46. セルティネス
「【フレイムリフト】……くっ」
倒しても倒しても湧いてくる子蛇と蛇の親玉であるセルティネスの対処が追い付かなくなり、腕が痛み始める。
魔力が再び切れ掛けているのか、魔法を使う度に腕が痛む。
「あら……もう皆やられてしまったのですね?」
「後は女王蛇さんだけよー」
ナナも小刻みに息を吐き、少し消耗している様だった。
しかし、お陰でようやく湯水のように湧いてきていた蛇たちは沈黙している。
「そうですか。では私もルナティックスターズの一員として、全力を捧げて貴女を絞め殺して差し上げましょう……」
そう言うと、彼女はズルズルと壁を伝い、天井を這い回り始める。
「下がってていいわよー。コイツは私の獲物」
「分かった」
本来なら僕も参加したい所だが、魔力切れを起こしている僕が居ても邪魔なだけだろう。
素直に身を引いた瞬間、ナナは振り返り呟いた。
「私の活躍、見逃しちゃだめよー」
「キシャー!」
セルティネスが威嚇するような声を出すと、ナナが牙を剥き出しにし高速で彼女へと飛びかかる。
「【閻魔裂空爪】!」
「【天骸倒】!」
ナナが黒く染まった爪で素早く斬りつけた瞬間、オレンジ色の尻尾が恐ろしい早さで振り落とされた。
「うわっ!」
天井にいたセルティネスが床に落ちながら放った尾の一撃で、瓦礫が辺り構わず舞い散り僕までもを攻撃した。
「【スピアストリームI】!」
「【スピアストリームF】!」
次にお互いが氷と炎の槍を無数に出現させると、炎と氷が至る所で弾け互いを傷つけあう。
弾け飛ぶ魔法の槍と、炎と氷が反応して出現する湯気が視界を塞ぎ、朦々とした霧が立ち込める。
「あ、危な―ー」
「――【残像回避】」
危ない! と叫ぼうとした瞬間、セルティネスの鋭い牙がナナを貫く。
するとナナの肉体が煙を出しながらポンと消えると、後方から現れたナナが鋭い爪でセルティネスの鱗を切り裂いた。
「それは残像よ~」
「ぐっ……ならば暑いのはいかが?」
一瞬セルティネスの紅い舌が見えたかと思うと炎の吐息が辺りを包み、燃え盛る舞台が瞬く間に構成された。
「グルルルル……」
「シャー……」
パチパチと小躍りする火炎が僕達を包み、退路を断つ。その炎の円は倒した蛇の死骸を焼き尽くして行き、どす黒い煙が上がる。
そして一瞬、火の音以外は耳鳴りがする程の静寂が包んだ。
「――【旋牙回天】!」
「――【火身落衝】!」
2人がほぼ同時に攻撃を仕掛けた。
ナナは牙を剥き出しにし回転しながらセルティネスへ迫り、一方のセルティネスは火炎を纏い飛び掛かり、2人は激突した。
「……!」
一瞬の間があり、セルティネスのシールドが砕け散る。すると辺りを包んでいた炎が全て消滅した。
「ふ、不覚……」
ナナは大きくため息を漏らすと、剣を出現させて口に咥えるとセルティネスにその切先を向けた。
「さあ、観念してもらうわよ」
ルナティックスターズを1人捕まえる事が出来た。
そう思っていると、ふと周囲の空気が重苦しくなり世界が僅かに暗転する様な感覚に苛まれた。
「おやおや、結局時間稼ぎにしか成りませんでしたか」
火山の一室に木霊するその話し声に、僕達は辺りを見回した。
「誰だ!」
「貴女と言いスマートと言いピアースと言い、ルナティックスターズの再編成も視野に入れた方が良さそうですね」
見えない気配を感じる。今までとは明らかに格が違うその気配。
「申し遅れました。私はルナティックの司令官、ファントム。ルナティックスターズの上司だと言えば分かりやすいでしょうか」
姿を見せたそれの奇妙な形に僕は違和感と恐怖を覚えた。
身体は宙に浮いている。悪魔の生首の様な、ローマ字の『Y』の様な、顔しかない胴体。手分離して浮かんでおり、顔の下からは細い糸のような尾が伸び、それが途中から非常に太い曲刀の様に変化していた。
見た目は意外と可愛いが、その放つオーラは半径10m以内を押し潰しそうな物だった。
「申し訳ありません」
「構いません――所で物珍しげに私を眺めるあなたは、ブラックリストの星野くんですね?」
何故僕の名前を知っているんだろう。そう思っていたらその異形の者は僕の答えを待たずして尾を高く掲げた。
「今ここで処分した方が早いですね。始めましょう」
「し、処分……」
三日月の様に曲がっている刀の様な尾がギラりと光る。その瞬間、ファントムは尾の先から細い光線を放ち、僕は咄嗟にダイブする事でそれを躱した。
次の攻撃が来る前に素早く起き上がり銃を構え、銃弾を幾つか放つとファントムは鎌の様な尻尾を自分の顔の前へ掲げる事で、それを盾のように使い容易く弾いた。
「中々のスナイピング技術ですね」
「ぐあっ!」
ファントムの分離している片手が空を切ると、詠唱を待たずに風の刃が出現し、僕を刻んだ。
「ですが力に欠ける。こんな雑魚にスターズは踊らされていたと言うのですか」
「雷牙と――」
「邪魔をするな」
ナナが噛みつきに掛かると、ファントムは曲剣のような尻尾をくるりと回してカウンターを取った。するとナナは思い切り切り付けられ、シールドの砕ける音と共に壁に叩きつけられた。
「ギャン!」
「時間の無駄でしたか」
「うあっ!」
気がつけば僕は吹き飛ばされて、地面に伏していた。最早何を喰らってこんな状況になったのか、頭が追いつかなかった。
「……消え去れ」
尻尾を大きく振り上げる。それはまるでギロチンのようだった。
ここで訳の分からない怪物に殺される訳には行かない。咄嗟に頭に呪文が浮かび、僕は腕を突き出して詠唱を行った。
「――【カオスブーマー】!」
腕から血が流れ、ほんの一瞬全身が総毛立つ様な甘い快楽が脳裏を過ぎった。
それと同時に僕の突き出した腕から、黒く禍々しい風の大砲が放たれ、ファントムを飲み込み壁へと叩き付けた。
「ぐぁぁああっ!」
その恐ろしいまでの威力と、呪文の副作用で流血した自分の腕を見て驚愕した。
「ファントム様!」
「彗!」
セルティネスはファントムの元へと高速で滑り寄り、同時にナナが僕の元へと駆け寄った。
ファントムは文字通り切り刻まれた様な風貌に変化していて、その顔には驚愕の面持ちがあった。
「まさか、暗黒魔術を行使するとは……」
「撤退しましょう、ファントム様」
「我々すら使用を躊躇う魔術を用いてくるとはな。その顔、覚えたぞ……」
黒い穴の様な物がファントムの背後に現れると、ファントムはセルティネス共々その穴へと引いて行き姿を消した。
その穴も塞ぎきる事を確認すると、ナナが話しかけてきた。
「今の魔法は使うべきではなかったねー」
そう言うナナの声はとても心配そうだった。
「咄嗟に出てきたんだ」
「まあ、大丈夫かな。1度くらいなら、多分飲まれない。その魔法、二度と使ってはダメよー」
そこまで危険な魔法だったのだろうか。
「あの、今の魔法って、その……」
「かなり危険な魔法ね。でも詳しくは帰ってからよ」




