258. アトモス
「【光閃】!」
光の速さで切り裂く刃をトンファーで受け止めると、巧が横から籠手でソラに殴り掛かる。
両剣の逆刃で彼女がこれを受け止め、僕のブレードトンファーを使った薙ぎに彼女は再度これを両剣の刃で受け止め、巧の蹴りを更に往なしそのまま回転力を維持して巧に斬りかかる。
峰さんが遠距離から樹木を伸ばして剣を受け止めた瞬間、僕の剣が彼女の頬を掠め一筋の朱がその顔に出現。
しかし彼女は一切怯む様子もなくこれをそのまま攻撃に転用。呪文を唱えると頬のかすり傷から血の針が一本吹き出し、巧の腕を貫く。
痛覚を遮断しているのもいいことに、そのまま彼女は僕の突きを左の掌で受け――いや、掌を突き出してそのまま僕のトンファーが彼女の腕の中へとめり込む。
その肉を貫き、骨を砕く感覚と、眉一つ動かさずにこれを実行する彼女の行動に驚愕していると、飛び散った彼女の血と肉辺から鋭い血のとげが噴き出し、僕と巧をまとめて貫く。
「があっ!?」
「【回復】!!」
悲痛な叫びにも似た声で峰さんが僕たちの傷を瞬時に癒す。
使い物にならなくなった片腕を無視するかのようにソラは空いている掌で呪いの剣を回転させ、こちらに斬りかかる。
回避しようにも、僕の武器はソラが自らの肉で人質にしていて、抜けない。
「【パリイング】!」
苦肉の策で、斥力を瞬間的に発生させる。敵の武器を弾くために使うその魔法は、めり込んでいる腕を弾こうとした結果、その場で彼女の腕が盛大に千切れ飛ぶ。
流石にこれを予想していなかったソラがその衝撃で吹き飛ぶ隙に、僕は至近距離で血と肉片を受けて血まみれになった自分の状態を確認し、後退しつつ詠唱を破棄して自分の足元から間欠泉を噴出させた。
付着した血で悪さをされる前にすべて洗い流した所で、弾かれたことを利用して大きく距離を取っていたソラが笑った。
「やるじゃん。人の腕を躊躇なく吹っ飛ばすとか」
彼女もまた回復魔法を使用して、腕の再生を終えていた。グーパーグーパーと腕の動きを確認しながら、思わずと言った様子で失笑すると、彼女の輪郭が一瞬白く染まる。
間髪入れずに眩い光が放たれ、視界を塗りつぶす。目つぶしだ。
目が見えない一瞬の隙に、何かが腹部を通り抜ける感触がした。
その直後に激痛を感じ反射的にうずくまりそうになった所で、嫌な予感がし咄嗟に身を翻すと、発砲音と共に何かが頭をかすめるのを感じた。
「おおおおおおっ!!」
視界が回復し敵を視認したところで、後方から火の玉が次々と撃ち出され、杖を構えていたソラが左右に回避し始める。
……銃か。そういえば、ソラは元々銃にもなる可変型の杖を使っていた。忘れていた。
「【血鎖突】」
彼女の足元に少しずつ溜まった血溜まりから鎖が現れる。
これがソラに向かって飛び掛かる巧の横を素通りし、峰さんへと向かっていくのを僕は炎の壁を詠唱破棄し防ぐ。
「【幻霧】」
その峰さんが呪文を唱えると、彼女の杖の先端から霧が立ち込める。光の屈折を利用して幻影を生み出す霧だ。
自分の幻影と連携して距離を詰め、ブレードトンファーを振りかぶると、僕の攻撃が彼女の再び持ち替えた両剣に受け止められる。
その隙に横から巧が火を拳に纏い右ストレートを放ちつと、彼女は僕とのつばぜり合いを維持したまま反対側の刃でこれをも受け止めて見せた。
「くっ……なんて、強さだ……」
「おま……男二人と、鍔迫り合いで拮抗する、とかっ!マジでゴリラかよ……っ!」
巧の籠手と僕のトンファーが、彼女の剣との摩擦で不協和音を奏でる。
そんな中でナチュラルに暴言を吐く巧にソラは鋭い目を向けると、一際低い、ドスの利いた声で呟いた。
「ぶち殺すぞ」
ソラの眼の奥が妖しく緑色に光り、魔力が眼に集まっていく。何らかの攻撃魔法の前兆を察知した僕は、咄嗟に巧を護るために呪文を唱えようと口を開き、そこで気づく。
この距離の近さでは防御魔法を展開できない。
「巧、避け――」
「――【ゴルゴンの眼】!」
