266. こじ開けられた扉
見つけた。
「ウィンターさん。と、イエローさん? それにーー」
ここはエリアY……かつてルナティックの本部が置かれていた場所だ。
現在は元通りX-CATHEDRAの支部に戻ったそこに3人で向かうと、そこには僕がコンタクトをした人物がYさんと、あともう1名と共に佇んでいた。
「悪いわね。たまたま傍にいて話を聞かれたのよ」
そうウィンターさんが言うと、ずっと前に出たのは小柄なシャット星人。
こいつは確か、Xだ。
と言う事は、ここには今AAAAの大幹部3人が集合していると言う事になる。
どうしてこうなった……?
「で、あんな所のアジトの場所を知りたいとは、どういう風の吹き回しなのかな?」
イエローさんはニコリと、寒気がする程の完璧な笑みをこちらへと向けた。
本当はザントさんとコンタクトを取りたくてウィンターさんに連絡をしたのだけれども、僕としてはアジトの場所を知っているのなら別にイエローさんでも全く構わない。
「アトモスが、拘束されていた病院から脱走したので、恐らくはアジトに潜伏しているのかなあと思いまして」
「ほう」
その寒気すら感じる完璧な笑みが更に深められ、彼は暗に続けろ、と僕に示した。
「その、僕としても、アトモスには色々と思うことがあるのですが、とりあえず1回ぶん殴らないと気が済まないなあと思いまして。なのでこれから殴り込みに行きたいと思っています」
殴ると言うか、多分もう1回ぐらい殺し合いしないといけないと言うか。
……少なくとも今の僕は頭に血が上っている。そしてそれを自覚している。
「へえ、この地球人面白い事言うじゃない」
沈黙を続けていたXさんがようやく口を開く。
それにちらりと視線を向けると、やれやれと言った様子でイエローさんが肩を竦めた。
「僕としてはあのゴミ共には特に思うことは無いんだけどね。ちょっとXが腹に一物あるみたいでさ」
「アンタは新参者だからね。それにWも。これは私とZの案件なんだから黙っていなさい」
イエローさんが、Xさんの真剣な表情にあきれた様子で首を傾げながら身を引く。ウィンターさんは静かに佇んでいて、表情は読めない。
そんな中でXさんはゆっくりと此方に歩み出て見せた。
「いい? あの組織はね、我々の獲物なの」
彼女の眼が獲物を定める目つきへと変化していく。
「ようやくアトモスと言う最後のピースも埋まって、私たちは何時でもあのカス共を滅ぼす準備が出来ている」
だと言うのにあの闇キャのカスにずっとお預けされていて、我々は今非常に不愉快な思いをしているの。と彼女は続けた。
「それを、言うに事欠いて、我々が乗り込むから場所を教えろ? てめえ、我々の家業を知っててその態度で居るのか? うん?」
そのドスの利いた声に合わせて、彼女の背後に無数のナイフが浮かび上がる。
巧と峰さんが息を呑む音が聞こえる。無理もない。彼女が何に対して怒っているのかは分からないが、とりあえず彼らの本業を思えば、なんか脅されたりくらいはされるかもと想定していた。
だから、この程度では動じない。
めっちゃ怖いけど。
「勿論です。むしろ、あの闇キャも何を考えているか良く分からないし、そんな奴にはこっちもハッキリ言ってお伺いする気にもなれないんで、この際もう自分たちだけで行こうかなあって思ってたんです。ただ、流石に戦力的にも僕たち3人では足らないので、良かったら一緒にどうですか、と聞こうと思いまして」
僕たちは別に止められてないですからね。
そう伝えると、ようやくウィンターさんの片眉が持ち上がる。
「ふざけているんですか? 我々は止められているのよ?」
「ああ、なるほど。そういう事か」
信じられないという顔でウィンターさんが顔を歪めている一方で、ぽん、とイエローさんは手を叩く。
どうやら僕の意図した事に合点が言ったらしい。
「Y様?」
