59. 糸を引く者たち
「じゃ、私は用事がありますので」
体育祭も終わり、柳井巧に向かって打ち上げにファミレスだかなんだがに行こうぜと誘いが来る前に切り上げて立ち去るために予め彼にそう伝えた。
すると案の定打ち上げの誘いをしようと思っていたのか、彼は一瞬ビックリしたかのように立ち止まると、やや不満そうな顔をこちらに向けた。
「また後でね」
「いや、お前まで後でって何だよ」
星野彗がそう言うと遂に彼は不満を口にした。
柳井巧は妙な所で鋭く、侮れない。
この間も迂闊に非魔人だらけのクラスに魔導書を持ち込む暴挙に出た彗の魔導書を、彼が開きそうな所を魔法で本をすり替えるハメになった。
彗の細かい変化に対して非常に目ざとい。
多分今回のこれも、巧の中では彗の異常行動の1つとしてカウントされているだろう。
「内緒!」
「はぁ~?」
恐らく、彗と巧は小学校辺りからずっと一緒なのだろう。非魔法界では一緒に居ない時間の方が少ないのではないのだろうか。それくらい彼らはいつも一緒に居る時間が長い。
あれほど物事をよく観察出来ているのなら、高校に入学して以来彗の様子が変わった事についても気付いていないはずがあるまい。
妙な所で魔法バレしなければいいのだが。
そう思いつつ俺は別れて適当に1人になれる場所で空間転移をした。
「さてさて」
総帥室。
こなの連絡だとルナティックのハブルーム支部がDEATHに破壊されたらしいが。
「は~い」
「こな。DEATHがルナティックと揉めたって聞いたんだが、実際の所どうなんだ?」
曰く、突然指定組織同士で抗争が始まったらしい。
何故ルナティックがあんな組織に襲われたのかは分からないが、もしそれが事実であるなら確認する必要がある。
「どうもこうも、指示したのは私よ。ザントの方で処理させたんだけどDEATHの仕業に見せ掛ける様に偽装工作の果てまでがっつり指示したわよ」
こながあまり興味なさげにデスクにある半透明のスクリーンを眺めながら答える。
何だ、そうだったのか。
つまりこれは組織同士で潰し合いをしてもらうための工作活動なのだ。
通りで幹部と思われるアイツも、学校では何も変わらなそうなわけだ。
「と言うことは、真犯人はAAAAか」
「真犯人って言い方やめて。あと正確には真犯人私ね」
ならば特に尻拭いとかをする必要も無さそうだ。
「じゃあ『被害状況』は?」
「ん、『犠牲者』は87人、意識不明の重体が1人」
「一人生かしたのか」
一人だけ生かして置くとすれば、それは証人として生かしておくためだろう。
わざと生き証人を作る事で、組織間の抗争を扇動する手筈だ。
「ピアースを残しておいた」
「よりによってピアースか」
……なぜピアースではなくしたっぱを生かしておかなかったんだ?
ピアースはそこそこ強いし腐っても幹部だ。適当な下っ端の方が都合が良くないか。
そう口を開こうとした時にこながこう言った。
「文句は真犯人じゃなくて実行犯に言って」
「……ザントが独断で決めたのか」
「らしいわよ。私もそこまで細かく指示は出してないし」
そこまでは指示していなかったのか。
何故ピアースを生かしておいたのかはザントでないとわからない事だが、これで恐らくはルナティックは抗争に戦力を割いて弱体化してくれるだろう。
「ところで伊集院、アンタルナティックが起こして来た一連の事件についてどう思う?」
「と言うと?」
「最近はこちらの妨害工作と言うよりも、何らかの意図を持って謎の破壊活動に出ているじゃない。今までに無い傾向というかなんと言うか」
確かに、ハブルームでの事件やアクアンでの事件については非常に不可解な物があった。
まあ、ハブルームについては依頼者のフリをしてこちらの隊員を襲うと言う点では妨害工作と言えなくもないが……
奇妙な薬液を使って魔物を操ってみたり、海からミネラルを抜くなんて言う行動は常軌を逸していた。
「血球を捕食する種子を作る薬液と、海を淡水化させるほどのミネラルなあ。共通点がよく分かんねえわ。それに蠍の件もあるし」
「蠍ねえ。蠍を雇うなんて、完全に暗殺したい人がいるんでしょうけれど。問題はルナティックに恨まれるような輩が多すぎることなのよ」
「それな」
こなが片肘をついて大あくびをする。
ハローキテ〇ーもどきで全身が白い体毛に覆われているから隈とかは出来ていないが、その目からは疲労感が伺える。
本当はルナティックなんかに構っている暇は無いのだ。
他にも処理しないといけない物が多いのに、最近やけにルナティックが活発なせいで仕事が上乗せで、此方としてもなかなか体力的にしんどい所があった。
「ねえ伊集院、金なら出すからアンタの式神みたいな奴分けてくんない? どうせ私のドッペルなら誰も襲ってこようとしないし分かりやしないでしょ」
「簡単に言うけどさあ、アレ結構作るの大変なんだよ。まず和紙を人型に切ってさあ、そこから魔法陣転写してさあ」
「どうせその作業も式神にやらせてるくせに」
「うっ……」
「言い値で買うから、50枚ぐらい頂戴」
「だめだめ。アレは使うのに慣れもあるから先ずは1枚からだ」
「えー」
こなはアヒル口みたいな真似事をして不満を口にする。しかしそうは行かない。
「こんな自分の分身を作る魔導具なんて市場に出したら大変なことになるし、本当は死ぬまで1枚も売る気は無かったんだからこれでも譲歩しているんだぞ」
「アンタそれをロストマジック化させるつもりだったの!?」
「おま、当然だろ。屋上に浮いてるしょーもないブラックホールとは訳が違うんだぞ」
「いやアレはアレでしょーもないなんてことはないと思うけど……って、話が脱線したわね。幾らよ」
こなが身を乗り出すのに対して、自分は指を3本立てた。
それに対して、こなは一瞬眉間にシワを寄せると頷いて見せた。
「使い方は簡単だ。手に持って適当に魔力を込めてから手放せば分身が出来る」
本当は1枚も渡す気はなかったが……今の状況では、背に腹はかえられない。その程度には我々も忙しい。
1枚式神もどきをこなに手を出すと、こなはそれに魔力を流し込み始めた。その後彼女がその人型を天に向かって放り投げると、彼女の分身が出現する。
「こなが2人かー。こな2人ってなんかすげーヤダ」
「は?」
「何言ってんのこいつ、失礼千万ね」
「まあでも、これでこなもマンパワー2倍だから多少は楽できるだろ」
「まあね」
「そこは感謝するわ……」
こなは珍しく素直に感謝の気持ちを表明遊ばすと、本体は再びデスクに向き直り分身が転移し消えていく。
そこで自分も椅子を空中から出現させてそれに座ると、こなとの打ち合わせを再開した。




