56. 忍び寄る影
「なるほど、蠍ね」
帰ってきてこなの部屋である総帥室に向かうと、そこにはレメディが居た。
今までの出来事を掻い摘んで話すとレメディはそう呟いた。
「蠍が向こうの為に動くならこっちもそれなりに対処を考えなくちゃね」
「蠍って……そんなにヤバいの?」
蠍って人、どんな人だか分からない。でも対峙した時に感じたのは、あの火山で会った変な生物ともまた違う得体の知れない感覚だった。
「奴は裏社会では知らない人はいない一流の暗殺者だよ。依頼があれば誰からの依頼であってもそれを軽々とこなす凄腕の傭兵。少し前に捕まってミラビリンス刑務所の最深部に収監されていたんだけれどね」
「ミラビリンス刑務所初の脱獄者じゃない? どうやってあの魔法反射を無視して脱獄したのかしら。警備がまた厳しくなるわ」
暗殺者か。まあ見た目が忍者だし忍者の見た目の人がすることと言えば暗殺か諜報ですと言われてしまえば納得してしまう。
それにしてもあの気が狂うような刑務所が更にヤバくなるのだろうか。
悪事には手を染めない。僕がそう誓った瞬間だった。
「恐いなあ」
「捕まる直前にAAAAの全幹部を半分近くを一人で処分したらしいが」
「AAAA?」
伊集院くんから出た、聞きなれない新しい名詞。それを伊集院くんが説明しようと口を開いた瞬間、エレベーターの扉が開き、中から現れた人物が彼の言葉を遮った。
「――この銀河団で最大の宇宙マフィアですよ」
伊集院くんの言葉を補ったのはエレベーターから現れたグレイスだった。
伊集院くんがチラリとグレイスに目配せをすると、彼女はこう続ける。
「蠍はAAAAの26人いる幹部10人を暗殺し、その実力を称えたボス『Z』のスカウトを真っ向から断った地球人として、組織内で有名ですね」
宇宙最大のマフィアを半壊させた経歴を持つ、現代を生きる忍。
誰が蠍を雇ってそんな事をしたのだろう。
そして、そんな奴を雇ってルナティックは何がしたいのだろうか。
「あの時はとんでもない事になったわよねー」
「ほんとよね、私達もまさか母上の側近が『S』だったとは夢にも思わなかったし」
「えーと『アンダーメタリックの死闘』よね。確か12日後に捕まったんだっけ」
マヨカとレメディが嘗ての事をそう振り返った。
油断していると忘れがちになるけれど、そう言えば彼女たちは王女様だ。そんな彼女達の母親と言えば女王。その側近がマフィアの一員。
いくらなんでも身辺調査がずさん過ぎないか。
「まあ、あの、要するにこの蠍ってのは危険人物なんだね?」
頭がこんがらがって来て確認でそう聞くと、伊集院くんは首を縦に振った。
「超ヤバいね」
「直ぐにでも対策ミッションを考える必要があるね」
こなと伊集院くんが話し合いを始めようとすると、僕とこなと伊集院くんのスカウターからあのアラームが鳴り響く。
「――そうか。すっかり忘れてた」
「僕も」
巧たちだ。
慌てて時計を見れば、朝の5時半だ。
「じゃあ14時間後にまた来る」
「私は3時間ぐらい席を外すから、レメディ先に対策会議の資料作っておいて」
次に瞬きをすると、僕は布団の中に潜っていた。
そのまま僕は睡眠圧縮剤を口に放り込み、少しだけの仮眠をとる事にした。
ああでも、その前にまた寝間着に着替えなくては。
◇
「ん~っ」
「おはよーっ!」
「おはようございます」
続々と泊まりに来た人達が目を覚まし始める。
「みんな目覚めんの遅いねー」
こな……じゃない、理恵がそう呟く。
理恵はそう言ったけれど、みんな普段の僕と比べたらかなり早い起床時間だ。
「そうかな?」
「三時間寝てれば上等だよ」
伊集院君がそんな事を言った。不眠症とかなのだろうか。
僕としてはどんなに少なくても最低、倍は欲しい。倍でも眠い、三倍かな。
「おはよう……」
最後に巧がむくり、と起き上がってきた。
「おはよう」
「やっとみんな起きたかしら」
理恵がそう言うと、丁度母さんが下から朝ごはんを知らせる声を掛けてきた。
今日は忙しかったからお腹がすいた。割としっかりしたものが食べたい。
考えてみれば今日は体育祭だし。
「朝御飯まで本当に有難う御座いました」
「いいえ、この程度なら軽いわ」
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
あの後僕たちはのんびりと朝ご飯を食べて、家を出た。
そのままぞろぞろと体育ジャージ姿で僕達は通学した。
「じゃあ私は通ってる学校が違うから、ここで」
「じゃあね!」
「バ~イ」
十字路に差し掛かると、理恵がそう言って僕達と別れた。十字路を適当に曲がる理恵を見送ると、彼女が更に曲がり角を曲がって死角に入った所でバサッ!とマントを翻す音が聞こえた。
変身を解きながらヒラリとワープしたのだろう。
「いこうか?」
「うん」
◇
「じゃあ出席を取ります……天野さん」
「は~い!」
「伊集院くん」
「はい」
学校のグラウンドに集合すると、鎌瀬先生が出欠を取り始める。
そんな中でふと伊集院君に目を向けると、彼は深く思案している様子で、周りの雑音が耳に入ってきていないようであった。
「木本君……は欠席」
次に巧を見た。いつも通りだ。よく寝ていたはずだが、グラウンドに座り込んでうたた寝している。大丈夫かこいつ。
天野さんに目を向けると彼女は警戒した様子で伊集院くんの事を見つめていた。
天野さんはここの所、よく伊集院くんの事を見ている気がする。
ただ、見ている割には好意的な感情は感じられない。まるで、恐れているかのような、それでいて監視するような目付きを向けることがある。
「鳩峰さん」
「はぁい」
この2人の持つオーラと言うか、雰囲気は時々酷く似ることがある。
冷たく、人を寄せつけない様なオーラだ。
違いといえば伊集院くんは素がそうである事。天野さんのそれは素のではない。彼女はもっと普段は明るく開放的だ。
「星野君」
「……」
「星野君」
「あ、はい」
何だかいやな予感がした。
「柳井君……は寝てるのね」
序盤はこれをもって終了となります。
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