256. 挟み撃ち
院長室があるのは4階だ。
襲撃が起きた今、エレベーターや転送装置の類は全て機能を緊急停止している。
だから階段を走って降りるしかない。
「巧……は、ダメか。峰さん!」
走りながら巧に再度連絡を取ろうとするが、繋がらない。
『もしもし?』
「ああ良かった。峰さん、巧から聞いたかも知れないけど予測が外れて今病院が襲撃を受けてる、僕は4階の院長室に向かうからできれば巧と合流してこっちに来てほしい」
『えっ!?』
閉じられた分厚い扉を無理やり開けて非常階段をコッソリと降りつつ端的に伝えると、峰さんから驚いたような声が上がる。
まだ巧から連携出来ていないのか。
「ソラが院長室狙ってるかも知れない」
『わっ、分かった!すぐ行く!』
峰さんとの通信を終えるころには、5階の踊り場まで降りる事が出来ていた。一つ下のフロアが手術室かなんかと院長室のはずだ。
足音を殺しつつ慎重に4階まで降り、扉に耳を傾けて非常階段の外側の気配を探る。
……そこそこ人が居そうだ。どうも僕の危惧していた事が現実となってしまったらしい。
しかしそこはレメディと言うか、どうも彼女は彼女でしっかりとした防衛策を準備していたようで、扉を開けてまずは院長室への目印となるナースステーションへと向かった所で、僕は思わず目を丸くした。
「なんだこれは……」
院長室へと続く道を遮るのは見覚えのある魔獣たちだ。
僕の記憶が正しければ、それは間違いなく院長室に飾られていた物のはずだが。
「ゴルルル……」
「ブヒヒヒィン……」
「ば、ばっ化け――」
燃え盛る鬣のライオンが敵戦闘員に飛び掛かると、敵が魔獣に杖を構え、手あたり次第に魔法を乱射していく。
どう見ても暗黒魔法であったそれが齎す甘い邪術の香りに、首の裏の毛がゾクリと快楽を求めて跳ね上がる。
そして邪術が魔獣の首を吹き飛ばした瞬間、その断面から青いゲルが噴き出し、宙を舞ったその首を絡みとって見せた。
敵が動揺している隙を見逃さなかったもう片方の魔獣ーー左右の目が明後日の方向を睨んでいるペガサスが突進攻撃を仕掛け、敵がこれを寸での所で回避して見せた。
「畜生、どうなってやがる!?」
よく見ると、魔獣たちの下半身は非常に気味の悪いことになっていた。
火炎獅子の足は地になど着いてはおらず、前足は腕と肘の間がありえない方向に、まるで紙でも丸めたかのように折れ曲がって自分の腹の方向に向いている。後ろ足に至っては伸び切っており、全く体重を支えていない。
ペガサスの方に至っては四足全てが膝を折っており、その硬い蹄は全く用を成していなかった。
代わりに支えているのは、腹部から漏れ出ているスライム状の液体……いや、もはやこれはスライムだろう。
間違いなく、こいつらは院長室に飾られていた剥製だ。
半透明な青いスライムが、剥製を被って黒装束共と敵対しているのだ。
まあ、そんなことはこの際どうでもいい。
大切なのは、今僕が完全に敵の背後を取っていて、敵が僕の事を眼中に一切捉えておらず、捉える気も余裕もなさそうと言うことだ。
僕はとりあえず銃を敵の背後に向けて、無詠唱で魔法を発動させることにした。
「――がっ!?」
「ぎゃああっ!!?」
脳内で風の大砲の魔法陣を素早く展開し射出すると、大きな音と共に敵が吹き飛ぶ。
その音にびくりと反応し、剝製スライムがペガサスの口から涎でも垂らすかのようにすかさずスライムの触手を伸ばすと、吹き飛んだ敵がそれに絡めとられ、絶叫した。
「うわあああああっ!?」
「なっ、不味い!」
「た、たす――」
風の大砲を反復魔法で再度放ってみると、流石に敵が回避しこちらに武器を向ける。
一方でスライムに捕まった方の敵は瞬く間に首までペガサスの下腹部――要するにスライム――に取り込まれてしまっており、その顔にもスライムが纏わりつく。
