39. 潜在的チート
「あ、伊集院君」
「ん」
声を掛けてきたのは彗だ。潜入している学校でのクラスメートでもある彼は、こなの魔力を受け継いで宇宙に飛び出してきた男。
救世主の代理。
「何か疲れてるみたいだけど……」
「ちょっと屋上の損傷を修復していてね」
「そんな事もするんだ」
「まあ、幾つかの機能は僕じゃないと直せないからね」
この建物に付属している屋上コロシアムは、基本的に俺やこなが全力を出しても耐えられるように無理やり設計している。
例えば突然の破壊兵器錬成に耐えうるだけの人工ブラックホール錬成陣とか。この辺りは自分にしか直せない。
「凄いなあ」
「別に凄くないよ。魔法の専門分野が特異なだけ」
「へー。属性とかは?」
「基本属性は闇だよ」
「基本?」
彼はまだ経験が浅い。無理も無いだろう。彗はここ最近魔法使いに進化したばかりだ。彼はまだ数週間しか魔法文化を経験していない。
「ドライブ毎に属性が有るのは知ってると思うが、一番自分に合ったドライブの属性を基本属性と言う」
「そうなんだ。そう言えばピアースも2つ持っていた様な……」
彗からピアースの名が出たことに驚き、俺は改めて確認した。
「ピアースと会ったのか」
確か、元は海賊の出身だっただろうか。ギルド諜報部からの連絡によれば、向こうは向こうで最近幹部に昇格したばかりの新人だとか。
「勝ってきたよ!」
とはいえ、腐ってもあちらは経験豊富な幹部。それに対してまだドライブが1つしかないのに、ピアースと一戦を交え勝利したと嬉々とした様子で報告してくる彼は、それがどういうことなのかをまるで理解していない様子だった。さすがは潜在的チートと言うべきか。
「凄いじゃん」
「大した事じゃないよ」
「調子に乗るな」
「ごめん」
しかし、そうなって来ると問題点が幾つか生まれてくる。手始めにまずは最初の問題点の是正からだ。
「……ただ、スマートの実験台とピアースを倒したとなると、ルナティックも黙っちゃいないだろうね」
こなの魔力を受け継いでいるコイツは、経験の無さから恐らくは狙われやすい。経験の無い内に消してしまおうと企む輩がいるかもしれない。と言うか、俺ならそうする。
そしてそれで済むなら良いが、洗脳されたりするリスクもある。それが一番不味いパターンだ。
彼はまだ魔法を覚えたばかりで、まだ無意識に魔力の出し方を絞っている。また、対魔法体質であった事も災いしており、魔力が抑え込まれている。
しかしこれが敵の手にわたり、強制的に、一気に最高出力で動かすなんて事になったら、この宇宙もタダでは済まないだろう。
だからこそ、今ここで釘をさしておく。
「今まで以上に気を引き締めた方がいい」
「うん」
「ルナティックの事は俺とグレイスが一番よく分かっている。君がそのまま放置されるなんてことは、絶対に有り得ない。だから君にはこれからも鍛錬と魔法の勉強を地道に続けて欲しい」
グレイスは元ルナティックの大幹部、ルナティック・ブレインだ。近いうちに彗の処遇について、こなと3人で話し合う必要が有る。
「恐らく、これから君のことを警戒してまた幹部が現れ、場合によってはこの惑星……『エリアX』にも攻め込んでくるだろう。あるいは、何らかの罠で君の行く先で待ち伏せていたりすることも大いに考えられる。君がまだ接触していない幹部……それも、恐らくは人ではなくより魔物に近いタイプの幹部たちが君のことを狙い撃ちすると思っていい。備えておいてくれ」
「う、うん……でも、どうしてそこまで言い切れるの?」
……これは言うべきか否か。
彗の質問に対して、暫し思案する。
この事実は些か彼にとってはまだ刺激が強いかもしれない。
「……おっと、もう5時か」
「あっ、本当だ!」
「そろそろ帰る?」
「うん」
結局その場では、何も言わずにはぐらかす事にした。
ルナティックの事が手に取るように分かる理由。
それは、ルナティックとここは、元々一つの組織だったからだ。
奴らはこの組織から分裂して生まれたテロ支援組織。だからこそその脅威を我々は正しく理解しているし、何よりもまっさきに処分しなくてはならないのだ。




