29. 蒼星アクアン
武器。
まあ、魔法があるなら武器を使うっての言うのも全然あり得る話だが。
僕は正直魔法が思っていたよりも簡単に、かつ多岐にわたって使えてしまうという現実から、いまいち武器の必要性について理解しかねていた。
と言うのも、この魔法の詠唱がめちゃくちゃ短い上に、クールタイムと言うか、どうも基本的に発動するのに制限らしい制限が無いように思える。
詠唱と言うと割と長ったらしく、声に出して読んで見たらそれなりに意味のありそうな『文章』を喋ると言うイメージが強かったけれど、実際に魔法を使うようになってまず思ったのは『えっ、呪文短っ!』だ。
詠唱した後に間髪入れずに違う詠唱をして別の魔法をすぐに使えるし、その気になればひたすら同じ呪文を唱えていれば例えば火の玉の弾幕とか張れるんじゃないのかな。
そんなことを考えていたが、どうやら僕の認識は正しかったらしい。
「魔力は常に体内で作られるとは言え、有限だ。そして魔法は一度魔法陣さえできてしまえば簡単に発動する。だから割と簡単に尽きる」
「じゃあ、武器を使うのは魔力切れにならないようにするためか」
「そうだな。そして魔力が切れたらその隙を突かれて魔物や敵に襲われる可能性がある。だから通常は武器を携行して、自分の魔力量を気にしながら攻撃をする。そして武器に合わせて使う魔法を選ぶものだ。剣を使うなら衝撃波を出す魔法とか、銃なら飛び道具を放つ魔法とか、純粋に魔法メインにするなら魔力の燃費を軽減したり魔力切れになっても武器側に魔力を貯めたりして使える杖と言う選択肢もある」
ううむ。
そういえばこの世界、銃と剣と杖とが色々共存しているんだった。
しかし魔力切れか。これは注意しないといけないだろう。
「君の持っている銃はほとんど魔力を消費しないが威力も最低だ。お金に余裕が出来たら買い替えをお勧めする」
「ありがとう」
頭を下げると、彼はようやく少しだけ笑みを見せる。
「じゃあ、言いたいことはそれだけだ。他に質問とかはある?」
「今のところは大丈夫かな」
「そうか。なら、そろそろまた依頼とかやってみたら?」
「えーっと……」
伊集院君の何気ない発言に、言葉が詰まった。
と言うのも、正直あの一件以来、僕は依頼を受けることが少々億劫になっていた。
何かやっぱり依頼にも危険な物はあるんだなあと実感して、委縮してしまっている。
でもただ単にあれは運が悪かっただけかもしれない。まあ、人探しの依頼を受けたら依頼主が実はテロリストでしたなんで事故、普通は滅多な事では起きない……はずだ。
「そうだね、やってみるよ」
あれから、僕は毎日魔導書を読み続けている。
勉強するのは結構苦に感じていたはずなのに、魔法の知識を吸収するのは不思議と苦ではなかった。
マヨカから付け焼き刃で教わっていた時は魔法は呪文を唱えて使う物なんだな〜とぼんやりと考えていたが、本を読んでみると意外と面白い。
「そうか。依頼を受けてもらえるならこちらとしても色々と助かる。弊社の売上に貢献頂き誠に有難う御座います。というわけでそろそろ俺はこの後用があるから先に行く。またね」
仰々しくお辞儀をしながらそれだけ言うと、伊集院君はその場でくるりとスピンしながら蒸発した。
煙のように跡形もなく、音すら出さずに消える伊集院くんのワープは、逆に特徴的だ。
その様子に僕も無意識にため息をついた後、トレーニングルームから出た僕は、この後特にやる事も無いので早速1階の依頼掲示板を眺める事にした。
「依頼掲示板は……」
依頼掲示板は巨大だ。やっぱりここの電光掲示板は何度みても凄い。
◇
依頼主:伊集院 ナナ
タイトル:ナナとマングース
場所:ラルリビ星、サーペン火山
受諾制限:スペードの3以上
依頼内容:ラルリビ星の火山で最近蛇の魔物が増えてるから誰か暇な人、初代総帥のペットと蛇狩りしない?
報酬:スレイザドラゴン(武器、剣)
◇
ふと目に留まったのはナナの依頼だ。なるほど、依頼の報酬は何もお金とは限らないらしい。
「うーん……他のは無いのかな」
手元にある小さなスクリーンにレーザーポインタを当てて操作する。これに慣れるとパソコンのマウスやタッチパッドがどうしようもなく不便に感じてしまう。
◇
タイトル:遺跡に咲く花
場所:アクアン星、海の家前
依頼内容:先日兄が病に倒れてしまい、その病を直すためにはトルトア遺跡にしか咲かないトルトアの花が必要です。どなたか優しいお方、トルトア遺跡へ向かって花を積んできてくださいませんか?
