63. スパーリングの口実
「あのねえ。普通蠍を見つけたら第一に連絡するでしょう」
「ごめん」
手当を受けた僕は、X-CATHEDRAの医務室にいた。
曰く、依頼を受けて負傷した者や救助した人を手当する場所で、1階の転送エリアからほど近いところにある広いスペースが医務室となっている。
シールドが修復されて意識も回復したところで、こなが僕のもとへと詰め寄り怒っていた。
「言わなかったかしら。蠍はかなり高位な魔術師で一流のアサシンなのよ。貴方が生きている事が奇跡と言う事実に、自覚を持ちなさい」
「……はい」
こなはひとしきり僕を叱り飛ばすと、はぁ、とため息をついて腕を組んだ。
「次回からは必ず報告するように。上司ーーと言うか、社長命令ね」
「はっ、どの面がどの口で言ってるんだかねぇ」
僕が両眉を上げると共にこなが驚いた様子で振り返る。
するとそこには空いている椅子に腰掛けて脚を組んでいる伊集院くんがいた。
「何よ」
「元はと言えば、君が蠍もスマートも逃がさなければこんな事は起きなかったのでは?」
開幕から突然嫌味をこなに浴びせる伊集院くんは、涼し気な顔で笑っていた。
「それを言うなら、あなたのナビゲーションもクソだったんじゃないの」
「君たちがたどり着いた時、まだ蠍は目の前にいたよね。蠍は新米の彗が追っていたから百歩譲るとして、スマートとか言う格下の雑魚を取り逃がすのはいくら何でもちょっと弛んでるんじゃないのかなと思ってさ」
至って爽やかに言ってのける伊集院くんに対して、こなも何故か爽やかに笑い返しながら彼との口合戦に応じ始めた。
「では速やかに指示を出して欲しかったわ。それが参謀の仕事なのでは?」
「参謀の発言はあくまでも『謀略の参考にする』程度の物だし……時には部下の意見を待たずに決断する事も上に立つ者の責務では? 皇女殿」
こながゆっくりと僕の元を離れ、ニコニコと笑みを浮かべながら伊集院くんの元へと歩み始める。
それを見た伊集院くんは更に笑みを深め、脚に続いて腕もゆっくりと組み始めた。
「あら、私がどこぞの皇女だと覚えていたの?」
「今の今まで忘れてたよ」
「不敬罪で給与1年間1/10ぐらいの懲戒処分下しても良いかしら」
「そう言うのなんて言うか知ってる? パワハラとかコンプライアンス違反って言うんだよ」
「一挙一動でコンプライアンスを粉砕する奴が、それを言うとは驚きね」
遂にはこなが伊集院くんの目の前まで歩き、立ち止まる。
伊集院くんは彼女を見上げると、まるで無垢な幼児のように頭をコテンと傾げ、彼女を更に挑発する一言を放った。
「そんな奴を雇う君の見る目は最悪だな」
「そんな見る目のない無能を最初に雇って代表取締役にしたのは貴方よ? 元社長?」
一瞬沈黙が流れる。
突然始まった意味不明な舌戦に動揺していると、伊集院くんは僕の方に突然チラリと視線を送り、ふと思い出したかのようにこう言った。
「そうだ彗、せっかくだから君と同じドライブを持つ者がどう言った戦い方をするのか見てみるといい。きっと参考になる」
「えっ!?」
一瞬何を言ったのか、理解できなかった。
「ああそれはいいわね、しかも相手が伊集院なら私もフルパワーで戦えるし私も賛成だわ」
「流石は総帥、決断が早い」
「部下の意見を参考に迅速な経営判断を下す事も上に立つ者の責務なのよ」
先程とは180度違う態度で180度違うことを2人が言い始める。なんだこれはと内心で動揺していると、ニコニコと笑いながらこながそう言い、伊集院くんはまたニカッと笑顔を返した。
「なるほど。社長が優秀で助かるね」
その瞬間、僕達の居た空間が前触れもなく歪んだ。
ベッドの上に座っていたはずの自分はいつの間にか青天井の見える所で椅子に座っていて、目の前に広大なスペースが広がる中で伊集院くんとこなが対面して立っていた。
「悪いね、彗。こなとのスパーリングのダシに使ってしまった」
「最近あんまり動けてないしぶっちゃけ弛んでるのは事実なのよね。まあ、彗はそこで見物していて良いわよ」
「え、どういう事これ?」
今の今まで医務室に居たのに、気が付けば僕はX-CATHEDRAの屋上にある戦闘用のスタジアムにワープさせられていた。
「Xd、Sa、Vv、Vl――」
「Zz、Mm、Aj、
Ei、Fa――」
伊集院君の周りには4つ、そしてこなの周りには何と5つものドライブが公転していた。
こんなに大量のドライブが一度に出現する様を僕は見たことがない。
「……」
思わず唾を飲む様な激烈な波動。
同じ空気を吸ってるだけで、潰されそうだ。
「観客も居るんだし、お手柔らかに?」
「守護者さんが自重するならね~?」
その時、一瞬世界が暗転した。
「テトラドライブ」
「ペンチドライブ」
――ダウンロード!!
「じゃ、暇つぶし始めちゃう?」
「そうだね」




