252. 誘餌
「事件の資料ねえ……」
「あの時、何があったのか知りたいんです」
「と言っても、インターネットで拾える情報ほぼそのままだと思うよ?」
そう言うピーカブーの表情は暗い。
「なら、ピンキーさんとかに警察の資料とか貰ったりはーー」
「さすがにそれは無理だよ。事件の情報は遺族とかならまだしも、赤の他人には開示なんてできないと思うよ」
さすがに宇宙警察のトップなら何か知っているかと思って通りすがりのピーカブーさんを見つけて頼み込んでみたものの、その解答は芳しくない。
「それに、多分今ピンキーそもそも会えないんじゃないのかな」
「会えない?」
「検査入院しているはず」
彼がそう呟く。
その言葉尻は何とも硬い声で、思わず僕達は身構えた。
「入院?」
「DEATHの戦闘員に奇襲されたんだ。ピンキーも本人がかなり強いから大した事は起きていないけど、念の為に今日は日帰りでメタリック中央病院に検査入院だ」
奇襲、って……
その衝撃的なニュースに、最早あの組織がなりふり構わない攻撃に移行し始めている事が透けて見えた。
「だからどうにもならないね」
「……そうか」
「ありがとう。2人共、行こう」
彼に別れを告げてそのまま転送装置へと僕らは乗った。行き先はメタリック中央病院。
視界がぐちゃぐちゃに折れ曲がって行くと、やがて別の場所の風景が目の前で組み立てられて行く。
「この病院来るの二回目だな」
「うん」
「僕は三回目かな」
ピンキーさんは何処に居るんだろう。
内科、外科、救急?
「彗、ここに案内板が」
「えっ」
◇
1F…救急外来、薬剤部、会計
2F…消化器科、呼吸器科
3F…循環器科、神経内科
4F…院長室、中央手術室
5F…手術室、産婦人科
6F…呪術科、時空間魔術科
7F…泌尿器科、皮膚科
8F…耳鼻咽頭科、眼科
9F…脳外科、心臓外科
10F…整形外科、形成外科
11F…内分泌科、心療内科
12F…遺伝子内科、非魔人科
13F…検査室、魔物負傷科
14F…魔導器具科、毒魔法科
15F…古代魔術科、暗黒魔術科
16F~64F…一般病棟
65F…休憩所、レストラン
何かご不明な点が御座います場合は、1F総合カウンターへお越しください。
◇
「えっと……」
「さっぱりだな」
「うん」
病院がまさかの65階建て。どうやって探せばいいんだ。
「これ見る限りだとなんか地球の病院と変わらないんだね」
「魔法系の診療科と桁違いの病棟数以外はね」
峰さんの発言に僕はそう突っ込みを入れた。
「どうするよ?」
「うーん」
この状態では恐らく入院しているピンキーさんに会いに行くと言うのは難しいだろう。
何処にいるのか分からない。でもまだ手段がない訳では無い。
「……レメディに聞けばわかるかな」
「ああ、あの人」
レメディは、ギルド幹部であると同時にここの院長だ。ここの院長であるなら当然VIPの入院している場所も知らないはずがない。そして院長である以上、居る場所なんて限られてる。
「院長室に行ってみよう。そこでなら話を聞けるかも」
場所は4階だ。思えば、チュートリアル的なノリで受けた依頼も院長への届け物と言う内容だった。
記憶を頼りに4階へと向かい、4階の受付へと向かう。
……今思えば、どうしてこの階には病棟が無いのにナースステーションなんてあるのだろうか。ナースステーションだけがあるのはとても奇妙だ。それに、病棟とかナースステーションがある場所って普通、外来患者とかが中に入ってこない場所に隔離されているような……
そんな事を考えつつナースステーションへと向かい、レメディへの面会をお願いすると、受付をしてくれた看護師さんは首を横に振った。
「どうしてですか」
「アポイントメントが在りませんので」
「俺たちギルドの関係なんだけど」
「アポイントメントが在りませんので」
このままではレメディに会えない。
アポが無いとの一点張りだ。
どうしようかと考えていると、隣の峰さんが一歩踏み出し、絞り出す様な声で訴えかけて見せる。
「至急の用事で、アポ取ってる暇なかったんです」
峰さんが咄嗟に付いた言葉。
「き、緊急なんです。一分一秒を争うんです!」
「……はあ。少々お待ちください」
僕もそれに便乗すると、渋々と言った様子で看護師が丸いパソコンに何かを入力して行く。
