257. 貴方の相手は私じゃないわ
『援軍ヲ防グタメニ用意シタ部下共ハ、モウ突破サレタノカ……』
抑揚の無い合成音声に反比例して、アトモスはあからさまに呆れ返る仕草を見せた。
「僕はほとんど何もしていないよ。あの変な剥製が何とかしてくれた」
『ヨク言ウワ』
「あ、アレねー。なんかカプセル内部の魔力反応が急に上がったなと思ってたのよ。貴方の部下は死にはしないから安心してもいいわよ」
『イッソ死ンデクレタ方ガマシ、ネ』
「あれの中身は食欲を持った培養液……いや培養ゲルなのよ。食欲って言っても実際に消化したりはしないから安全よ、魔力は吸うけど」
淡々と説明しつつ、レメディは欠伸をかみ殺して見せた。
『食欲ヲ持ツ培養液……差シ当タリ、カニバル・アクアト言ッタ所カ』
「正解。かつての大戦争で使われたカニバル・アクアよ。発明者は、旧き光の守護者、ピカザック・プレベント。殺さないってだけ感謝して欲しいレベルだわ。まあ、ただ殺される程度でも優しいのは知っての通りだとは思うけど」
『ソウダナ』
カニバル・アクア。
かつての戦争で開発された生体兵器で、形状は巨大なスライムだ。捕らえた敵の魔力を吸い続け、意識を刈り取る捕縛専門の人工魔物。
そう、僕は前に本で読んだ。
「その寛大な私に免じて、このまま降伏してくれない? 自分で言うのもなんだけど、私、姉上二人よりは良識派で通っているし。悪いようにはしないわ」
『ホザケ。貴様ラハ、最後の一人まデ、根絶やシニしてヤる!』
機械音声に混ざり、本人の声も聞こえてくるような絶叫と共に、その足元から血で出来たフレイルがレメディに対して勢いよく射出される。
ピンク色のリボンがこれに呼応するかのようにレメディの腕から伸びて血のフレイルを弾くと、跳ね上げられて天井の染みに変わったその血痕から真っ赤な蝙蝠が出現し、飛び立とうとした瞬間にそのまま床に叩きつけられるように落ちる。
「あのね。私に血操術で勝てると思ってるの? 私貴方なんかよりもよっぽどプロよ?」
『ウルさイ!』
床の血痕から血の噴水が湧き出ると、これがアトモスを飲み込み巨大な水球に変化する。
「それと悪いけどね、言っておくけど、貴方の相手は私じゃないわ。【地形隆起】」
レメディの呪文で床に大穴が開くと、水球ならぬ血球がアトモスを捕らえたままその大穴に投げ込まれる。
レメディは僕に向かってゆっくりと頷き、僕はその大穴に向かって飛び降りた。
飛び降りた先に風魔法で落下速度を殺して降り立ち、周囲を確認して気付いたが、どうやら一階の受付ロビーに辿り着いたらしい。
上を見上げれば、天井の大穴が塞がっていく。
「ソ……アトモス。もうこんな事はやめるんだ」
血の海に沈んだ彼女にそう言って、僕は武器を剣に持ち替えて切っ先を向ける。その血の海が独りでに蒸発していくと、彼女はゆっくりと立ち上がって見せた。
『コノ程度デ、私ノ計画ハ揺ラガナイ』
彼女もまた武器を手に取り、構える。
「ソラ……!」
『実ヲ言ウト、私――ウチ少シダケコノ瞬間ヲ楽シミニシテ居タンダヨネ。普通ニ考エテ、当組織幹部ガ軒並ミ膝ヲ着ク程ノ逸材ガ、気ニナラナイ訳ガナイ』
覚悟を決める。
一度、ソラを倒さなければ、彼女は決して人の話なんて聞かないだろう。
『サ……ウチラガ始メタ、コノ茶番。ソロソロ終ワラセヨウ。コレ以上ノ問答ハ、時間ノ無駄』
「そうだね」
その点だけは、僕も同意だ。
もう一刻の猶予もない。モタモタしていると宇宙警察やほかのギルドメンバーがやってくる。そうしたら彼女は助からない。
だからまずは、僕がアトモスを叩く。
話はそれからだ。
一分一秒でも、今は惜しい。
「――【レインボーショック】」
「――【邪月斬】!」
両剣から虹色の衝撃波が放たれると共に、僕は三日月のカッターを放ち攻撃を仕掛ける。光と闇が互いに相殺した所で、僕は間合いを僅かに縮め次の一手を即座に打つ。
「【上昇葉風】!」
「【変わり身】」
広範囲に木の葉を出現させて巻き上げ、範囲攻撃を展開する。これをアトモスが変わり身で回避した瞬間、遠く離れていたはずのアトモスの刃が突然目の前へと延び、これを何とか剣で受け流す。
動揺している所にくるりと反転した両剣がしたから切り上げるように迫り、自分の剣が跳ね上げられバランスを崩したところで鋭い蹴りが自分の腹部に入り、自分の身体が吹き飛ぶのを感じた。
今のは、あまりにも速すぎる。もしかして前に言われてた『光閃』か。
