55. 脱獄計画
「くそ、行き止まりか」
鏡張りのダンジョンで、イラついた自分の表情がよく見える。
「どうなってるんだこの牢屋……!」
ようやく牢のある場所に辿り着いたはいいが、相変わらずどこもかしこも鏡張りで目に毒だ。
そしてこの牢のある場所も異様に広く、囚人が収容されている部屋がひとつも無い。
ここは刑務所なのに囚人達がいないのはどういうことだろうか。
「こっちか」
何よりマップを見ながら歩いて居ても今自分がどこにいるのかが全くわからない。
本当に僕は奥に進めているのだろうか?
そんな事が頭をよぎり始めた時、僕のマップに変化が起きた。
「スマート……!」
マップ上に、人の名前のラベルが着いている点が現れた。
僕の立っていた場所から、壁を2枚程隔てた先にあった廊下を『スマート・トキシン』と書かれているラベルがゆっくりと北上していたのだ。
「マジかよ……!」
慌ててマップを操作し、スマートの歩いている廊下へと続く道を探し出して僕は急いで走った。
「もしもし伊集院くん! マップ上でスマートを見つけた!」
『了解、スマートを追ってくれ』
電話を掛けながら走ると、スマートのラベルが突然歩みを止めた。
確認すると、『スマート』と掛かれたラベルが『蠍』のラベルがついた点と面向かっている。
それにしてもこの『蠍』……何の字か分からない。
まさか、こんな場所で漢字がラベルとして出てくるとは思ってなかった。地球人だろうか。
「左か」
まあでも、今はそれよりもスマートを見つける事が先だ。スマートが何を企んでいるかが今の最優先事項。
「くっそ!こっちか!」
こっちはイライラが募るばかりだ。迷路にも鏡にもうんざりだ。早くスマートを見つけて、捕まえて帰って寝よう。
「見つけたぞ……」
そしてひたすら真っ直ぐ行った先に、スマートの姿が肉眼に浮かぶ。
彼はその少し後ろにある牢の中にいる、誰かと話し込んで居る模様だった。
それに対して僕はそっと銃を構えて、スマートの頭に狙いを定めた。
「狙いを定めて……」
ーー奇襲を掛けよう。
そっと僕は集中して、構えた銃に魔力を流し込んだ。
次の瞬間、特大の一撃が僕の銃から放たれる。
そのエネルギーが凄まじくて、撃った自分が思わず反動でよろけている中でその巨大なエネルギー弾は真っ直ぐスマートの背中へと向かっていく。
「……!」
バチン! と鋭い音が響き、魔法の弾丸が弾かれた。
僕が思わず瞬きをしていると、スマートが振り返らないまま、鞭を手元に引きながら静かに、しかしハッキリと聴こえるような声で呟いた。
「ゲートクラッシャー、招かれざる客か……」
「スマート!」
ようやく彼が振り返ると、僕の声に反応してニヤリと笑った。
「生憎私は今君と戯れている時間はない。早々に立ち去れ」
……嫌な奴だ。
そんな嫌悪の意を込めてもう数発弾を放つと、彼はそれを次々と鞭て叩き落としていく。
「……先程の件、承知した」
「そうか。では約束通り頼んだぞ」
彼が短く後ろにいる人間にそう話すと、爆発音と共にスマートの真上の天井に大穴が開く。
「ふむ」
その瞬間、スマートとデュセルヴォの計画を僕は理解した。
彼はこの人間を脱獄させる気なのだ。
「この刑務所は中からの攻撃には滅法強いが、外からの攻撃に関しては普通の建物だからな。さらばだ、地球人よ」
そう言って天井に開いた穴へとスマートが鞭を放った瞬間、再び爆発音が鳴り響き地面が揺れる。
「うおっと」
「なっ、なんだ今のは!?」
思わず上を見上げると、スマートの頭上の穴から黒煙がもくもくとこちらの階へと侵入し始めた。
何事かと思っていると、再び地響きが僕達を襲い、新たな穴が僕のやや前方に発生した。
するとその穴から、見覚えのある鮮血色のマントがヒラリと舞った。
「久しぶりに見るけど、前より迫力に欠けるようになったわね」
僕の間の前に降り立ったこなはチラリと僕とスマート、そしてその奥にいる人に目線をそれぞれ配ると、ニヤリと笑った。
「貴様……こな・レジーナ!」
「いやっだー覚えててくれたの?」
彼女は手を高く掲げると、彼女の武器が出現する。
見たことも無いような巨大な刃を持つ、白と金に輝く豪華なハルバードだ。
巨大で美しい刃がやや太めの柄に取り付けられており、斧と柄の交点には真っ赤に輝く大きな宝石が施されていた。
柄の先端は非常に鋭くなっていて、鉤爪もまるで竜の爪のように太く鋭い。
「そして其方は今時珍しいニンジャの『蠍』ね?」
「いかにも」
マップのあのラベル、サソリって読むのか。
そんな事を考えていると、ようやく彼の姿が見て取れた。
文字通り、忍者。
全身を忍び装束で身を包み、目元以外はマスクで隠されていて見えない。地球人だ。
「貴方みたいな一流が脱獄なんて珍しいじゃない」
「お主には関係無いわ」
低い声で彼は喋った。彼の目つきはとても冷たく、まるで身の毛がよだつような感覚に襲われる。
彼はチラリとスマートに目配せすると、スマートは鞭を再びしならせた。
「また会おう、蠍。そして地球人よ――」
スマートがそう言うと、天井が今度こそ爆発し、大穴が開く。
「ハッ!」
こながハルバードを一瞬構えると、巨大な衝撃波が彼女の武器から放たれた。それに対してスマートは鞭を使い天井へと飛び上がり消えていく。
「私がアイツを追うわ!」
こなが追い掛ける様に飛び上がると同時に、蠍がゆっくりと立ち上がり、素早く手で印を結ぶ。
「――【破壊】」
ガラス張りの壁がまるで紙を破くかのように突き破られる。
彼はゆっくりと牢の外へと出ると、目にも止まらぬ速さで逃げ出した。
「ま、待てっ!」
すっかりスマートに気を取られていて慌てて追いかけると、蠍が新たに印を結ぶ。
「【裂】」
聞き慣れない呪文だ。
彼がそう唱えた瞬間、忍者の姿が十人近くに分裂し散り散りとなって行く。
これでは、捕まえられない。
「くそっ」
僕はただ呆然と散り散りに逃げていく陰の使いを見送ることしかできなかった。
「そっちは?」
「ダメ、逃げられた」
しばらくして、こなが戻ってきた。
どうやら逃げられたらしい。
「油断したわー」
「……」
途方に暮れていると、伊集院くんから着信がスカウターに入った。
僕とこなが同時にそれに応答すると、彼は話しかけてきた、
『お疲れ様。蠍に逃げられたか』
「いきなり分身されてどうにもならなかった」
『まあいいさ。蠍を雇う程の案件をルナティックが控えさせてるって事は向こうがそろそろ本格的に動き出すってことさ。言い換えればチャンスだよ』
伊集院くんのその発言に、こながしばし考え込むような仕草を見せた。
「まあ言われてみれば、それもそうかもね」
『何はともあれ、ミッションご苦労様。本部で待ってるよ』