「つまりこういう事だよ。同じ仲良しメンバーとして、アトモスを取り返しに行こうと」
「……はい??」
「ほーん。なるほどねー」
続いて気付いたのはXさんだ。
ゆらゆらとイワシの群れの様に空中を漂うナイフたちをそのままに、彼女はその威圧感を僅かに引っ込めた。
「Wはまだ分からない?要するにXとしてカチコミに行くのではなく、あくまでもアクアン大学のゼノ博士として、私たちのお友達に会いに行きましょうって事よ」
そう。
AAAAが止められているなんて事は知らないが、僕は単純に会いに行きたいから一緒に行こうと提案しているだけだ。
そこで彼らが何をしようと、僕たちには関係の無い話だ。アトモスさえ僕たちに渡してくれれば。
「なる、ほど?」
「AAAAとしては動けないなら、プライベートで動くしかないよね?」
「言われてみれば、むしろ何で私たちも今までそうしなかったのかしら? 私たちも焼きが回ったのかしら……」
別方向の心配をし始めるXを置き、Yさんは改めて此方に向き直って見せた。
「条件がある」
「はい」
「案内はしてあげよう。むしろ喜んで案内させて欲しい。僕たちもちょうど旧友に会いに行こうと思っていた所なんだ。だけれど中に入ったらそこから先は別行動とさせてくれ」
「待った。中に入るのは私だけよ。WとYはすっこんでなさい」
Xさんが即座にイエローさんの話した内容に噛みつく。それを見て彼はやれやれと首を振って見せた。これは、そう言う事なのだろうか。
「分かったよ、全く」
「じゃあ、そう言う事で」
「分かりました。一つだけ、こちらからもお願いがあるのですが、いいですか?」
イエローさんが無言で微笑む。肯定の意と思っていいのだろうか。
「アトモスだけは手を出さないでください。手を出さないというか、最悪ちょっと不可抗力的に応戦するならアレですが、殺さないでください。僕たちが用があるのはアトモスなので。他はご自由にどうぞ」
アトモス以外は、どうでもいい。
むしろ好きにしろレベルだ。
「どうするんだい? X的にはアトモスも絞めておきたいかい?」
イエローさんが振り返り、涼しい顔をして、静かに獰猛な笑みを浮かべる彼女に問う。
「いいわ。私とZが用あるのはむしろアトモス以外の奴らだしね。アトモスは所詮、D事件の後に、ポスト埋めのために幹部になった様な新参者でしょ? そんな木っ端、どうでもいいわ」
「Wはどうだい?」
「この後Z様と打ち合わせだから参加は遠慮するけど、方針には異論ないわ」
淡々と告げる。
納得したように彼は頷くと、再びこちらに向き直った。
「交渉成立だ」
そう言って、彼は僕の腕をつかむとそのまま強引に握手をして見せた。
傍で無言の巧と峰さんがホッと息を吐く。
「いつ頃殴り込みに行くつもりだい?」
「今からでもいい位です」
「最高だわ。ぜひその案でいきましょう。あんたたちは何て呼んだら?」
獰猛を通り越して邪悪まである笑みをXさんが浮かべる。
「星野彗です」
「や、柳井巧です」
「鳩峰恭子です」
「そう……私はX……ではなく、ゼノ・カップマン。アクアン大学魔導工学博士よ。最初に私たちが揃っているのを見て動揺したと言う事は、多かれ少なかれこっちの事も把握してるんでしょう? それなら、当面は仲良くしましょうね?」
極悪非道な面構えに、僕たち三人は慌てて首を振る。
当面は、って。用が済めば殺すとかそう言う意味だろうか。
「ゼノ、彼らを恫喝してはいけないよ。彼らはグレイスお嬢の知人でもあるんだよ?」
 
イエローの言葉に露骨に舌打ちをすると、彼女は懐に手を入れ何やらリモコンのようなものを取り出す。彼女がそのリモコンらしきものについているスイッチを押すと、目の前に巨大なティーカップのような何かが出現した。
「それは?」
「私の超小型飛行船『C.A.F.F.E.I.N.E.(カフェイン)』よ。コンバットエアフォースフォアエリミネーションアンドエクセキューションの略よ」