壁に激突する前にくるりと空中で回り勢いを殺しながら着地すると、アトモスは光の玉を無数に出現させておりこれが一斉に此方へと飛来する。
その中でも自分に当たりそうなものだけを剣で切り伏せた所でアトモスが手を翳している姿が見え、慌てて回避をした所にレーザー光線が幾つも飛来する。
『【螺旋光】』
「【ウインドブーマー】」
アトモスの放つねじれた光の束を風の大砲で迎え撃つと、二つの魔法が衝撃で真上に撃ちあがり天井のモニュメントに衝突する。
落下する瓦礫に風邪魔法を当ててアトモスに向けて吹き飛ばすと、彼女は半歩引いた姿勢から両剣を投げた。投げられた両剣は凄まじい速度で回転しながら瓦礫を両断すると、そのまま腕を翳したままのアトモスが詠唱を行った。
『【臍帯結合】』
彼女の翳された袖口から勢いよく血の鎖が射出されると、回転する両剣に絡みつく。
血の鎖を彼女が手掴みし引き寄せると、繋がっている両剣が突然その軌跡を変え、こちらへと迫る。
「なっ!?」
ヨーヨーの様にしなるその軌跡に剣を向けるが、繋がれた両剣の遠心力が更に両剣本体の回転力と掛け算を起こし、物凄い破壊力となって襲い掛かる。
その衝撃に耐えきれず自分の剣が手から吹き飛ばされ、遠く離れた床へと突き刺さると、既に手元に両剣を手繰り寄せていたアトモスが剣を構え、その姿勢を下げた。
まずい。
『【光閃】』
「――【パリイング】ッ!」
光の速度であるその一閃を間一髪で受け止めると、彼女が僅かに息を呑んだことが息遣いで分かった。
弾かれた両剣に釣られてアトモスがバランスを崩した所に、僕は武器で突きを放つ。
「残念だったね、ソラ!」
『ガ、ハッ……』
「僕の近接武器は、剣だけじゃない!」
かつて僕がソラの武器屋で買ったブレードトンファーが肉に埋没し、血が噴き出す感触が腕を伝う。
そのまま詠唱を破棄しゼロ距離で風の大砲を放つと、彼女は大きく吹き飛び壁に叩き付けられ、その衝撃でバウンドし床に倒れ、そのタイミングで仮面が床に落ちる。
「……ぅ、ぐっ……【回復】、【反復】」
僕が刺し貫いた腹部に回復魔法を掛けながら、アトモスが……ソラが立ち上がる。
「少しは目が覚めた?」
「今のは効いたわ……」
風の大砲でズタズタになった外蓑を脱ぎ捨てると、その下になぜか着込まれていた制服が顕わになる。
ソラの右腕には縦向きに切り傷がついており、そこから流れた血が途中で形状を鎖に変えていた。
やっと見る事の出来たその表情はどこかやつれていて、少し顔色が悪く見える。血液魔法のせいだろうか。しかしそれにも関わらずソラの眼は光を失わず輝いていた。あの光は、怒りと憎悪と、覚悟によって得られているものだ。
「それとも、まだ目を休ませているのかな」
「……ナメてたのは、この際否定しない。もう少し真面目にやるね」
そういって彼女は背筋を伸ばすと、その足元に紫色の魔法陣が浮かび上がる。
「【スーパーアーマー】」
毒々しい紫色の光が、その全身を一瞬包む。痛覚遮断の魔法。
そして彼女が武器を握りしめた瞬間、病院の玄関口から人が走ってくる音がした。
「彗~!」
「待たせたな!」
ああ、来てくれた。
「ソラちゃん……!」
「やべえなこの惨状。お前ら二人でやったのかよ」
峰さんが悲しい声を上げると共に、巧が周囲を見回しながら呟く。
確かに戦闘の余波と言うか、ソラはレーザーとか放つし僕も範囲攻撃したりしていたから、ロビーがかなりズタズタになっている。
「ふうん。貴方の相手は私じゃないって、こういう事?」
「そうだよ。君の相手は、僕たちだ」
「上等。皇女殿下の首を刎ねる前に、三人斬れば良いだけ。ただのボーナスタイムじゃん」
ソラはそう言って笑った後、その武器で左手に斬り傷を刻む。右腕に続いて、左腕からも血が流れ出る。床に滴り落ちた小さな血溜まりが揺らぐと、ボコリと嫌な音を立てながら血が床から冠水し、溢れ出す。
「この呪剣は皮膚を溶かし、触れたら自然治癒でしか治らない。ウチが今付けた傷は、塞がらない。例え彗たちを殺す事になっても、自分の血が最後の一滴まで流れ切るその時まで、ウチは止まらない」
「止めて見せるよ、ソラの事」
「ああ」
「絶対に、止める!」
巧が籠手を構える。峰さんが杖を向ける。
僕も落ちていた剣を拾い上げ、改めてトンファーを構えなおす。
そして、ソラが一瞬顔を歪めると、深呼吸をし、全てを憎む目で血を吐くように、叫んで見せた。
「――止められる物なら、止めてみろ!!」
ここで、絶対に。
僕はソラを救う。




