内を早歩きで移動し警戒する。
チラリと窓の外を見てみれば、何処かで黒煙が上がっていた。既に数名の職員が交戦を始めている模様だ。
視線を子供たちの方に戻し、曲がり角を曲がった瞬間、僕の視界の片隅で黒い影がほのかに蠢いた。
「【ライトレーザー】!」
躊躇なくレーザーを撃ち込むと、長い触手を持った奇怪な黒い魔物が沈黙する。
孤児院の中に魔物が既に侵入していたのだ。
「エレノアさん魔物が侵入したみたいです!」
銃で魔法弾を撃ち込んで怯ませている隙に子供たちが駆け足になり始めた。
触手を伸ばしてきた魔物の目に弾丸が撃ち込まれると甲高い鳴き声を一瞬上げたのちにそれは沈黙した。
「了解、ほら急いで!!」
少し子供たちに遅れを取った事に気づいて、慌てて最後尾に戻ると外で爆発が起き、ヒビの入ったステンドグラスに一瞬だけ不気味な影が映る。
既視感を感じるような、違和感のある影。まるで巨大な蜘蛛のような、異質な物。
「【淡き光】!」
やがて孤児院の地下牢らしき場所ーーダンジョンーーに辿り着くと、エレノアさんの呪文と共に青白い光が辺りを照らし出した。
「行きましょう」
僕達は地下牢に子どもたちを避難させきると、臨戦態勢に入った。残った教職員のうち、戦闘力の高いものは外へ、そうでないものは地下牢の扉に魔物避けの封印を施したのちに救援要請。
「敵の反応多数……気をつけましょう」
スカウター越しに映るエレノアの目は据わっており、鋭い眼光で彼女は魔物を睨みつけた。
「この教会、本当は結界が貼ってあって魔物は入ってこれないはずなんですよね……多分、結界を作ってる装置が破壊されてるはず」
「なるほど」
「魔物はもちろん、不審人物を見かけたら教えてください!」
エレノアさんはそれだけ僕に伝えると、杖を片手に走り去って行く。
そんな彼女に続き、僕もまた魔物を排除するために走り出した。
「見つけたぞ!」
曲がり角を曲がってみたら、その先にいたのは人型の何かだった。
服は薄汚れており、目の焦点も合わずにフラフラとさ迷う人影。ゾンビだ。
「【槍光投撃】!」
光で出来た槍を作り出し、それを前方に放つとそれがゾンビの身体を貫き消滅する。
するとそのゾンビはその場に倒れ込み、一瞬で灰となり風化して消滅する。
「よおし」
消滅を確認し、銃を握り締めながら壁にもたれ掛かり様子を窺う。
迅速に、かつ慎重に動くことが大事だ。そう考えていると窓ガラスの外に翼が生えた爬虫類型の魔物が飛来し外に出たシスターたちと交戦している事に気づく。
ここからなら奇襲する事が出来る。
「いけっ!」
狙いを定めて銃に魔力を注ぎ、チャージショットを放てばその魔物の翼に大穴が開き、バランスを崩して魔物が墜落する。
するとその隙を逃さずシスター達が一斉に魔法を畳み掛けると、やがてその魔物は沈黙した。
「よし」
この調子だ。
幸い僕でもなんとかできそうな程度の魔物ばかりだ。
そう思って他に魔物が居ないか館内を調べようと脚を前に向けた瞬間、腹部に何か衝撃を受けて僕は地面へと叩き付けられた。
「ぐあっ!?」
強く地面に打ちつけられ、視界が揺らぐ。腹部への衝撃で肺から空気が全て吐き出され、酸欠で目眩がした。
むせ込みながら見上げると人型の魔物が僕に対してマウントを取っていた。牙から推察して、アクアン星人の吸血鬼。
「くっ、離れろ!」
倒れてる僕に吸血鬼がのしかかり、僕の腕は床に縫い付けるように抑え込まれていく。
周りをみると、僕と吸血鬼の二人でもがいてる間に、他の魔物も近寄り始める。最悪だ。
「くそっ!」
銃を撃つこともできなければ魔法も撃てない。万事休すか。




