262. その時はその時
「……は?」
ソラの声である。
目を大きく見開き、口は半開き。完全にフリーズしている。
無理もない。
多分僕がソラの立場でもああなる。
「やあ、また会ったね」
「一体、何が、どうなってるの」
「あのー、そろそろ誰か俺たちにこの人のこと紹介してくれないかなー……」
ソラが完全に金魚と化した所で、巧がトンプスの後ろからひょっこりと顔を出す。
完璧な王子様スマイルが彼に向けられる。
「そうか、この時間軸では初めましてなのか。俺の名前はタービュラ・トンプス。一応、時の守護者って事になってるしがないアーティストさ」
およそ、個人情報がと叫んでいた人とは同一人物には見えない。
コイツ誰かが変身した偽物じゃないだろうな……
ソラがはっとした様子で手に何かを握りしめると、カチカチと何かを押す音がする。やがて半透明なモニターが彼女の目の前に立ち上がる。
「はいナースステーションです、どうされました?」
「えっ、どうって、あっあの、その、なんでこんな有名人が、ウチの病室にえっ待ってあっあっえーとこれは誰に、相談をあっ違う待って、ちょっとあのとりあえずあの誰かえっと状況の説明を――」
「少々お待ちください」
いやナースコールかよ。
どこから突っ込んだらいいのか分からないけどとりあえずまず宇宙にもソレあったのか。
時間を加速させた状態でエレベーターにUターンした僕たちは、一旦魔法を解除させて暗黒魔術病棟に向かった。
同乗した人は皆驚嘆していたが、扉が開いた瞬間にトンプスは再度時間加速魔法を使用し、僕たちはそのまま時間がほぼ止まっているように見える世界の中をソラの放り込まれている個室の前まで駆け抜けて、魔法を解除し扉を開けたのだ。
目を開けた彼女は僕たちが再度来たことで一瞬顔を顰めたが、僕たちの後に続いたトンプスを見かけた所で冒頭に至る。
「天野さん、どうされまし――ファッ!?」
入ってきた看護師が面会者たち、というか、主に特定の面会者を見て奇声を上げた。
「今何か聞こえましたがどうされ――はぁっ、何これェ!?」
扉全開きで看護師が叫んでいたこともあり、近くを歩いていた医師っぽい人も部屋に駆け足で入ってきて、同じく奇声。
「いや、俺の事を指してナニコレは無いだろ……」
「どうしましエェーッ!!?」
「何があっキャーッ!!」
次々と医療従事者が雪崩れ込んできては叫ぶのを繰り返す地獄絵図を見ていたからか、ソラの眼が正気に戻っていく。
「あの、とりあえずさっきのナースコールは押し間違いでしたので皆さんお引き取り下さい。煩いです」
◇
「……で、どう言うことか説明して?」
ソラは医療従事者たちが部屋から引いていくの見て大きくため息を付く。そして片腕が魔封の手錠でベッドの手すりに繋がれているため、腕を組もうとして失敗した彼女は観念したようにベッドテーブルに肩肘をつけた。
「いや、正直僕たちもよく分かってないんだけど、なんか突然トンプスさんに出くわしてそのまま案内させられたんだ」
「はあ?」
「そこからは俺が説明しよう」
涼しい顔をしている元凶がようやく前へ出る。
「実は先日のライブに参加していた君たちに、実は未来から来ていた事を教えられてね」
「未来??」
「だから未来になったところで、改めて君たちをライブにご案内するために呼びに来たのさ」
暫く要領を得ない顔をしていたが、やがて彼女の意識が何かを見つけたらしく、彼女の焦点が回復した。
「ライブチケット……」
恐らく僕だけでなく、ソラも完全に忘れていたんだろう。
ハッとした様子で彼女は呟く。
「でも、どうして? ウチの置かれてる状況は、流石に見れば分かるで、分かりますよね?」
ソラは、訳が分からないと言った様子で戸惑いながらトンプスに尋ねる。やれやれと言った様子で彼は肩を竦めた。
「クロ中病棟にぶち込まれてる推定クロ中が、俺の前で何か意味を持つのか? 俺の使う魔法はほぼクロだし、そう言う意味では俺はクロ中共の頂点に君臨する男だ」
時間魔法は例外なく全てが暗黒魔法。だから暗黒魔法を使う人の中では間違いなくトンプスさんはプロであり、彼の言う通り彼はこの宇宙で最強の暗黒魔法使いだ。
「いや、でも――」
