50. 枕投げ
「……御馳走様でした」
「とっても美味しかったです」
夕飯の場は久しぶりにとてもにぎやかなものとなった。
なんせうちは母子家庭だし、普段は僕と母さんのふたりで食事をしている。中学までは時々巧とか他の友達も来ることはあったが、高校に入ってからはこうした賑やかな食事はとったことがなかった気がする。
「こんなにおいしいご飯が有るんじゃ、ホントに家出して来ちゃおっかなー」
「あらあら、みんなしてそんなに誉めても、何も出ないわよー?」
巧は主に騒音の元で何か相変わらずだし、天野さんも見た目よりもよく食べてよく喋る人だった。
鳩峰さんその点では控えめだ。そして伊集院君と理恵は食べ方や振る舞いが上品だった。
理恵に関しては中の人かこなだから兎も角として、伊集院くんもいい所の家なのだろうか?
そのうち聞いてみよう。
久しぶりに沢山のお客様が来て、母さんも大満足のようだった。
そう思っていたら、聞き覚えのある電子音が響いた。
「っと、ごめんなさい、携帯マナーモードにし忘れた……ちょっと失礼」
伊集院君が席を立つのを僕と理恵、そして何故か天野さんが警戒した様子で見届けた。
伊集院君と理恵は短く目で会話すると、伊集院君は離れた場所で電話を片手に話し込み始めた。
だが今の音はスカウターの着信音だ。
つまり、あの電話をしているような仕草は地球人である巧たちにバレないようにするための動作だ。
しばらくして伊集院君は大きくため息をつきながら戻ってきた。何があったのだろうか。
「じゃあそろそろ寝る?」
自室に戻ってしばらくしてから、こなからそんな提案があった。
「賛成」
「私も賛成」
明日は体育祭だし、あまり夜更かしするわけにもいかない。
「確か布団ってこん中だよな」
「僕がやるから巧たちはゆっくりしてていいよ」
「え? あ、そう」
「仮にもお客様だしね」
勝手を知っている巧が押し入れに手を伸ばし、布団を出そうするのでそれを僕が止めた。
そして代わりに自分で来客用の布団を取り出しながら、ふと思いついて僕はまくらを手に取った。
「食らえ!」
「うわっ! 彗、てめーやったな!?」
枕と布団を雑に巧に向けてぶん投げてみると、顔面にそれを食らった巧がお返しにと言わんばかりにその枕を手に取り、僕にまくらを投げた。
「あ痛っ!」
「ざまぁ」
「もう一発!」
もう一つ新しい布団を出しながらまくらをまた巧に投げると、巧が再びそれを投げ返そうとする。すると彼はコントロールを誤り、枕の1つが鳩峰さんの元へと飛来した。
「ちょっとー、私にも当たったー!」
こうして気が付けば僕の部屋で枕投げ合戦が始まった。
巧や鳩峰さんが必死に投げるなか、理恵がゆらゆらと避けてニヤついているのが何となく腹立たしかった。
「空ちゃんの仇ー!」
天野さんに僕のまくらが飛んでいくと、鳩峰さんがそう言い僕に枕を投げた。
しかしそれは僕とはお門違いの所に飛んで行き、やれやれと言った様子でそっぽを向いていた伊集院君の後頭部に誘われて行く。
「……」
「えー!? 今の反射神経良すぎでしょー!?」
次の瞬間、伊集院は超人的な、いや人外のような動きでまくらをとらえる。そのあまりに鮮やかな動きに鳩峰さんは笑いながらそう指摘した。
「そうかな?」
伊集院くんは何だか気まずい顔をしている。
大方本当にあの動きは人外ムーブだったのだろう。
魔法使いは厳密には人外と言う言葉を思い出しながら僕たちもまた笑った。
「……やれやれ」