ティーカップの側面が開き、彼女がその中に乗り込む。
ふわりと、音も無くティーカップが浮き上がり、小さな駆動音を立てながら彼女はゆらりとこちらに近づいて見せた。
「空間転移は出来る?」
「いいえ」
「あっそ。じゃあYとW、添付転移よろしく」
それだけ言うと彼女は何やらボタンを押してその場から転移して消える。
彼女が完全に消えたのを確認して、イエローさんがまたため息を付いた。
「やれやれ、ゼノは……」
「あの性格は治りませんよ」
イエローさんのため息に釣られてウィンターさんもまたそれに続いた。薄々感じ取れてはいたけれど、ゼノ博士の偏屈さは相当らしい。
苦笑いするウィンターさんが手を伸ばすので、僕は巧に指示して手を峰さんと繋いでもらい、巧の手を取りながらもう片方の手でウィンターさんの手を掴む。
すると、その直後に彼女の手がねじれ、僕たちは身体ごと持って行かれる様な感覚と共に空間転移を行った。
「さあ、着いたよ。念のために少し離れた場所に来ているから、ここからは歩く」
ついた場所は、どうも周囲の風景から言ってアンダーメタリックだ。ついこの間、ブラッディアと戦った惑星。
イエローさんはバチリと音を立てながら僅かに宙に浮き、そのままスゥー……と滑るように移動を始める。
僕たちはそれに対して思わず顔を見合わせ、その後を続いた。
「ここは……」
ついこの間ブラッディアと……とか思っていたところで、辺りを見回してある事実に気付く。
「なんか、不気味だよな」
「こんな所にアジトがあるとか……なんか怖いね」
「いや、そうじゃなくて。つい最近、僕ここに来た」
ここは正に、そのブラッディアと戦った場所だ。
あの怪しい電波だか空間だかの妨害装置が思い切り目立つ場所に置いてあったのが記憶に新しい。
「マジかよ」
「ブラッディアの相手をハロさんとしていて、アトモスの邪魔が入ったんだ」
「へえ。本部の目と鼻の先でやり合うとは、あの組織にしてはなかなか趣味がいい」
ふと、Yさんが堅気の物ではない笑みを浮かべ、道端にある金属質な壁を見つめた。
「さて、ちょっとだけ離れていてくれるかな」
手をポンと叩く彼に合わせて、僕たちとウィンターさんは道端の反対側の壁にまで後退して見せた。するとイエローさんは納得のいったかのように流し目を寄越し、壁に向き直った。
「今から、何をするんだ?」
「うん、今からちょっとね……無理矢理こじ開けてやろうかな、とね」
その言葉を最後に彼は右手を、何もないはずの壁に向けて翳した。
「……【マグネグリップ】」
詠唱と共に腕に力が込められているのが分かる。しかし何も起こらない。
「【増幅魔法】!」
聞き覚えのある詠唱文。
「巧……」
「なんか、何してるのか分からないな」
「だね」
「【反復】!」
次に聴こえたのは反復呪文だ。
つまり、増幅魔術を重ね掛けしている。
「【反復】!」
「えっ、ちょっ」
「【反復】!」
ガクンと何かが唸った。離れた位置から壁に腕をかざすYさんの腕に、遂に電流が流れ始めた。
「イエローさん、それ――」
「【反復】!」
金属が悲鳴を上げる音が辺りに轟く。
「えっ」
「ちょっ、壁が!」
「【反復】!!」
よく見れば、彼が腕を翳している先にある壁が、不自然に盛り上がり始めた。
盛り上がった部分の周辺に薄い隙間と亀裂みたいな物も見えている。
「……まさか」
壁を引き剥がす気か!?
「【反復】!」
「危ないっ!!」
轟音と共に壁の一部が剥離し、凄まじい速度でそれが飛来する。
慌てて伏せると、壁の一部は僕たちの真横を掠め、僕たちのいる方の壁に勢いよくめり込んでいた。
埃が舞い上がり、煙みたいに視界をふさぐ。
「さあ開いたよ」
「……」
僕が詠唱を破棄して風を生み出すと視界が開け、壁に四角い穴が開いて居るのが分かった。
「ここがDEATHのアジトへの隠し扉さ。あとは君たちの仕事だ」
 




