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魔法使いは銀河を駆ける  作者: 星キノ
第19章〜Rotten Rogation〜
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268. 包囲突破

 今まで影も形も無かった黒影が湯水のように出現し始め、瞬く間に僕たちの四方を塞ぐ。彼らの武器が全てこちらに向けられるのに合わせて、僕たち三人は直ちに背中合わせになり臨戦態勢を取った。


「返してもらおうか」


 漆黒のクロークで全身を覆い隠し、宙に浮かんでいるその男は低い声でまたそう言った。

 その素顔は全く見えない。


「アトモスはどこにいる」


 こうして会話している間にも人影はどんどん空間転移によってこの広間に集結している。その数は優に50人を超える。


「話の論点が違うな。何故それを貴様が気にする。俺はそれをよこせと言ったはずだ」


 黒装束の人間……DEATH(デス)の構成員たちが一つの円陣を組み立てて僕たちの逃げ道を完全に塞ぐ。


 状況は非常に宜しくない。


「アトモスをここに連れてきたら考えておくよ」

「フフハハハ、醜く卑しい劣等種族の分際で、我らに交渉を持ち掛けているつもりか?」


 新たな人影が前に進み始め最初のクローク男の横に並ぶ。女の声だ。同じく黒いクロークで全てを覆い隠していて正体は窺い知れない。ただ、この二人からは只ならぬ魔力を感じる。


「彗……!」


 峰さんがネズミのような声でそう呟いた。



「そもそも、お前たちは一体何を企んでいるんだ。これはルナティックが持っていたはず。どうしてこんな物を盗み出――」


「【召集(コルモン)STAR(スター)】!」

「【術式反転(フレクサム)】!」


 女によって召喚魔術が唐突に叫ばれ、僕は咄嗟に反射魔法を唱えた。STARは一瞬手元でビクリと動いたが、無事にブロックできたためまだ手の中に収まっている。



「穢らわしいゴミ拾い(レムナント)の分際で一丁前に魔法を使うとは生意気な。そう言う事ならまずはそこの女から始末するとしよう。苦しみながら死んでいく姿を目の当たりにすれば、少しは交渉事の作法も理解できるようになるかも知れないな?」


 その言葉に、下劣な笑い声が周囲から発せられた。

 多勢による圧倒的な余裕がそこにはあった。


「へえ? やれるものならやってみなよ。でももし峰さんを傷つける様な事をされたら、この機械をうっかり壊すかもしれないな」


 そう言って、僕は持っていた銃をSTARに突きつけた。こんな物、渡すつもりなんか微塵もない。というより、どのみちこれは有ってはならない代物なのだ。


「いけませんね、ウェルドラ」


 そして第三の影が現れた。男だ。そして、この男の発言から、瞬時に目の前にいる奴らが誰なのかを読み取る事が出来た。


「お前たち、デザイナーか!」

「クク……その通りだ」


 宙に浮いていた者のクロークからフードが外れた。

 中身は竜巻のような姿をしたテンペスだ。


「久しぶりだなあ?」

「なるほどね。みんな前に僕が倒したことある奴らばっかりって訳か。納得がいったよ、通りで群れるわけだよね。雑魚は群れないと一方的にやられてしまうからね?」

「言わせて置けば……!」



 挑発に乗ったウェルドラがクロークを脱ぎ捨てる。スナームも遅れてフードを外し、彼は三人で僕たちを睨みつけている。アトモスとブラッディアは、いない。


「巧……」

「何だ?」



 僕は出来るだけ小さい声で巧に話しかけた。そして気付かれないように手短に彼に要件を話すと彼から小声だが力強い返事があった。


「君たちはまだ現状を理解してないようだな。我々と君たちの人数の比率は実に20対1だ。下等動物は数字の計算も出来ないのか」

「面白いね。ウェルドラはバフアクセを大量につけている割には計算が出来てないし、どうも知能をバフする物は付けていないみたいだ。程度が知れるね」

「……何だと!」

「だってそうじゃん。少なくとも20対1ではないでしょ」



 この広間の出入り口に人影が1名。発言を考えると敵の人数はおおよそ60人だ。なら、僕たちの人数比は――



「――15対1では?」



 銀色の閃光が走り抜け、続いて赤い斑点が宙を舞う。言うまでも無く後者は血だ。



「なっ!?」

「今だ!」

「――【炎の波動(炎の波動)】!」



 後方から飛来したナイフによるバックスタブで数人が沈む中、敵が一瞬ゼノ博士に気を取られた隙に巧が全方位に火炎の波紋を放ち、僕たちを包んでいた円陣が崩れる。

 その瞬間を逃さず僕たちはその場を離脱し扉に手を掛けると、アトモスの部屋であったはずの出入り口の先はなぜか廊下に代わっていた。

 細かい事を気にせず走っている僕たちに対し、先ほどバックスタブ(後ろからのひと突き)を見事に成功させていたゼノ博士がティーカップ型の個人用飛行艇に乗り込みながら笑った。