報酬:☆21,000
◇
次に目が留まったのは、花を探しに行くという依頼だ。
どう見ても非戦闘系だ。少なくともテロリストが湧くような手合いではなさそう。これならば安全そうだ。
「よし、これ!」
依頼受諾のボタンを押すと、家にいる時と違い一枚の紙が発行された。その紙を持ってこの建物の依頼受付カウンターに手渡しして、依頼を受諾する。
後はもう行くだけだ。
「アクアン星、海の家前!」
場所がものすごく抽象的な海の家である事が気になるが、転送装置の上に載ってそう唱えると、その装置が低い音を立てながら僕をまた新たな星へと導いた。
「眩しいな……」
アクアン星。
ハブルーム星とは打って変わって、一面に海が広がっている。まあ、名前で何となく想像できていたが、こうしてみるとやっぱり想像より上だ。
辺り一面は海であり、その海は透き通っていて美しかった。
伊集院くんからもらった本によれば、アクアンは地球と似ていて、蒼い惑星などと言われている。
太陽からの距離や惑星の大きさも概ね地球と似ていて、環境は地球と似ているらしい。ただ、流石に自転公転の周期は違っているが。
そんな惑星アクアンと地球の最大の違いは、アクアンは惑星の表面がほぼ海しかないところだ。
陸地は僅かにしかなく、知的生命体も海の底で生まれたのがこの惑星。
故に街と言うか、国とかも大半は海の底で築かれていて、こうした陸地は異星人が活動する場所として使われていることが多いのだとか。
原住民はピーカブーさんのような、亀っぽい宇宙人。
ハブルームと違って多種族ではなく、地球の人間のように知的生命体は単一種族のようだ。
所謂人魚とかは存在しない。
ちなみに、地球上の伝承とかに残されている人型の生物はそこそこの割合で実在しているらしい。
人魚や妖精、ゴブリンとかドラゴンとかその辺の良くある手合いは全て地球とかに実在している。
ただ、基本的にそうした生物は昔あったとされる宇宙戦争やそれ以前の時代に宇宙人が秘密裏に地球で行った人体実験を元に生まれた物が大半であるという事実は些か落胆するものであった。
今はもう、そうした物は無いが、地球人の人権が認められるようになったのはここ2000年程の話で、それ以前は宇宙人から見たら動物と同じように見られていたと言うのは何とも悲しい話だ。
「……暑い」
それにしても暑い。
じりじりと焼け付く太陽に、思わずそうつぶやく。水着でも持ってくるんだった。
海の家と呼ばれる場所に降り立った僕の背後には、本当に海の家が建っている。
まさかここがこの星で唯一の海の家ってことはないよな。
「海の家かあ……」
それにしても、なんでこんな宇宙に海の家なんてあるんだろう。しかも名前もそのまま『海の家』だ。
そう考えつつ軽くスカウターでマップを確認してみたが、遺跡は見当たらない。それどころか、ここは小さな島で、半径100キロ圏内に陸地が見当たらない。陸の孤島のようだ。
「あの、X-CATHEDRAさんですか……?」
振り向くとそこにはピーカブーの様な亀宇宙人がいた。声からして女性だろうか。
「はい、依頼主さんですか?」
「ええ!詳しい話は海の家でしますね」
彼女について行き海の家に入ると、太陽がさえぎられる分だけの涼しさが僕を包んだ。
「あのー早速ですが、花を取りに行くトルトア遺跡って?」
到着して近くの席に座り、僕は即切り出した。
海の家の中は割と普通と言うか地球仕様だ。ただ、やたらとデカい魔物の脱け殻がある。魚からダイレクトに人間の足が生えてるような、何だか気持ち悪い生き物だ。
「トルトア遺跡は……存在しません」
周囲を見回していると、爆弾発言。
「えっと、どう言う事ですか?」
「トルトア遺跡は、電波やレーダーなどを受け付けないせいでスカウターのマップ上に写らないのです」
なるほど。それは厄介な情報だ。
「更に衛星画像で場所を割り出そうにも何故か見つからない……その事から『幻の遺跡』とも呼ばれるぐらいです」
衛星写真でも見つからないってどういう事だろう。それだと何か、矛盾していないだろうか。
「そんな幻の遺跡が、あると言う証拠は?」
「文献、絵、目撃者、更には写真まであります」
……写真まであるのか。なんだそれは。
実在してるじゃないか。
というか、電波を遮断して衛星からは見られないのに普通に目撃者や写真がある遺跡って、どんな遺跡だ。
「道筋とかは?」
「それなら僕が教えてあげるよ」
振り向けば見覚えのある亀人間の姿。
「どうしたんだい」
「店長さん!」
「ピーカブーさん!」
ピーカブーさんが店長と呼ばれたことに驚く。
「知り合い、ですか?」
「まあ、ちょっとね」
これの含みのある発言に、どうやらX-CATHEDRAの一員なのは内緒のようであることが察せた。
「道筋を知ってる、って……」
「ウチに来れば文献とかあるから、見て行くといいよ」
「そっか、じゃあ寄って行くよ」
それを聞いて、早速僕は席を立った。病人が待っているのだ。それなら善は急げだ。
「何かありましたらここにご連絡ください……」
そう言うと、彼女は紙に自分の電話番号を書いて渡してきてくれた。
それを手に取り、スカウターのダイヤルを弄ると電話番号が登録されていく。
目の前に半透明なタッチパッドを呼び出し、試験的に電話をしてみればそれが彼女のスカウターに繋がる。
「では、よろしくお願いします」




