45. 暗号
「こな、状況はどうだ」
デスクに向き合っていると、エレベーターの扉が開く。
伊集院は総帥室に到着すると早々にそんな言葉を投げかけた。
「大まかな所までは進んでる」
「見せてくれ」
彼がそう言うので、椅子をひとつ出現させて自分は椅子ごと宙に浮いてスペースを開けた。
彼はやや乱暴にその椅子に座るとかつては彼のものであったデスクに身を乗り出し、半透明なスクリーンを見つめた。
「何だこれは。ローマ字じゃないか」
「そうよ。地球の言語だしルナティックのもので間違いはないと思うわ」
事の発端は、ザントがルナティック本部から短い暗号文を傍受した事だった。
我々は立場的に、隠密行動や秘密裏に敵を排除したりする事が難しい。そんな時に伊集院が目を付けたのはAAAAだった。
「諜報部より入電です」
「繋げて」
1階の受付から電話が入り繋げると、ピーカブーの顔が別のスクリーンで映し出された。
「どこまで進んだ?」
「あともう少しだよ。これを見て」
スクリーンに湯水の様に映し出されたローマ字が、瞬く間に消えていくと最終的に数字の羅列のみが残された。
◇
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◇
「あのクソみたいに長かった暗号文がここまで短くなったのか」
ルナティックの総帥はかつてこの組織にいた創立メンバーの1人で、地球人だ。
地球の言語を使う魔法使いなんてそもそも数が限られる中、わざわざ暗号文に地球の文字を使うような組織と言えばルナティックぐらいしかいない。
彼らの目的は基本的には我々を倒す事。そのためには手段を選ばない。
「調子はどうだ」
空間転移で現れたのはザントだ。
「もう少しって所よ」
彼もまた伊集院と同様の質問を投げると、私たちの前で立ち止まった。
「まだ解析できていなかったのか。直に日付を跨ぐぞ」
「もうそんな時間?」
言われて時計を確認すると、確かに夜中の11時だ。
「腹も減るわけか」
「あー受付、誰かピザとか言う食べ物持ってきてくれない?」
時間的にはそろそろ何かを小腹に入れておきたい。そう思って私は再び受付に指示を飛ばした。
ピザという食べ物は、この間伊集院に教わった地球の食べ物で、思いのほか食べられるもので気に入った物だ。
「ピザ……ピザ……ピサ……そうか」
伊集院が何やら私の言葉に反応してブツブツと呟く。
「どうしたの?」
「これはフィボナッチ数だ。フィボナッチ数を対応する数字に直して、それを日本語にすればいい。例えば、1があるならそれは1番目と2番目のフィボナッチ数だからそれはあいうえおで一番目の文字『あ』か『い』になる。144なら12番目の『し』、『の』なら25番目のフィボナッチ数の75025だ。マイナス記号は濁音や小文字だ」
「……それがなぜピザとか言う食べ物の単語から思いつくわけ?」
ピザから突然数学的な概念に吹っ飛ぶその脳みそを心配すると、伊集院はこう答える。
「ああ、いや……メタリックや他の惑星ではどうなのかは知らんが、地球でフィボナッチ数を発見した人はレオナルド・ダ・ピサと呼ばれる人でね」
「いやそれピザじゃなくてピサじゃん」
「ピザ発祥の国とレオナルド・ダ・ピサの出身国は同じなんだよ」
「いやそれにしてもそこまで関連性なくない?」
「語感も似ている」
「あっそう……」
まあ、少なくとも私たちには分からないわけだわ。
「で、内容は何だ」
「今出してみる!」
画面の向こうにいるピーカブーがそう言うと、ローマ数字の羅列が瞬く間に変化していく。
あすしょくぶ/お/つすいのけいむしょをせめる
「スラッシュと『すい』の意味はまだ分からないが、植物の刑務所と言えばハブルームの刑務所かな」
「有り得るわね」
ハブルームにある刑務所はこの宇宙の中でも最も大きい刑務所のひとつだ。しかも、あの刑務所は過去に襲撃された事がある。
「直ぐに防衛依頼出力の用意を」
「承知しました」
受付の子に指示を出し、配備を進める。
刑務所を襲うとすれば、その理由はただ破壊と混乱をもたらしたいだけでもない限り、恐らくは誰かを脱獄させるためだ。
ピーカブーにルナティック絡みの受刑者の確認も進めさせ始めた所で、ザントは踵を返した。
「ザント、ありがとね」
「フン……高く付くと思え」
そう言い残し空間転移で去り行く彼を他所に、私はハブルームの刑務所の責任者である人とのコンタクトを開始した。
彼女もまたこの組織のOGだ。早い所知らせておかないと。




