69. 宇宙大戦
「頂きまーす」
「頂きます」
「いっただきまあす!」
夕食。
それは各惑星の宇宙人に合わせて作らないといけないせいで、地球で作る料理と比べてはるかに時間が掛かるという事を僕は今日知った。
何だかやけに調理している人が多いなと思っていたら、アクアン星人やハブルーム星人、ラルリビ星人にメタリック星人は全員食生活が全く違うのだ。もちろん、地球人とも違う。
それぞれの惑星の人間に合った料理、そして栄養価の配分を作るために宇宙では調理師が非常に多いと言う話を聞いたのは、食卓での話だ。
「シスターエレガント、この地球人はだあれ?」
「この人は今日お手伝いしに来た星野さんですよ」
どうやら孤児たちは何十人と居るらしく、孤児十数人に対して職員が二、三人のグループが幾つか有るらしい。
異星人の子供達はみんなかわいい。まるで自我を持ったぬいぐるみみたいだ。
「ほすの?」
「干すのは洗濯物ですよ」
「ほっしーで良くね?」
「じゃーほっしーだね!」
ほっしー……うーん……
何とも微妙なあだ名に首を傾げる。
ほっしーなんて呼ばれたことは無いので、なんとも複雑な気分だ。
「今の音は?」
そんな時、ふと誰かがそう発言した。
言われて耳に神経を研ぎ澄ますと、それは僕の耳にもしっかりと聞こえた。
「ガラスの割れる音だね」
玄関の方から、パキンとガラスが砕ける音がしたのだ。
僕の記憶が正しければ、あそこで割れそうなものなんて、窓ガラス以外には無かったはず。
「……まさかまたゾンビでしょうか」
玄関から聞こえたその音に辺りが一瞬静まり返る。
いやそんな事より今またゾンビって言わなかったか。ナナ嘘ついてなかったのか。
「ええ、ちょっと見てきますね」
スッと立ち上がったグレイスはそのまま扉を潜り抜け、消えたのだった。
「ゾンビ?」
「この孤児院、創立者がかつての闇の守護者だった事もあって闇の濃度がすごく高いんですよ。そのせいでゾンビとか変な魔物が自然発生しやすくて」
エレノアさんがそんな事を言う。魔物が自然発生しやすい孤児院って色々と不味くないのか。
子供達は襲われたりしないのだろうか。と言うか今聞きなれない言葉があったぞ。
「闇の……守護者?」
「あれ、知らないんです? かつての大戦を終結させた、3人の守護者と1人の救世主の話を」
首を横に振ると、彼女はそう言えば進化勢か、と小さく呟いた後、おもむろに話し始めた。
「今から1000年ほど前、この宇宙全域を巻き込む宇宙最悪の戦争がありましたーー」
事の発端は、別の宇宙人同士の間に生まれた子『キメラ人』の反乱。
当時は別の惑星の者同士で契を結び、あまつさえ子を授かることは忌み嫌われていた。
彼らは人としての扱いなんてものは受けておらず、魔物や奴隷などと同様の扱いであったそうだ。
そんな彼らがある日、人権を求めて立ち上がったのが全ての始まりであった。
初めは小さな反乱……しかしそれはやがて全ての惑星に飛び火していき、宇宙全域に反乱の芽は拡大して行った。
当然、反乱があればその芽は徹底的に打たれる。
そうしてその芽が全て摘まれかけた時、1人のキメラ人の科学者がその魔法を生み出した。
それが『暗黒魔術』。
怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、狂気。
そう言った負の感情を糧に強大な魔法を詠唱1つで軽々と放つ術式は、迫害されていた者達にとって最凶の武器であった。
禍々しい魔法を手にした彼らは、瞬く間にあらゆる惑星を焦土へと変えて行った。
彼らの積年の恨みが新たなる恨みを呼び、負の連鎖が瞬く間に大宇宙を覆ったのだ。
そんな血で血を洗う凄惨な宇宙大戦を終わらせたのは4人の英雄であった。
邪悪な科学者を食い止め、戦争を終結させ宇宙を破滅から救った、救世主の地球人。
時を操り、大戦争の終結を加速させた『時の守護者ザイゲイス』
光を操り、新たな世界を照らしだした『光の守護者ピカザック』
闇を操り、弱きを脅威より覆い隠した『闇の守護者グレビステック』
彼らは戦争終結後、それぞれの日常へと帰って行った。
その内、闇の守護者グレビステックは故郷のラルリビ星へと戻ると、被災し親を無くした子のために孤児院を開いた。
「それがこのグレビス院の始まりなのです」
ざっくりとそう説明してくれたエレノアさんの話に、僕は思わず目が点となった。
宇宙戦争を終わらせた者が作った孤児院。それがここなのだ。
最強の闇魔法使いであったせいで、彼のもたらす濃い闇の力が闇の魍魎を呼び寄せてしまうのだとか。
「きっと生前はさぞ偉大な御方だったのでしょうね」
「ちなみに地球人以外全員御存命ですよ」
「えっ?」
生きてるのかよ。
「グレビステック様はラルリビ暗黒魔術大学で暗黒魔術の研究をしていますよ。と言うか、X-CATHEDRAの方なのに何も知らないとは本当に宇宙初心者なんですね。グレビステック様は今闇の守護者である伊集院さんの師匠ですよ」
「はい?」
思わぬ所で伊集院くんの名前が出て、思わず食事を喉に詰まらせかけた。
伊集院くんの師匠。世界を救う闇の大魔法使いが伊集院くんの師匠なのか。
一瞬驚いたけれども、伊集院くんの魔法を見ていると、なんとなくそれが規格外で大きく逸脱していた物であった理由も頷ける気がした。
「ちなみに時の守護者ザイゲイス様ともここは縁が深くてーー」
エレノアが話を続けようとした瞬間、食堂の扉がバタンと勢いよく開き僕達の話の腰を折った。
開いた扉の奥から、その人はコツコツと靴の音を立てて真っ直ぐ此方へと歩み寄る。
漆黒のマントを羽織り、半円が2枚、ハサミのような大きなサングラスを掛け、殺気を身体中から垂れ流す、うさぎのようなラルリビ星人。
「Z様!!」
驚いた様子のエレノアさんが彼の元へとかけより、片膝をついて跪く。それに対して彼はチラリと此方に視線を合わせ、エレノアさんへと問いかけた。
「E、グレイスは何処だ」
こいつもエレノアさんを『エレガント』と呼ぶ。
「Z様、グレイス様なら玄関で物音が聞こえたので、珍しく食事を中座して観に行かれましたが」




