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魔法使いは銀河を駆ける  作者: 星キノ
第19章〜Rotten Rogation〜
262/269

261. 燃え尽きた時

Rotten

[形]

1.腐った,腐敗した;(腐って)悪臭を放つ,臭い

2.〈木などが〉朽ちた,腐敗した

3.〈石などが〉もろい,こわれやすい

4.(道徳的に)腐敗した,堕落した


Rogation

1.〔キリスト教〕祈願,連祷

2.〔ローマ史〕(護民官・執政官によって提出された)法案

「ソラちゃん!!」


 峰さんの悲鳴にも似た声に反応し、その眼が彼女の方を向く。


「……」

「気が付いたね」

「……」


 彼女の眼が、ぼんやりと天井に戻される。

 たっぷりの間をおいて、彼女の口が開く。


「止められちゃった、か」


 以前の威烈さも無く、かつての狡猾さも、直前の狂気も無く。

 どこまでも凪いだ様子で、静かに彼女は呟いた。


「流石に3対1だからね。何とかスターの法則って奴だよ」

「ああ、そんな事もあったね……」


 なんと声掛けたら良いかも分からず、咄嗟にそんな言葉が出てくる。

 そうすると彼女は口角をわずかに上げてそう回想した。

 次に彼女は横になったまま、目線をレメディの方に滑らせた。


「暗黒魔術科病棟特別個室へようこそ」

クロ中(暗黒魔法中毒)扱いってわけ」

「まあ、Vl(バイルライセンス)無しでの暗黒魔法行使だとそうなるわね。この特別室は高いわよ」

「……」


 レメディの言葉を聞いて、彼女はまた目線を天井に戻した。

 その表情は感情が抜け切ったような、魂が燃え尽きたようなものだった。


「所詮『ざまぁ』なんて創作の世界、か」


 ぽつりと、そう零すと彼女は再びレメディに目を向ける。

 そして今度はしっかりとした声で、彼女は僕たちにこう告げた。


「この瞬間から、ギルド及び宇宙警察から行われるあらゆる取り調べに対して黙秘権を行使します」


「なっ――」

「ちょ、ソラ!?」


 思わず僕と巧で立ち上がる。

 一方で、それに対してレメディは深くため息を付いた。


 黙秘権って。

 どうして。


「まあ、そうなるわよねぇ……」

「弁護士を呼んで。弁護士が来ない限り、ウチは一切話をしない」

「待てよ、ソラ!」

「巧」


 巧に声をかけると、彼は不服そうにしながらも一歩引いてくれた。

 入れ替わるように僕がソラの前に立つと、彼女は疲れ切った眼で此方を見上げた。


「僕たちさ、あれからいろいろと調べたんだ。その……弟さんの事件とか、さ。なんでソラがこんな事をするようになったんだろうって。それで調べてみたんだけど、僕たちではどうしてソラがそこまで伊集院君を恨むのか分からなかった。端から見たら、逆恨みにしか見えない」

「……何それ、馬鹿に――」

「でも僕たちは、同時にソラがそんな逆恨みなんかで動く様な人間じゃない事を知っている。っていうか、僕はさ。アトモスが(・・・・・)そんな短絡的ではない事を知っている。だからますます分からないんだ。何かが足りていないのは分かっているけど、その何かが見つけられなかった。だから、教えて欲しいんだ」



 僕の言葉に、一瞬怒りを見せたソラの言葉に更に被せるように続けると、彼女は目を細めて見せた。


「大河の死体が見つかったのは化学室だった」


 ようやく語り始めた彼女の表情は完全に無表情で、とても機械的に彼女は言葉をつづけた。それこそ、あの変声機のついた仮面でもつけているような、無機質な声だ。


「その部屋は、伊集院が焼き払った部屋だった」


 その言葉で、ふと思い出す。

 読んだ資料には焼死1名と書いてあったことに。


「伊集院が焼き払った、って……」

「実際に見たんだよね、伊集院が部屋に火を放つ所を。伊集院の姿に変身した別人とかの可能性も、あの凄まじい闇の魔力を考えればそれも考えにくい。だからそれはほぼ間違いない」