至近距離で目ビームを放たれ、これを受けた巧が吹き飛ばされる。
同時に鍔迫り合いの均衡が崩れ、僕がバランスを崩した所に反転した逆刃が襲い掛かり、腕に消えない切り傷が刻まれる。
「ぐうっ!」
剣の側面で叩かれ、皮膚の溶ける感覚に怯んだ所に詠唱破棄された光の玉を腹に撃ち込まれ、自分の身体が宙を舞う。
床に身体を打ち付けると身構えた所で、突然水の塊が僕を包みその勢いを殺していく。峰さんの魔法だ。
さっきもずぶ濡れだったのに、またびしょびしょになった自分の身体を自覚したところで水が瞬間的に蒸発し、思わず尻餅をついた所でソラの声が霧の向こうから聞こえた。
「ねえ巧」
「ああ!?」
「お前生きてこの病院を出られると思うなよ」
色々と懐かしいような、意味合いがあの時と違っているような。
そんな言葉が彼女の口をついて出たと思うと、彼女の輪郭が歪んだ。
「うおっ!?」
巧の目の前に現れたソラが斬り払う動作を見せ、これを受けるべく巧が拳を構えた瞬間、彼女の姿が消える。
鮮血が舞い、巧が前のめりに倒れる姿を視認した瞬間、ソラがバシュッ!と音を立てながら眼前で剣を振るう。
咄嗟にガードしようとしたところ彼女の姿が同じ音と共に消えるので、咄嗟に前にダイブすると剣が空振りされた風圧を背中に感じられた。
……これはもしや。
「空間転移か!」
峰さんの前に現れたソラに対し、火の玉を放ちけん制すると次に彼女は起き上がった巧の背後に出現する。
こいつ、ソラの変なスイッチを入れやがった。
「うおおおっ!?」
かろうじて上段からの振り降ろしを籠手で受け止めた巧に対して、両剣を反転させて下からの切り上げが襲い掛かる。
ブーツで無理やりこれを受け止めた巧が勢いを殺し切れずにバランスを崩した所に、再度反転された両剣が上段から振り下ろされる。
「【吸引】!」
峰さんの魔法により、巧が一気に彼女の下に引き寄せられ紙一重で回避する。
彼女の姿が消えると共に峰さんは泡のようなバリアを身に纏い、巧が体勢を立て直した所でソラが僕の目の前に出現する。
「【炎の波動】!」
自分を中心に、炎の衝撃波を全方位に展開する。
まともに被弾したソラが大きく吹き飛ぶと、くるりと空中で一回転し彼女は地面に着地して見せた。
また彼女の姿が大きな音と共に消える。視界の中に彼女はいない。背後にも気配はない。僕の記憶が正しければ、彼女が地属性の魔法を使う場面は見たことが無い。血溜まりが床にあればワンチャン未知の魔法を使われて血の海に潜伏されている可能性もあるけれど、僕のいる場所に血痕はない。
と、言う事で、ソラがいるのは消去法で上だ。
「ぐっ!」
「さすがに今のは読めたよ、ソラ」
無言で上に向けて銃を放つと、鋭く金属がぶつかり合う音を追うように転移音が聞こえ、彼女の姿が僕の前に現れた。
無言で振り下ろされる剣を銃の側面で受け止め、蹴りを入れると彼女の身体が吹き飛ぶ。
「オラァ!」
飛び起きようとした彼女の足元から、炎が噴き出すと彼女の身体が突き上げられ、そのまま天井を破壊する。
巧の魔法で上の階へと吹っ飛んだソラを最後に、ロビーがシンと静まり返った。
「……あいつ、降りてこねえな」
「だね」
ヒリヒリとした痛みが肩に広がる。
いつの間にか斬られたのだろうか。あの剣は確か呪いが掛かっていたはず。つまり魔法では治らない。
「回復、してるのかも」
そう言うのは峰さんだ。
確かに離れた隙に回復しているという可能性はある。
彼女は光属性だ。回復魔法も多少は使えるはず。
「上、行くか?」
「そうするしかないね。長居されてもきついし、逃げられたりレメディの所に向かわれたりしたらマズい」
僕たちは上を見上げる。さっき落ちてきた穴とは場所がかなり違うとはいえ、階段を上る間に4階に移動されても困る。
僕たちは互いに目くばせをし、無詠唱魔法を使いソラが吹っ飛んでできた穴に向かって飛びあがる。
「固まって動こう。各個撃破されるとまずい」
巧と峰さんは力強く頷く。
まだまだ二人には余裕がありそうだ。