「それにな、俺の未来視がこう言ってるんだよ。君たちは必ず俺のライブを聞きに来ないといけない、とな」
そう言って、トンプスはソラにウインクをした。
まずい、ソラがまた正気を失って目をハートマークにしている。
「そんな、こんな事が有って良いのかしら……!」
「ソラちゃん、口調がおかしくなってるよ? 頭大丈夫?」
「峰さん、何かちょっと毒入ってない? 大丈夫?」
峰さんのツッコミに僕が追いツッコミをしていると、ソラの笑みが次第に褪せていく。
「でもウチ見ての通り、魔封手錠有るし……それにこういう状況では、流石にライブにはいけない、かな」
彼女は重罪人。重罪人、かつ病人。
だからそんな場所には行けない。
それが分かっているから、彼女の笑みに諦めの色が交わる。
彼女の表情は、トンプスが自分にわざわざ会いに来ただけでも十分であると言う思いが滲んでいた。
「何の騒ぎかと思えば……」
そう言ったのは新たに現れたレメディだ。
「これはこれは。帝国の若き黄金、レメディ第三皇女殿下に御挨拶申し上げます。この様な場所でお会い出来るとは、身に余る光栄です」
「どこで覚えたの、そんな言葉」
その言葉に、レメディは吐きそうな顔をしていた。
「チャリティーショーを通じてラルリビ星の旧王族とお知り合いになる機会がありまして」
「ああ……いや、そう言う事じゃなくて……」
レメディの体力ゲージがガリガリ削れていくのが見える。
「なんで時の人がよりにもよってこんな場所にいるのよ」
「囚われの少女を救いに来たのさ」
ソラ、三度目のハート目である。
なお、レメディの目は吊り上がっている。
「重要参考人だから駄目よ」
「じゃあ『ドーラ―案件』だと言ったら?」
レメディの目つきが変わる。
「……それは」
何故か、こちらをチラリと見ると彼女は目を閉じた。
ソラも空気が変わったことを肌で察したのか、一瞬疑念を込めた表情を見せた。
「あれだ、脱走とかが気になるなら魔封のリングとかじゃ駄目か?」
「……」
その瞬間、一瞬だが視界がブレる。
ほんの一瞬、何か赤っぽい物が駆け抜けたような。気のせいだろうか。
……いや、多分、今何かがあったのだろう。動いていないはずのレメディの立ち位置が僅かに変わっている。と言う事は、恐らくここで時間魔法……時間加速魔法で、トンプスがレメディに何かをした。
そうでないと、レメディのこの後の発言は理解できない。
「魔封リングは手配してあるわ。すぐに看護師が持ってくる。洋服は?」
「そこのクローゼット」
「分かったわ」
レメディはそう言うと腕に巻きつけられたリボンを解く。
彼女のリボンがクローゼットに伸びると、そこにはソラが戦闘時に着ていた制服が置いてあった。
ソラの着ている院内着と制服が一瞬光ると、彼女の着ていた院内着がいつのまにか制服に代わっていて、レメディは彼女の腕から点滴の針を別のリボンでテキパキと抜針していた。
「わあ……」
「お待たせしました」
看護師が丁度その頃、指輪を手に扉を開け入室する。
彼女は指輪をソラの左中指に通すと、次に懐から鍵を取り出し、彼女とベッドを繋ぐ手錠が解かれる。
ここまでのあまりの手早さに、ソラが思わず瞬きした。
「こんな簡単に……自分で言うのもなんだけど、こんなザルで大丈夫なの?」
「指輪を外さないように見張る位はしてよ、トンプス」
「その時はその時さ。恩に着る、レメディ」
「全く……」
呆れかえったレメディが腕を組む。
「なあ彗、これからどうするんだ?」
「さあ……僕もこの超展開に全く追いついてない」
巧は完全に取り残されていた。無理もない。レメディとトンプスの間だけで何やら話が進んでいる。
「さ、邪魔な枷は解けた所で、今宵は君たちを最高の非現実に招待しよう。案内はこの至高の時空超越師、タービュラ・トンプスでお送りいたします」
芝居がかった動作で歌うように、踊るように、振る舞う。
彼が自らの踵で床に魔法陣の円周を描いていたと気付いたのは、その床が紫に光り出してからだった。
「君たちは歴史の証人となり、永遠にその瞬間を記憶に焼き付けるだろう。【時間逆行】!!」
魔法陣が僕たちを包む。
紫色の異世界が僕たちを飲み込み、やがて解けるように消えていく。
そうして僕たちの目の前に出現したのは、熱狂の渦だった。




