43. 嘲笑う狂犬
火山付近はやっぱりゴツゴツしている。
こうして歩いていると中学の時、移動教室で富士山回ったのを思い出す。あの時も巧と色々とバカな事をしたっけ。
……懐かしい。
例の本曰く、ラルリビ星は若干赤い土に包まれた惑星みたいだ。ハブルームみたいに緑ばっかり!や、アクアンみたいに海しかない!とは違って、バランスが取れているのだ。
ただしラルリビ星には土星のそれみたいなリングが2つ、たすき掛けの状態で存在しているので、それがたまに日光を遮る事がある。
このためラルリビ星は農業の発達が他の惑星よりも進んでおり、室内農業と言うか、植物工場と言うか、そうした物が非常に発達しているらしい。
「……これどこ行けばいいんだよ」
しかし、どこに行けばいいのか分からない。マップを見てもこの転送エリアに一番近い建物は200m下山した所にある。出来れば下りたくない。
「ん?」
ガサリ、と音がして突然して振り返ると、オレンジ色の毒々しいヘビが居た。こんな惑星にもヘビなんて居るんだなと僕は感心した。
――いやいや待てよ。魔物とかヤバい人とかの見過ぎか、感覚がすっかり麻痺して最早蛇を見たぐらいでは何とも思わなくなって来ている。
これは人間としてまずい気がする。
「シャー!」
「キシャー!」
自分の感覚の麻痺に少なからず動揺していると、湧いてきた蛇が此方に迫ってきた。
「あっちいけ!」
足元に絡みついた蛇を何とか振り払うと、その蛇は逃げるように去っていった。何だったんだ今のは。
「わんわん!」
そこでまた、地球由来の生き物の鳴き声が聴こえてきた。この鳴き声は。
「ナナ!」
「はーい、久しぶり~」
ナナを見つけると、彼女は二足歩行に切り替えて山道を走り出した。走る時は二足歩行なのか。
「依頼を見て来たんだけど」
「知ってるー、さっき受付の子から連絡来たわよー」
「なんだ。どうすればいいの?」
「簡単に言うとー、蛇を殺しつつ元凶を叩く!って感じー」
殺す、って……
「さっきもう蛇を見かけたしなあ」
「あ、そうなの。ちゃんと始末した? 始末しないとあれ仲――」
キシャー!
「――間を呼んで徒党を組んで食い殺しにかかるよ、今みたいに」
「うわ……」
それはもっと早く言って欲しかった。
気がつけばヘビが増援を呼んでおり、数十のヘビに僕達は囲まれている。
「取りあえず下がっててー、このヘビ地球のと違って魔力を持っているキメラサーペントだから、まずはお手本に一匹ずつ私がキルカウント取りながら倒すわー」
「キメラサーペント?」
「この辺のヘビは他の魔物との雑種なのよ」
「なるほど……」
じゃあお言葉に甘えて、と言った具合に僕は身を引いた。
「いくよー? ――はい1、2、3!」
ナナは僕の前で数を数えながら次々と蛇をグロいやり口で倒していく。
「おぇっ」
口にくわえた剣で器用に首を跳ねていくナナは三匹目の頭を地面に叩きつけ前足で頭蓋を砕いた。見るに堪えない凄惨な光景が広がっていく。
「はい12、13!」
時折『ビチャッ!』とか『メキメキ!』とか鈍い音が聞こえてくる。16と聴こえたとき僕は堪らず目を瞑った。
「60! ……終わったわよー。これだけのヘビが居たらヘビ皮の財布とかバッグとか沢山作れそうと思わない?」
恐る恐る目を開けると、僕は直ぐに目を開けた事を後悔した。血の海だ。視界に映るもの全てにモザイク加工をしたい。
「一応私時々スペシャルな狩り方したんだけど、見てた?」
そんな事しなくていい。
「受けが悪いわねー、何でかしら」
「……」
「顔色悪いねー、大丈夫ー?」
「吐きそう」
「吐いてっチャイナタウンー」
ダメだこいつ……
伊集院くんは一体、この犬にどんなしつけをしてきたんだ……
「取りあえずギャグ禁止ね」
「なんでよー」
非常識的な事をこれ以上お笑い感覚で刷り込まれたら困る。
「何でって、何でも!」
「声デカいー、ほらまた蛇が」
ナナにうんざりし始めた頃に、また蛇が現れる。しかも今度の蛇は何だか真っ赤な色で毒々しい。
「【ウインドブーマー】!」
僕はすかさず風の大砲を撃ち出して蛇を一掃した。ついでに死骸も吹き飛ばしておき、視界から排除して精神衛生の向上を図る。
「ちょっと会わない内に大分成長してるみたいねー。犬きーっく」
「うん、ついさっき伊集院君から二つ目のドライブも貰ったしもっと強くならないと。【ポイズンショット】!」
ナナの何とも気の抜ける技名に戸惑いつつもそう答えた。呪文を唱えると猛毒の弾丸が銃から放たれ蛇を貫く。
「聞いたー、飼い主が何かまた変なレクチャーでもしたんでしょー。犬ぱーんち!」
飼い主……あぁ、また一瞬ピンと来なかった。
ナナってペットだったっけ。伊集院君もさぞ大変だろうなと同情する。
「授業って感じかな?【フレイムリフト】!」
蛇が飛びかかろうとするのを躱し、大きな火の玉を作り出すと幾つかの蛇がその火球に呑み込まれた。
「そして『悪い癖でね…』とか言われたんでしょ? ガブッ!」
「えーっと」
もうそこまでは覚えていない。
「もごもご……おえっ、マズい。マムシとか居ないわけー?」
「キシャー!」
蛇を頭から丸かじりにしてそれを吐き出すナナに思わず顔を顰めると、その隙に僕は1匹の蛇に脚に噛み付かれてしまった。
「うわっ!」
「あっ、ヘマ扱いてるー」
「と、取れないいいい!」
噛み付かれた所を振り払おうとすると、牙が僕の中で蠢き更に痛みが加速する。
痛みに悶えていると、突如としてその蛇の首から下が消えてなくなり、二度とあかないと思われていた口が開きその頭が地に落ちた。
「助かった」
「毒はないから良かったねー?」
気がつけばナナが口に日本刀をくわえている。器用な切り方だ。
「片付けるわよー、【ファイアブレス】!」
一瞬息を吸い込むと、その犬の口から業火が吐き出され、辺りを焼き払った。
「……ちょっ、えぇっ?」
炎を吐く犬とか何か怖い……
「大丈夫ー?」
「えっ?」
「あーあ、結構血出てるじゃーん。舐めてあげるわー」
「えっ、ちょっと待っ痛い痛い!」
一瞬何を言ってるのか理解に苦しんでいると、出血している部位を、飛びかかってきたナナがいきなり舐め始めた。
「はいおしまいー。言っておくけど私毎日三回は歯磨きしてるし口は綺麗よ?」
舐められた箇所の傷が少し癒えてるみたいだ。
「あのさー、不思議そうな顔してるけど犬の世界じゃ舐めるの常識だからー。ついでに魔法付加してるしー」
なるほど。なんだかこじつけが酷い気がするけど納得しておこう。
「その、ありがとう」