程なくして、彼女の装備していたスカウターに着信が入ったらしく、何やら彼女は右手を耳元に当てて会話を始めた。
「……」
「……で…が、アポ………が……」
「……」
固唾を飲んで見守っていると、比較的早くその通信が切られたらしく、彼女は何とも複雑そうな表情を浮かべつつ此方へと向き直る。
「院長から面会の許可を頂きました。曰く、貴方々に指名依頼を出されるとの事です」
「ありがとうござーーえっ?」
「付いて来てください」
立ち上がった看護師は、よく見ると地球人とヤーテブ星人のキメラ人みたいだった。
地球人なら本来耳が有る場所には何もなく、代わりに頭に熊耳がある。
……色がスカイブルーだ。
「指名依頼?」
「詳細は直接お話されるとの事です」
「は、はあ」
僕たちはお互いに顔を見合わせる。
指名依頼。
正直会えると期待していなかったが、その対価となる依頼だ。
どんな事を言われるのだろうか。
「左右のカプセルには触れないでくださいね」
いつの日かと同じように立ち入り禁止の区域を抜けていく。
奥はまた懐かしい黄緑色の液体で満たされたカプセルが陳列されている薄暗い廊下だった。
「相変わらず怖い……」
「お前こんなきめえ所良く前に来れたな」
「ねえ、あれは?」
峰さんが指さす先はいつか見た気がする脳みそとカニのキマイラ。
「あれは地球人の脳とカニを融合させたキマイラの一種です。嘗ての大戦で使われた生物兵器です」
「うわあ……じゃああれは?」
次に指されたのは銀色の皮膚を持った爬虫類に近い何かの頭。
本来首があるべき場所には、代わりに蛆虫みたいな何かが大量に蠢いていて、かなりキモい。
「あれは水中戦を意識して作られた、烏賊とドラゴンのキマイラの幼体です。用途は先ほどのと同じく戦争用だったとの事です」
「うげぇ……」
イカとドラゴンって、ミックスするとこんなに気持ち悪いことになるんですか。
しかも何か目が合ったし。
「着きましたよ」
扉が開く。
院長室には相変わらずライオンの敷物とペガサスの剥製があったけど、今回は新たに不気味な生き物が応接セットの上に乗っていた。
なんというか、半分シャット星人で半分タコのような。
具体的にはマヨカの顔に白いクチバシを生やし、タコの足を首のあるべきところにそのまま付けたような、不気味な生き物だ。
「よく来たわね」
席から声がするので其方に目の焦点を合わせると、そこに居たのはレメディだった。
何やら触手みたいなリボンを操って本棚を漁っていたらしく、机の上には幾つか本が積まれている。
「では私はこれで失礼するわ」
「蕚教授に宜しくね」
奇怪な生き物がゆったりと宙に浮くと、バツン!と大きな音を立ててワープして消える。
「い、今のは……」
「ああ、今のは私の友達の蕚教授の開発したキマイラよ」
「キマイラ?」
「蕚教授はキマイラ研究の第一人者でね、あの子は高度知的生命体として初めて人権を付与された人工キマイラでイーティって言うのよ」
人権を持つ人工合成魔獣。
突然のパワーワードに目眩を覚えていると、彼女はリボンで本を丁寧に本棚に戻していき、此方に向き直った。
「それで、ご要件は?」
その言葉に僕たちはハッと我に返る。
「あ、うん。実はピンキーを探していて」
「ピンキー?」
「実は……」
掻い摘んでだが、僕たちは事情をレメディに話すことにした。
アトモスの事。天野空の事。そして彼女の持つ憎しみの原点を調べる事にした、という事。
僕たちが話し終えるのを待ち、彼女はゆっくりと目を閉じて深呼吸をして見せた。
「事情は理解したわ。まさかそのために宇宙警察のトップに会うと言う選択肢を思いついて口八丁手八丁でこの院長室まで押しかけてくるとは思わなかったけど……」
貴方たちの行動力というか、その勢いに免じて私なりに協力出来ることがあればそうしましょう。
そう言ったレメディは深いため息を付くと腕を組み、こう続けた。
「まず、ピンキーはここにはいないわ」
「え?」
「ピーカブーにその情報を聞いたのでしょう? ならそれは私たちが意図的に流している偽の情報よ。本人は別の場所にいる」
淡々とそう告げる彼女の意図が分からない。
それをする理由についても理解できないし、それを僕たちに告げる理由も。
「な、なんでそんな事を……」
「そんなの簡単よ。もう一度襲撃する計画を私たちは察知しているのよ。そしてその実行犯は貴方たちが追い求める人ーーアトモスよ」




