60. 次の手
どうにも納得の行かない事がある。
「ピアースが重傷……!?」
その知らせは瞬く間にルナティック内を駆け巡った。
ルナティック・スターズのピアースが負傷したという事。
惑星ハブルームにあったルナティックの基地が壊滅した事。
そしてその実行犯が、指定暗黒組織DEATHの者だと言う事。
「ピアースの容体は」
「低レベルの安定と言った所ですね」
ルナティックの隊員からの報告を聞いて、一先ずは安堵した。
ピアースは無事だ。それだけでも充分なニュース。
ルナティックの医務室へと足を運ぶと、そこには複数の医療従事者が複雑な回復魔法をピアースに掛け続ける構図があった。
「どうだ」
「何とか安定しました。後はシールドの回復と治癒魔法が完遂するのを待つばかりです。ただ、危険な量の血液を失っているので造血魔法が完了するまでは1週間ほど掛かるかと」
「そうか……」
納得が行かない点は2つ。
1つは、ピアースに刻まれていた激しい切り傷の量だ。
あの二流組織には、剣を使いこなす者こそいるが、ピアースに刻まれていた切り傷は、まるで魔物に八つ裂きにでもされた様な、爪による痕跡だった。
敵の組織でピアースと渡り合うどころか圧倒する様な者に、武爪使いは少なくともいなかったはず。
「……くっ」
「まさかスレイザドラゴンが出るとは……ね」
思案に耽っていると、新たに深い切り傷を負った二人が忌々しげに呟く。
「ブラックリストに登録して正解だったな」
「脅威、ですね……」
デュセルヴォ。
かつての大戦で討たれた双頭竜が、死に切れずにその思念が焼け残った両翼に宿った人外中の人外。
暗殺者の蠍を脱獄させる計画の彼らもまた深い切り傷を負っていた。
彼らを攻撃したのは、先日ファントム様がブラックリストに独断で加えた地球人だった。
我が発明を炎の壁で嬲り燃やした、あの忌々しい地球人。
「またあの地球人ですか?」
そんな事を考えていたら、当のファントム様がどこからともなく出現した。
「ええ、ファントム様」
つまらなそうに言ってのけたファントム様に短く返すと、ファントム様もまたピアースのもとへと漂った。
このファントムと言う人も、また人外だ。
魔力の集合体に命が宿ったような者でもなく、宇宙にあるどこかの星の宇宙人でもない。
極めて異質な、まるで異世界からでも来たかと思うような雰囲気を纏う怪物。
「なら同時に攻めるのはどうです」
「同時……」
「せっかく蠍も雇うことが出来たのです。どうせならしっかりと仕事をこなして貰えるように、サポートをするのも良いでしょう」
蠍を雇ったのには訳がある。
X-CATHEDRAはどの道我々でいつかは本気でぶつからなくてはならないだろう。
しかしX-CATHEDRAを倒したあとは?
あそこを倒した時、次に来るのは何処だ?
そこを、事前に潰すためにも今回は蠍が必要となる。
ではそのための陽動はどうすれば。
「本来の目的地は無論、別の場所を……そうですね」
ファントム様の指先がキーボードへと伸びていくと、巨大なスクリーンに幾つかの場所が映し出されて行った。
「旧友との再開、どうでしょう?」
映し出されたのは、ファントム様が現れる前にルナティック・ブレインであった者の家だった。
「前任者ですか」
「ええ。先ずはこの人にデュセルヴォと貴方をぶつけ、陽動としましょうか」
グレイス・エピック。
彼女の経営する孤児院だ。
「私が、あの裏切り者と戦うと」
「ええ。最も、あそこは恐らくザントが1枚噛んでいる可能性もあります。そのため今回はデュセルヴォも差し向けましょう」