敵は一瞬スライムの中で苦しそうな表情を見せると、このまま意識を失ってしまった。
「く、くそ……化け物屋敷かここは……」
剥製を被る必要性がもう無いと感じ取ったのか、スライムから剥製がぬるりと剥がれ落ち、床へと転がる。
スライムはそのままのそのそと廊下の奥に戻っていくと、やがて昔僕が決して触れてはいけないと警告されたカプセルの中に納まった。
これが、あのカプセルに触ってはいけない理由か。
今、あのカプセルの中は先ほど丸ごと取り込まれた敵が、傷もなく不気味に浮かんでいる。
まだまだ空のカプセルは幾つも存在している。
あれに触れたらどうなるのか、あまり想像したくない。
「クソッタレが!【世界樹の怒り】!!」
味方がスライムに飲まれ、SFファンタジーよろしく培養液(実際はスライム)にぶち込まれて眠るように微動だにしないことに明らかに動揺したDEATHの構成員が、ヤケクソと言った具合で詠唱し暗黒魔法のつるが伸びてくる。
これを僕は無詠唱で炎の壁を展開しやり過ごすと、敵が翡翠で出来た槍をこちらに投げつけるので、これを僕は大きく屈みこんで回避し銃撃。魔法銃で反撃する。
「【暗黒障壁】ァ!」
魔法弾を弾く黒い壁が展開される。
攻撃が通らない。
「暗黒魔術を思い知れ!【バイルソル】!!」
「【天地無用】、【貫通弾】」
暗黒の太陽が放たれる。
これに僕は飛び上がりつつ詠唱を行う。呪文は天井や壁を走れるようになる重力魔法だ。
天井に着地し、障壁を貫通する魔法弾を放つことで敵をけん制し、そのまま天井を走りつつさらに呪文を唱え畳みかける。
「【アクアバレッジ】!」
水の弾幕を展開すると敵のアクアン星人がこれを側転して回避。武器である槍をこちらに向けると詠唱分を絶叫して見せた。
「【破衝斬】!!」
槍が床にたたきつけられ、強烈な衝撃波が廊下を破壊しながらこちらに迫る。これは自力での回避は無理だ。
「【ウインドブーマー】!」
強引に床に対して風の大砲を放ち、その反動を利用し半ば吹き飛ばされるようにして後退し衝撃波を躱す。
こいつ、強いな。強いと言うか、暗黒魔法が厄介すぎる。暗黒魔法を交えた攻撃は、回避自体は出来るが、周囲への影響が大きすぎる。
そしてこの廊下はとても狭い。故に回避行動をとりにくい。だが迂闊に壁魔法で受けようとするとその威力に押し切られそうだ。
このままだと倒すには骨が折れそうだ。
でも、別にこいつを倒す存在は僕である必要はない。
「【反復】」
先ほど自分を吹き飛ばすのに使った魔法を、今度は敵に向けて放つ。
当然それに抵抗して留まろうとする敵に、僕は銃撃を浴びせて追撃を図ると敵は槍で器用に魔法弾を弾いていき距離を詰めようとして見せた。
「【畳返し】」
「……が、っ!?」
床のタイルとかを剥がして敵に向けて飛ばす魔法。
それを敵に向けてではなく、カプセルに向けて唱えると、敵の足元が丸ごと剥がれて、敵が転びカプセルに頭を打ち付ける。
その瞬間、カプセルの中の液体……スライムが、まるでガラスなど初めから無かったかのように蠢き熱い抱擁で戦闘員を出迎える。
そしてそれは必死に藻掻く相手の四肢に纏わりつき、叫ぶ暇も与えず、一瞬でカプセルの中に引き込んでいき沈黙させた。
それを見届けて、肩の力をようやくため息とともに抜く。そして再度気合を充填し、院長室へと僕は向かって見せた。
「レメディ!」
「ああ、彗。ちょうどいいタイミングで来てくれたわね――」
半ば蹴破るような形で院長室に侵入すると、レメディは自分のデスクに優雅に腰掛けながら、敵影と向かい合っていた。
「――アトモス」
見間違えようのない呪われた曲両剣。黒ずくめの装束に、場違いとも思える毛糸の手袋。
僕の声に反応して彼女が振り返ると共に、僕は右手に握りしめていた銃に魔力を送り始めた。