「やるじゃん。低能なガキかと思ったけど見直したわ」

「上の階は?」

「もぬけの殻。急に魔力反応出たから降りてみたらまさか全員あの広場にいるとはね」

「こっちも同じ。STARを手に取った瞬間にみんな現れた。アトモスとブラッディアは居なかった」

「なるほど。じゃあここは雑に殺しまくって良いのね」



 そう言うとゼノ博士はくるりと振り返った。


「なんだあれは!?」

「な、なんで『酷冷帝』ゼノが!?」

「くそう、(ゼノフォビア)だ!!」



 嗜虐的でぞっとする絶対零度の笑みが、先頭を走ってきた敵の構成員に向けられる。



「死ね」




 宙に浮いているティーカップの底が開くと、そこからガトリングガン砲が出現し、同時にゼノ博士の魔法で空中に無数のダガーが放たれ、それらが雨あられと敵に降り注ぐ。

 瞬時にシールドが破壊され、銃弾とナイフで敵が挽肉になる直前に僕たちは目をそらし、峰さんは裏返った声で叫ぶように話しかけた。


「彗、ここからどうするの!?」

「僕たちは用があるのはソラだけだ。防護壁を展開して足止めに使おう」

「なるほどな。【炎の壁(ディフランマ)】!」


 巧が火の障壁を展開し、僕たちもこれに続く。


「【水の壁(ディモイス)】!」

「【斥力の壁(リペビティ)】!」

「ちょっと、視認性が悪くなったんですけど」


 ゼノ博士のボヤキに思わず顔を見合わせた所で、多重に展開した防護壁が切り裂かれる。



「【斥力の壁(リペビティ)】!」

「てめえら許さねーぞゴルァ!【断刀歯車(スヴェルギア)】!」


 今度は敵が斥力の壁を展開し弾幕をやり過ごすと、その斥力の壁を飛び越えた敵の戦闘員が歯車状のカッターを魔法で生成し飛ばす。


「退くよ!」


 巧が取り出した槍でこのカッターを叩き起こすと、頭上を火の玉が掠める。

 それを合図とばかりにゼノ博士から後退の指示があり、僕たちは再度走り出した。


「【捕縛の蔦(バイン・ロレスト)】!」



 峰さんに向けて床から細い植物の蔦が伸びていき、彼女の足首を掴む。

 すかさず巧が火の玉を放ちこれを焼き切り、僕も詠唱を破棄して敵に攻撃を仕掛けた。


「ぐおっ!?」

「【バイルソル(バイルソレイユ)】!」

「二人とも、早く脇道に入るんだ!【物体浮遊(モノコープス)】!」


 敵から更に剣波が伸びて巧の真横を掠め、その後方から暗黒魔法である黒い太陽が撃ち出される。

 それをとっさに脇道に入って回避し、近くにあった棚扉の前に移動させ僕は道を塞いだ。


「おかしいな、廊下の先も廊下かよ」

「どこに行けばいいのこれ」



 このままではジリ貧だ。下の階に早い所降りて逃げないといけないのに、階段に辿り着かないと焦りを覚え始めて居た所に通常の階段があったのでそれを降りていくと、何故か巨大な広場に辿り着く。

 どうなっている。


「よう、さっきぶりだな。【ウインドブーマー(ウインドブーマー)】」

「がはっ!?」


 突然の詠唱に続いて、巧の体が弧を描いて吹き飛び壁を突き破る。

 風の刃が続けざまに僕と峰さんに襲い掛かり、これを僕たちが回避し見上げるとそこに奴はいた。


「逃がさねえよ。ハブルームと地球での借りがあるからな。もっとも、今はセキュリティが働いているからここで逃がしたとしても貴様らがこのアジトの外の景色を見る事は二度とないがな」



