66. 考えの相違
「あ~いい運動だった」
そう言ってこなは自分の肩を回した。
僕の記憶が間違ってなければ屋上のドームとかはスパーリングが終わった頃には半壊してたはずなのだけれども、あれをいい運動の一言で片付けてしまったこなに、僅かに恐怖を覚えた。
「すごい戦いだった」
「そう? あれ温い方なんだけどね」
「えっ?」
あれでヌルいのか。
「お互いにそこまで魔法を乱発したわけじゃないし、結構武器でかち合ってたじゃない? お互いもっとえげつない魔法幾つか持ってるし今の所お互いの最強魔法が出てないのよ」
こなたちの基準でえげつない魔法って、一体どんな物なのだろう。
僕の基準ではあの戦闘の9割はえげつなかった。
「あれ以上の魔法があるの!?」
あんな流星群と紅いドームを超える攻撃魔法があるとか、あまり想像したくない気がする。
あれ、観戦しているだけのはずが事ある毎に衝撃で顔を殴られているような気分だったし。
「まあね。じゃ、私はこれから依頼があるから」
そう言うと、こなはマントを翻して蒸発した。
こなも依頼なんて受けるんだ。少し意外だ。
「……」
僕も観戦し終わったし、暇つぶしに依頼でも受けてみようかな。
そう思って僕は1階のいつもの受付と電子掲示板の前にやってきた。
◇
依頼主:アクアン連合政府
タイトル:発電所の防衛
場所:アクアン星、トルトア水力発電所
受諾制限:ハートの10、スペードのJ
依頼内容:先日DEATHと名乗る組織からトルトア発電所を爆破するとの犯行予告文が届きました
どうか発電所を死守してください
報酬:3ヶ月間の電気代半額、☆2,200,000
◇
「珍しい依頼だな」
「うわっ!」
空中にある巨大なスクリーンを眺めていたらいきなり後ろから声をかけられた。
伊集院君、いつの間に……
「……ふむ。DEATHか。こいつらも要注意組織なんだよな」
彼はそう呟くと、腕を組んでスクリーンを眺めた。
「デス?」
「Darkness Embodies All The Humankindの頭文字をとってDEATH。直訳すると『闇が全人類を装飾する』だ。ものっすごいダサくて臭い名前だろ」
……言われてみれば、色々とナイ名前だ。
「彼らもルナティック同様、指定暗黒組織だ。厄介なのは普通にマフィアな事だし。まあでもルナティックは行動理念が『X-CATHEDRAの瓦解』だし今はこっちを優先しているけどね」
行動理念がX-CATHEDRAの瓦解。その言葉に意外性を覚えた。もっとてっきり邪悪な目標でもあるのかと思っていた。
そう僅かに頭を内心傾げていたら、どうやら表情に出ていたらしく伊集院くんはこう質問してきた。
「彗にはまだ言ってなかったっけ」
「何を?」
「X-CATHEDRAは昔、深刻な方針の相違から分裂した事がある。その際にここから抜けた奴らが集まって出来たのがルナティックだ」
告げられた衝撃の事実に、思わず固まった。
元は僕達と同じサイドの人間が、何故。
「ど、どういう事?」
「この組織は色んな星系の思惑が渦巻く政治の場でも有るんだよ。例えばこなたちはメタリック星の皇女だし、ピーカブーはアクアンの外務大臣の孫でもある。そう言った人間が集まれば当然、行動が遅れる事もあるのさ」
そう言えば、先程も伊集院くんはこなの事を姫君とか言っていた。
確かに、宇宙における国連みたいなポジションにあるなら初動が遅れることはあるかも知れない。
でも、それにしてもそれのせいで分裂して、挙句闇堕ちするなんて事が起きるとは、考えにくい。
「でも、どうしてそれで分裂まで行くの?」
「我々は宇宙の平和を守るためなら、切り捨てもするし工作もする。彼らはその不満が溜まった結果、反X-CATHEDRAに染まってあらゆる妨害工作をする様になった」
切り捨てもする。
工作もする。
そう平気で言う彼に、僕はまた驚いた。
「な、なるほど……」
「可能な限り宇宙にとって最善の手を打つようにはしている。だが全てを守ることは出来ない。そのため残念ながら選択を迫られる場面も中にはある」
「……」
「ま、だからこそ大々的にギルドの様なものを展開して、我々の選択できなかった物事に関して皆に拾って欲しいのさ」
そう言われると、何だか腑に落ちた気がした。
政治に踊らされる人達や、困った人たちを助けるためのギルド。
大局では助けられない人々も、こうした所で掬い上げる事が可能。
なるほど、宇宙とかいうとんでもない規模の場所で何故ギルドみたいなシステムがまかり通っているのか、少しだけ見えた気がした。
「そんなルナティックとは考えが合わないのは残念だが、我々の仕事を邪魔するために向こうも手段を選ばないからね。超えては行けないラインを幾つか超えている。今回の蠍の件とかもそうだ。我々も手段を選ばない」
彼はそこで溜息を吐くと、空中に浮かぶ依頼のスクリーンを眺めて目を細めた。
「……この依頼、承けるかな」
えっ?
「伊集院様、依頼受付ですか?」
声を掛けようとしていたら彼はいつの間にやら受付の人と話を始めていた。そして受付と暫く話し込んだのち、彼は戻ってきてこう言った。
「じゃあ彗、そう言うわけだから行ってくるよ。アクアン支部はなんせあのカメが馬鹿みたいに海の家で電気使うから固定費が溜まったもんじゃなくてね」
それだけ言うと、彼は身体を黒い煙のような闇に変えて蒸発した。 カメってピーカブーか。
一体何にそんな使うのだろう。
そんな疑問もそこそこに、僕もまた依頼掲示板を眺める事にした。




