264. 預言歌
「楽しんでもらえたかな」
ライブが終わり、人も疎らになり始めた頃。
トンプスが合計5人ほど僕たちの席へと向かってきて、その内の一人がそう言った。
「ヤバかった」
「文字通り世界が違う」
「最高でした」
「ゲホッ、今……ここで死んでもいい……」
ソラは叫びすぎて声がガラガラになっている。
別にいいけど、ちょっとあまりにも満喫し過ぎていないだろうか……
しかし、宇宙人の、魔法を使った音楽と言うのは初めて観たけれど、想像をはるかに超える凄まじい物だった。こんなものを見せられると、もう地球のアーティストとかのライブ映像はまともに見れなくなるかもしれない。
動けなくなるほどに凄まじく、それはまるで、頭をコンクリートの塊で殴られたかの様な衝撃だった。
時間魔法を利用して、同じ場所に同時に出現するのはもちろん、爆発魔法や電撃の嵐みたいな激しい物。
バラードに置けるろうそくの様な細い火にロマンチックな光とか。
氷魔法の演出や、環境保護を訴えかける歌ではステージのど真ん中に突然切り株が生えてきて逆再生されると伐採された樹木が蘇るなんて演出もあった。
最期の曲での鏡魔法の使い方は目を見張るものがあった。鏡が粉々に砕ける所は印象に残っている。
そもそも、魔法を使うライブというのが大元として初めてだ。
それをよりにもよって、時間魔法を絡めるとは。
あんなライブは、初めてだ。
「ははは、ソイツは良かったが、死ぬのはダメだ」
僕たちの反応に、満足気にトンプスが笑う。
「あれは、全部トンプスさんの曲なんですか?」
「そうだな。特にカバー曲とかは無いな。預言歌を除き全て俺のアルバムから歌っているよ」
「……預言歌って、あの歌ですか?」
僕の質問にトンプスが身を浮かべていると、ようやく正気に戻りつつあったソラの表情が初めて沈んだ。
預言歌。
帯同するスタッフたちにも内容の一切が秘匿され、参加する様々な時間軸のトンプスたちしか歌詞も、メロディも、何も知らされない歌。
預言をすると言う行為自体が未来を変えかねないので、厳重に管理されるトンプスの最高機密。当然楽譜の作詞作曲だけでなく楽器も、全てトンプスが演奏する。
彼が歌った内容は、およそ預言であるとは信じがたい物だった。
……信じがたいと言う表現はやや不適切だ。
『信じたくない』が正しいか。
『暗き夜空が血で滴る 人は恐怖に震え咽び泣く
怒りと悲しみが闊歩し 誰もが敵と見なされる』
『憎しみと狂気は増長し 醒めない夢が続く
希望と怨嗟が星を引き裂き 孤児が平和に手を掛ける』
『不可逆の過ちが撃鉄を引く 希望が此岸に弓を引く
救いと滅亡は紙一重 暗黒が燃え盛る杯の上で世界を握る』
『備えよ 柱を崩してはならない
身構えよ 希望は味方ではない』
その禍々しさに、あの時ばかりは会場が一瞬静まり返った。
そして極めつけは、5人のトンプスの内の1人が一歩前に出て発した言葉だった。
『天に唾を吐く者は、自らの唾に溺れるだろう』
言い終わると直ちに明るい曲調の通常曲が挟まれ会場は沸いたが、それまでの熱を取り戻すのに、少し時間が掛かったのだ。
「そうだな。預言歌はやはり少し刺激が強かったかな」
「そ、そうですね……今まであんな預言は、無かったので……」
「まあ、そうだな。暗い預言をしたのは今回が初めてだ」
トンプスは少し遠い目つきをすると、僕と目線を合わせた。
「もう間もなく、困難な時代が訪れる。俺は皆にとって最善の未来を手繰り寄せるために色々と動いているが……どうなるかは未来の俺たち次第さ」
そして、未来の俺たちの動きを決めるのは今の俺たち。
そう言って、彼はニカッと笑みを見せた。
「だから、今の自分を見直して変えていかないといけない」
変えるんだ。
俺たちの未来を。
今、この瞬間から!
「か、かっけぇ~~~!!」
うわあ……
そのトンプスの決め台詞を前に、ついに巧までもがハート目堕ちしてしまった。
その現場を見てしまったせいで、僕はいまいちトンプスの言う言葉に意識を割ききれず茫然としてしまっていた。
丁度そこで、スタッフの一人がステージの裏からひょっこりと顔を出した。地球人のスタッフだ。
「トンプス、打ち上げに遅れるぞ~」
「ああ、もうちょっと待ってくれ」
トンプスは人懐っこい笑みを浮かべてスタッフに向けて手を振ると、続けざまにこう言った。
「で、お前ら帰るんだろ? X-CATHEDRAまでの転移魔法陣を今組み立てるから待っ――」
「あー待て、その必要はない。こいつらは未来の時間軸から時間逆行でこっちに来ている」
「んん? 時間逆行?」
魔力を集めつつあったトンプスの一人を、別のトンプスが静止し僕たちの事情をかいつまんで説明して見せる。
どうやら僕たちの事情を知らないトンプスは一人だけのようだ。恐らく彼がこの時間軸のトンプスなんだろう。そのトンプスの眼がソラの身に着けている魔封の指輪に目が留まる。
「そうなのか。ちなみに連れてきた俺はライブ何周目の俺?」
「2回目だ」
「じゃあ俺が2周目行くときに連れてくればいいのか」
まるでゲームの周回プレイや逆行転生みたいな言い方だ。
察するに、今いる5人のトンプスたちはそれぞれ1周ずつこのライブに参加し、そのたびにボーカルだのバックダンサーだのと役回りを変えているのだ。
「あー、そう言えばお前たち未来からだったな」
「事情が事情だからなー」
「え、何それ。超気になるんだが」
5人のトンプスが入り乱れる会話はイマイチ僕には伝わりにくい。
ふと、時空魔術の難しい所が垣間見れた気がした。
「じゃ、2周目に任せりゃいいなら俺たちはもう解散だな」
「だな。じゃあお疲れ、【時空跳躍】」
「う~っす」
「またな~、【時空跳躍】」
「ふ~5周終わった~。【時空跳躍】」
いつの間にか彼らが挨拶をしていると思ったら、五人中三人が紫の魔法陣に飛び込み消滅していった。呪文から言って多分未来に帰ったのだろう。
「さて、俺たちも帰るか。レメディ殿下が首を長くして待っている」
その宣告と共にやや大きめな、紫の魔法陣が形成されて、僕たちはその上に誘われた。
僕たちが乗るのを確認し、今と未来のトンプスは何かをこそこそっと話すと、未来のトンプスが僕たちの乗った魔法に足を踏み入れた。
「【時空跳躍】」
唱えられた呪文によって、時の流れがぐにゃりと曲がる。
時間軸から逸脱する。
そして瞬く間に紫の激流が僕たちを跡形もなく呑み込んで見せた。
「……頼むぞ、子供たち。お前たちが星野彗を救えないと、この世界は――」
筆者は作詞のセンスが無いのでAIに叩き台を作ってもらって手直ししました。AIって便利ですね。