 テンペスだ。

 紫色の超小型竜巻のような、亜人。それが宙に浮いて僕たちに暴力的な風で殴り掛かる。



「くっ」

「STARをよこせ」

「嫌だね」

「よこせば命は取らないでやる」

「はっ、じゃあこれを渡した所で僕たちを安全に帰してくれる保証はないね」


 よほどこれが無くなると不味いのか、この時のテンペスの声はとても低く、鳥肌が立つような殺気が溢れていた。


「絶対に渡さない!」


 峰さんが宣言すると、風の渦に浮かぶ二つの目が危険なほどに細められた。


「そうか。安心しろ、ウェルドラやスナームに見つかる前に殺してやる」


 風がますます強くなる。こんな開けた場所ではテンペスに有利だろう。あの時と同じように全てを吹き飛ばしかねない危険な風が吹き始める。


「【槍光投撃(ブランティア)】!」


 光の槍を投げつけるとテンペスが空高く舞い上がりそれを回避し、真空波を飛ばして応戦する。

 これを峰さんが水のバリアを展開し防いだところで、僕たちは飛び上がったテンペスの下を潜り抜け、先を急いだ。


「【毒霧のカーテン(トクサミストン)】!」


 迫り来るテンペスへの牽制に毒の霧を峰さんが振り撒く。直後、大量の砂が僕たちの目の前に降り注ぎ瞬く間に人型を形成した。


「コソ泥め」

「どっちが?」


 現れたスナームに向けて爆発する火の玉を巧が放つと、スナームは再度その身体を砂に変え、砂の粒子が広間の天井に舞い上がる。


「【砂龍天(アセルサ)】!」


 砂が一瞬口を造り、その呪文を叫ぶ。

 高く舞い上がった砂がその瞬間、巨大な砂の龍へと変形し、走って部屋を出ようとする僕たちを飲み込もうと降り注ぐ。


「うわっ!!」


 とっさに殿だった僕は峰さんと巧を風魔法で後ろから押す様にして吹き飛ばし、自分も扉に向けてダイブすると、砂が地面に叩き付けられ物凄い衝撃が辺りを伝い、地面が盛大に揺れて見せた。

 あれにもし当たっていたら危なかった。


 そう胸を撫で下ろし、前方に視界を戻した時、異変に僕は気付いた。


「……巧? 峰さん?」



 居ない。二人とも。


 慌てて辺りを見回すと、後ろにいたはずのスナームもいつの間にか消えている。

 と言うか、今入ってきた開けっ放しの扉の先にある風景が、一致していない。扉の先はアトモスの部屋だ。


 何がどうなっている。


「見つけたぞゴミ拾い(レムナント)の屑め……【蒼玉叉(サフォーク)】!」


 スカウターを弄って巧たちに電話しようとしていたら、横からサファイアでできた巨大なフォークが突然飛んできて、僕のわき腹を抉っていく。

 床に叩きつけられ、衝撃で転がり、壁に激突して止まり全身が軋む。


「STARを返せ」

「ぐ、お断りだ!【物体浮遊(モノコープス)】!」


 宝石魔法なんて案の定ウェルドラが術者だったので、僕の血が付着したフォークがその辺に転がっているのを利用し、それを念力魔法でウェルドラに投げ返す。


 ウェルドラが倒れ込む隙に、再び走り出したら目の前にいくつもの金色の扉が現れ、いよいよ僕は困惑で足を思わず止めた。


「なんでここに」


 アトモスの部屋の前だ。明らかに何かおかしい。これが、セキュリティとか言う奴なのだろうか。

 試しにアトモスの部屋へと続く扉を開ければ、そこには廊下があった。伊集院君の写真塗れの部屋は何処に行った。空間が歪んでいると言うか、扉が滅茶苦茶だ。


 巧と峰さんは何処へ行ってしまったんだろう。敵の本拠地ではぐれるなんて。


 軽薄だった。

 2人ともまだ経験が浅いのに、危険のド真ん中に引き込むとか迂闊なんて言葉では片づけられない。


 もし二人が死んだら。そう思うと途端に焦りが噴き出してきた、その時だった。


「いたぞ!」


 扉の向こうにいた敵の戦闘員が僕に気付き、開けていた扉に向けて一直線に走り始める。慌ててこれを閉めて隣のスナームの部屋の扉を開けると、そこはアトモスの部屋だった。

 中に進んでもう一つの扉を開けようとした瞬間、僕の今来た扉のドアが開く。

 進む暇も無くギリギリのところで机の下に隠れ息を潜めると、扉から敵が出現した。2人だ。


「ちっ、見失ったか?」

「この境界シャッフル、意味あるのか? 今のところこのクソセキュリティ、俺たちへの害の方が大きくないか」

「全くだわ。ほんとまぐれでも脱出されたらどうするつもりだか」


 扉を荒々しく開く音が聴こえ、足音が遠退いていく。

 ……危なかった。


「巧……峰さん!」


 人がいないのを良いことに、僕はそのまま机の下でスカウターに付いているつまみを捻り、電話を試みる事にした。

 走り回らずに済むのは多分今しかない。


『もしもし、彗?』

「峰さん!大丈夫?」


 先に峰さんに電話した所、彼女はすぐに反応してくれた。息を切らしてるようだ。

 走っていたに違いない。


『うん……ただ巧くんとはぐれちゃって……』

「今どこ? 三人でバラバラってのはマズいよ」

『ウェルドラの部屋……だと思う。宝石とかが飾ってあるし』


 ウェルドラの部屋。

 まずはそこに行って、峰さんと合流しなければ。


「隠れられそうなところは?」

『分からない……クローゼットの中なら、いけるかも』

「できるだけ早く合流するから、隠れて待ってて!」

『分かった』


 電話を切り、巧に電話を掛けながら立ち上がる。巧は電話に出ない。戦闘中とかなのだろうか。不安だ。

 でも、待っている間に峰さんの身にも何かあるかも知れない。それは困る。


 意を決して、扉を開く。

 扉の向こうは違法ドライブの製造ラインだ。


 頼むから、みんな無事でいて。

 そう祈らずにはいられなかった。

孤苦零丁(こくれいてい)

孤独で頼るあてもなく、落ちぶれて苦労すること。

孤苦:身内がいなく、貧しくて苦しむこと。

零丁:落ちぶれて孤独な様子。

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