253. 院長の告白
「アトモスが、襲撃を?」
その言葉に、自分の胸が締め付けられる。
「宇宙警察長を始末しようとしたのは私も驚いたわ。ましてやそれを再度試みようとしている事が分かった時にはね」
彼女はそう言って、椅子に大きくもたれかかり深いため息を吐く。
「アトモスの正体が判明したということは、あの組織におけるあの幹部の有効価値は地に落ちたと言うこと。本来であれば証拠隠滅のためにアトモス自身が始末されていてもおかしくないのだけれども、まだならず者の軍勢を引き連れて強襲なんてできると言うことは、まだブラッディアに有効価値を見出されていると思ってもいいわね」
「ゆ、有効価値って……」
「私も中身までは分からないけど、こうした無茶苦茶な作戦を指揮できる程度にはまだ力を持っているのよ。何が彼女にあそこまでさせるのかは、私自身も個人的には気になるわ」
「なあ、そもそもなんでアトモスは今までその正体が分からなかったんだ? それに正体がバレる事でなんの不利益が向こうにはあるんだ?」
巧が腕を組んで頭を捻りながらそう聞くと、レメディはああ、と小さく声を漏らした。
「アトモスは空間魔法の使い手であると同時に色覚に作用する正体不明の魔術を行使するのが特徴よ。空間魔法で逃げたり視界を妨害したりして今まで顔が割れなかった」
ま、視覚については本人の正体が分かったことでドライブモデルIgによるスキルと分かったけど、と彼女は小さく続けた。
「ソラちゃんのスキル、って?」
「視界のモノクロ化よ。今貴方に見えている世界が全て白黒に変わる。これが中々曲者でね、視界から色が失われた状態で目くらまし魔法とかされると文字通り何も見えなくなる」
そんなスキルを保有していたのは初耳だ。
魔法であれば、それに対応する魔法を使えば打ち消すことが出来る。
だがスキルの場合はそうはいかない。
「スーパーアーマーとかでゴリ押しされるとしんどそうだね」
「あー、ピンキーもそういえばアトモスがスーパーアーマー使ってたって言ってたわね」
ソラの事だ。
多少自分の身を犠牲に……いや、『多少』なんかでは無いか。
ソラは敵を倒せれば、自分自身のことなどどうでもいいと考えている節がある。
それは、ザントさんとの模擬戦の時に仄かに感じ取ることが出来た。
「でも、タネが分かっていれば対策はできる」
その肉を切らせて骨を断つ様な精神は、ソラ自身が回復魔法を使える事から来るのか、それとも。
「そうね。今回の場合はこれを貴方達に渡しましょう」
そう言って、レメディは目の前のテーブルに手を翳すと目の前に注射器が3つ出現した。
「……これは?」
「父上の契約する天使を解析して作成したスキルキャンセラー。敵にスキルを使われたら、これを打つことでそのスキルを中和出来るわ」
彼女の言うお父上とはカーゼル皇帝その人。
確か、トンプスの依頼で見た時の天使の権能は、スキル無効化。
ーーああ、そう言えば本当は今日、トンプスのライブを皆で観に行くはずだったな……
ふとそんな事を思い出して窓の外に目をやると、横で巧がしかめっ面をしながら小さく唸った。
「注射ってマジかよ……せめて飲み薬とかにはならねーのか……?」
「痛くないから大丈夫よ。これ皮下注だからお腹にぶっ刺してね」
峰さんも少々怖い顔になっている。
僕も顔が強ばっているかも知れない。
「彼女の顔が割れることによる不利益。まず第一に彼女の身元が分かるようになった。身元が分かれば指名手配ができる。使用しているドライブが分かる。犯人に対する推察ができる」
レメディは一瞬間をおいて、口を開いた。
「実はあの組織の構成員で起訴に踏み切れた者の数はごく少数なの」
「……起訴?」
「あの組織に所属している人は、例外なくアトモスの手により『栄光と傀儡の宝冠』と言う暗黒魔法を掛けられているわ。これが構成員の起訴を非常に困難にしているのよ」
栄光と傀儡の宝冠。
曰く、対象者を洗脳する魔法であるとの事だが、その特徴は対象者の意識を奪うことなく相手の身体の支配権のみを奪うという点だとレメディは言った。
相手の意識をそのままに、言うことは何でも聞くようになる悪夢の魔法。その魔法を掛けられたら最後、意識が拒絶していても愛してもいない人と契りを結べるようになり、笑いながら最愛の人を葬り、術者の命令一つで高台からも逆立ちしながら飛び降りることができるようになる。
そして最も恐ろしいのは、何でも命令を聞けてしまう事から、暗黒魔法についても強制的に使用させることができる事。
それは使いたくないのに無理やり薬物に溺れるような物。たまたまアトモスは自分で律儀に構成員一人一人に魔法を掛けているが、その気になれば自分の手を汚さずに別の人に暗黒魔法使用のリスクを一方的に背負わせることができるのだ。そしてもう一つは、その暗黒魔法の中にはもちろん『栄光と傀儡の宝冠』が含まれている所だ。
その気になれば、アトモスを頂点にねずみ算式に被害者は加害者となり、被害者がますます増えていく。
アトモスがそう命じれば、孫世代の相手やさらにその先の末端にまで特定の命令を実行させることができる可能性がある。
「極端な話、その人が自由意思で反社会的活動に従事しているのか、操られているだけの被害者なのか、非常に分かりにくいのよ」
責任の所在が曖昧化する。
アトモスが悪いのか、別の構成員が悪いのか。あるいはそいつ自身が悪いのか。
それを知る者は誰もいない。
そもそも、アトモスの命令ではなかったとしても、中間にいる誰かの独断による指示かも知れないのだ。
そして最も恐ろしい所は、これをする事によって構成員たちは楽々と逃げる事が出来るのだ。
全ては指示されてやらされた事。
自分はやりたくなかった。だがやらざるを得なかった。
それが『栄光と傀儡の宝冠』と言う魔法なのだから。
自分は操られていただけなのだから。
「そんな底なし沼のような構図が、アトモスを中心に広がっているってわけ。一応、魔法で記憶を抽出することはできるけど……その時の思考や感情までは分からないしね」
その一連の説明に、僕たちは揃って絶句した。
そこまで……
そこまで、深い所に嵌っていた、なんて。
普段の姿からは想像も付かない、その周到で極悪な様相に、僕たちはただただ沈黙した。
「で、ここからが依頼よ」
長い沈黙の後、レメディはため息をついて口を開く。
「依頼事項は至って単純。強襲を仕掛けてくるアトモスを生け捕りにすること。最悪の場合は殺しても構わないけど、それは本当に最終手段。出来れば生きて捕まえて欲しいわねえ」
その言葉に、思わず瞬きをした。
「は? 捕まえる?」
「そう」
「それ、は……なんで私たちに?」
「私が個人的に彼女に聞きたいことがあるのよ。貴方達が生け捕りに成功すれば、私は彼女から必要な情報を聞き出した上で宇宙警察に引き渡せる」
峰さんの質問に対して、彼女は何も言わない。
それでも彼女がジッとレメディを見つめると、観念したかのように彼女は頭を抱えた。
「あの子が抱えている余罪を調べてみたんだけど、逮捕されたら良くて死刑。まあ恐らくは献体刑になるでしょうね。私はそれを避けたいのよ」
 