 そう言うと彼女はため息を付いた。


「だからウチは大河を焼き殺した伊集院を絶対に許さない」



 それを言うと、彼女は再び目を閉じた。

 僕たちは互いに顔を見合わせた。


 ソラは、確固たる確信をもって伊集院君を恨んでいたのだ。

 伊集院君が、何故そんな事をしたのか分からないし、にわかには信じがたいが……

 掛ける言葉が見当たらない。


「これ以上語る事は無いわ。院長、お客様はお引き取りされるそうです」


 冷たくそう言ったソラは疲れたようにため息を付き、目を瞑り横になる。


「……」

「ま、目が覚めてすぐに尋問は流石に可哀そうよ。今日は大人しく引きなさい」


 レメディは呆れた様子でそう言う。納得は出来ないが、ソラの状況やレメディの言い分は理解できる。


「またね、ソラちゃん」

「来なくていい。ウチはギルドの犬に用はない」

「っ……」


 目を閉じて横になったまま、冷たくそう言い放つ彼女に峰さんがたじろぐ。


「行こう」



 固まって動かなくなった彼女の袖をつかみ、強引に引っ張って外に連れ出すと、レメディによって個室の扉が閉じられた。


「ワケ、分かんねー……」

「どうして、こんな」


 病院の廊下を歩き、レメディに別れを告げられエレベーターに乗る。乗った、と思う。今僕たちはもう病院の一階ロビーにいるし。


 記憶が曖昧だ。いつの間に僕たちはエレベーターを出ていたのだろう。


「ソラ……あいつ、このままだとヤバいって事分かってるのか?」



 自信なさげに、巧が憤りを押し殺し切れない声を絞り出す。

 口にはしないけれど、ソラは全て分かったうえでやっている。


 敵対する事なんて百も承知、捕まったら極刑は免れない事ぐらい分かり切っている。

 その上であの組織に入り、僕たちの真隣りで牙を研いでいたのだ。


 復讐者として冷徹に、計算の上でこの間の衝突に賭けたのだろう。そして彼女は、その賭けに負けた。


 他ならぬ僕たちが、彼女を止めた。

 ……止めてしまった。



 その結果が、あの全てを諦めて燃え尽きたソラなのだ。

 僕たちが、ソラを殺してしまうようなものだ。



 それが、どうしようもない事実として僕たちの心に突き刺さった、その時だった。




「よう」



 ロビーの端で、3人で途方に暮れていた所に、声が掛かる。


 振り返ると、そこには熊のような見た目の不審者が、ちょび髭とサングラスのようなものを身に着けてこちらにむかって歩いてきていた。


 ……ちょび髭。まさか。


「トン――」

「あー言うな言うな、聞かれたら変装してる意味がない」


 なんでこんな所に、トンプスがいるんだ。



 言われて言葉を何とか無理やり飲み込むまでが出来たけど、その後何をすればいいか分からず固まっていると、トンプスが僕の肩に手を掛ける。


「こないだのライブさ、お前らが未来から俺に連れられて時間逆行して聞きに来てくれたと未来の俺(・・・・)に言われてな」

「は?」


 一瞬スカウターの翻訳機能が壊れたかと思うような不可解なワードに、思わず素でそう返してしまう。

 横で巧が袖をそれとなく紹介してほしそうに引っ張っているが、あいにく僕の脳みそはそこまで今は回っていない。


「だから今の俺(・・・)がこれからお前らを連れて過去に戻り、ライブに連れて行こうと思ってよ」

「んん? ライブ??」

「おう」


 そうしてトンプスはかいつまんで僕たちに改めて今の彼の状況と僕たちにこれから何をしようとしているのか簡潔に教えてくれた。


 要するに、こうだ。


 未来のトンプスが、未来の僕たちを連れて過去に戻る。

 過去に戻った僕たちは、そのままライブを楽しむ。

 その後、トンプスが過去の時間軸のトンプスに今言われたことを言って、また未来に戻る。



「お分かり?」

「分かったかと言われたら、まあ、分かったけど……」

「私たち、今あまりそういう所に行ける精神状態じゃあ……」


 巧と峰さんが苦笑いする。

 無理もない。


 僕もそんなライブの事なんてすっかり忘れていたし、ソラとこんな事になっている以上、そんなところに行けるはずもない。


 問題はどうやって今の僕たちの状況をソラのステータスを伏せながらトンプスに説明するかなのだが、ここでトンプスは更に唖然とする事を口にした。


「あれだ、君たちのお友達はクロ中(暗黒魔法中毒者用)病棟の特別室に居るんだろ?」

「!?」


 何故それを、と口にしようとした所で、はっと多分この人は、未来の僕たちから、その情報を聞いて知っているのだと気づく。


「いや、あの、そうなんだけど、ちょっと――」

「――ねえ、あれもしかしてトンプスじゃない?」


 通りすがりの看護師が、別の看護師にそう呟くのを、僕の耳が敏感にキャッチ。


 これはマズい。


「なあ彗、何言ってんだか俺全く――」

「と、とりあえず急ぎましょう。何人かにもうその変装バレてる」

「んなっ!?」


 気が付けば、周囲がざわつき始めている。まさかこれを気付いていなかったというのか?

 ただならぬ雰囲気を流石に峰さんと巧も察したのか、二人も武器を取り出して警戒した様子だ。

 このざわざわ感は、以前会った時のそれとよく似ている。確か前回はなんか変な地球人が絶叫してから大騒動になったんだっけ。あ、なんか点滴ぶら下げた入院患者と思しき地球人がわなわなと指をさして――



「――Voilà(トンプスが) Temps(いるぞ)!!」



 強い既視感。



「トンプス?」

「えっ!?」

정말(マジ)!?」

「あのトンプスがいるというのか!!?」

「トンプス様で――ぐっ、胸が苦し……」


 おい、待て。

 1名心臓発作起こしてるぞ。こっち見るな、そっちを救え。



「【時間加速、任意対象(マジクセ、エスコル)】!」



 トンプスがそう叫んだ瞬間、世界が停止する。

 全てがビタリとその場で静止し、あらゆる騒音がシン……と静まり返った。


「い、今のは?」

「君たち三人と俺の時間を加速させることで、疑似的に時間を止めている。計算が面倒だからあまりこの魔法は使いたくないんだが……とりあえずこの喧騒から逃げた所でもう一人の彼女がいる所まで案内してくれないか?」

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