67. 魔境グレビス院
「ごめんください」
重厚な扉を叩いて、僕は声を出した。
僕は依頼を受けて、再びラルリビ星へとやって来ていた。依頼の内容は孤児院でのお手伝いさんだ。
いい加減、ルナティックの幹部と鉢合わせて戦闘してと言うのは飽きた。
今度こそ。
本当に。絶対に。完全に。
『非』戦闘系の依頼を。
そう思って見つけたのがこの依頼だった。
「出てこないなー……」
見上げてみると、大きなバルコニーが付いていた物の、人影は見当たらなかった。
孤児院には教会が併設されていたものの、そこからも人の気配はして来ない。
教会って、何を信仰してるんだろうか。まさかキリスト教だろうか。宇宙に進出していても不思議じゃない。
「すいませーん!」
火山を登頂した時違って、この辺りは多少の緑がある地域のようだった。道も整備されているし、暑くないし蛇もいない。
「あれー、彗じゃーん」
……でもあの時に一緒に居た犬が何故か居た。
「な、ナナ……どうしてここに」
思わず身構えてしまう僕が居た。また何かルナティック絡みだろうか。事と次第によっては出直す事もやぶさかではない。
「何その嫌そうな声ー。私はプライベートで来ていてもう帰る所よー」
「別に嫌って訳じゃ……」
その言葉を聞いて少しほっとした自分がいた。
また何かよからぬことに巻き込まれると言うことはなさそうだ。
「で、そっちはー?」
「依頼でこのグレビス院に」
僕がそう答えたその時、ナナの顔が明らかに強張った。まるで蛇にでも睨まれた様に固まって、慌てた様子で平静を装う所がまたなんとも言えない。
犬の顔ってこんなあからさまに固くなるものなんだ。いやそんな事より、何かあるのか。
「……そんなに驚かなくても」
「えーっとねー、忠告しておくわ。あそこ夜になると闇の濃度が高過ぎてゾンビやらワームやらが出てくる魔境よ」
ゾンビ。ワーム。
その言葉が僕の鼓膜から脳みそに伝わり言葉の意味を理解するまで、時間が掛かった。
「……はい??」
「後、あそこ……管理者が管理者だから、迂闊な事喋ると殺されるわよー」
この犬はまたなにかつまらないネタでも考えているのだろうか。殺されるなんて、そんな馬鹿な。
ここは孤児院だ。教会だ。
そんな場所で殺生沙汰なんて、起きるはずがあるまい。
「またまた、嘘でしょ?」
「頑張ってねー私は忠告したからねー」
それだけを言うと、彼女は僕の言葉を待たずに空間転移して高速離脱をした。
「殺される、って……」
人に散々怪しい情報を植え付けておいて、逃げるなんて最悪だ。
管理者って誰だろう。
なんで孤児院なのにゾンビとかが湧くんだろう。
「はぁ……」
もう一度扉を見上げてみれば、何となく不気味に見える気がしなくもない。
あの犬最悪だ。伊集院くんのしつけは一体どうなっているんだ。
今度会った時に文句言ってやろう。そう誓う僕であった。
「こんにちは!」
孤児院の玄関から入ることは諦めて、教会の方へと向かう。目の前にひっそりと佇むその建物はまるで小さなお城だ。
教会の横には何やら大きな墓地らしきものが見える。多分ナナの言っていた、ゾンビとかはそこから湧くに違いない。
中に入ってみれば、とても大きな礼拝堂に出た。その様は地球の教会と酷似している。
「うわ……」
礼拝堂の一番奥に建っている像はグレイスみたいなラルリビ星人の形を持つ人が、何者かによって突き落とされる様な形をしていた。
「驚きましたか?」
突然声が掛けられて反射的に振り向くと、見慣れた顔が目に映る。
「グレイス……!」
「この像は宇宙神話に残る、天界より追放されし魔法の神コラプスの物です。神話によればコラプスは地上の人々に魔法を与えたとされてます」
宇宙の神話。それはそれでどんなものなのか気になるけれども。
「どうしてここに?」
「ここはグレビス院……私の祖父が開いた孤児院で、私はここで生まれ育ちました。私もX-CATHEDRA関連の仕事がない時はここで仕事をしています」
少し恥ずかしそうに彼女はその長い耳で照れ隠しに頭を器用に掻き始めた。
なるほど。ここはグレイスの実家なのか。
言われてみれば、グレイスは何となくだけど心優しい印象を持っていたけれども、なるほどそれならば納得がいく。
「凄い所で育ったんだね」
「まあ……ここは色々と特殊な場所なので、それはあまり否定できませんね……」
グレイスはそう言うとチラリと僕の見ていた像に目をやると、話を変えた。
「……ところで、どうしてこちらに? 何か伝言でもあったりしましたか?」
そこで自分が何故ここに来たのかを思い出した。僕は依頼を受けてここに来たのだった。
「依頼でここにきたんだ。臨時で孤児院のお手伝いを依頼したいって掲示板にあって」
ところがそれを聞いて、グレイスはどういう訳か頭を傾げた。
「依頼ですか? おかしいですね。そんな依頼は出していないはずなのですが……」
「えっ、そうなの? 確かエレノアと言う人が依頼を出してたけれども」
「ああエレノアでしたか。E!」
「へ?」
突然知らない人名をグレイスが呼ぶと、礼拝堂の中央に眩い光が出現し人の形を成した。アクアン星人だ。
「呼びましたか。今戦闘中だったのですが……」
僧侶の服を身にまとっていたその人は手にパイプのような長い杖を持っていた。
目付きがやや鋭く、服には返り血があった。
「X-CATHEDRAに、依頼を出しました?」
そのアクアン星人はグレイスに問われると、首を横に振った。
彼女が依頼主のエレノアだろうか。でもそれにしてはグレイスの呼び方も違っていたし、何より彼女は首を横に振った。何故だろう。
「わかりました。任務完了後に説明します」
「はあ。承知です。ところでどうせ呼んで頂いたなら一応回復ぐらいして頂いてもいいですか」
グレイスはああ、と小さく言うと詠唱を破棄して回復魔法を彼女に掛けながら懐から小さなカプセルを投げ渡した。
「御健闘を」
「助かります」
エレガントと呼ばれたその人はそのカプセルを口に放り込むと、再び光に包まれて消滅した。今のはなんだったのだろう。
「あの、グレイスさん。今のは……」
「今のがエレノアですよ。私達はEと呼んでいるだけです」
「ああなるほど。でも彼女は依頼出してないんですよね」
「その様ですね。まあ、来てしまったものは仕方がありませんのでせっかくならその依頼通り、働いていただきましょう!」
「ええっ!?」
思わず目を見開く。
「依頼の報酬は私の方で出しますので。さあ、案内致しますよ」




