249. 届かない言葉
頭が痛い。
あの後ギルドに我ながら朧気な足取りで戻り、伊集院くんの部屋に事の顛末を報告したが、彼の返答は冷ややかな物だった。
「アトモスが潰すには惜しい人材なのは同意するが、随分と大口を叩いた割には想定通りだったようだな」
「……想定、通り……?」
何を言っているのか、理解出来なかった。
「今回君がアトモスを引き込むことが出来るとは端から思って居なかったからね」
「なっ……じゃあ、どうして僕にあんなことを聞いてきたんだ!?」
彼は、今回僕にこう投げかけてそれに僕は乗ったのだ。
天野空を救いたいか、と。
もしかしたら何かの間違いかも知れない。
騙されているだけなのかもしれない。
もしくは、なにか脅されていたりして利用されているだけかもしれない。
そう思って、藁にもすがる思いで、偽アトモス作戦に乗ったというのに。
「どうして、って。そりゃああれだけ有用な諜報員なのだから、引き抜けるならそれに越したことはないだろう? 彼女が此方に寝返ってくれれば彼女を始末する必要もなくなるし諜報部員が増えるし、一石二鳥だ」
「……」
唖然として、言葉も出ない。
伊集院の言い方は、あんまりだ。
「まあでも今回引き抜ける可能性が薄いのは何となく分かっていたし、今回君が乗ってくれたお陰で彼女があの組織にいる動機が分かったのは収穫だったから、別に君の動きは無駄じゃない」
「ふざけるな!!」
伊集院の机を思い切り叩くと、彼は椅子に腰かけたまま、キョトンとした顔でこちらを見上げる。
「なんでそんな……なんでそんな事を言えるんだ……僕達は、曲がりなりにも一緒に過ごしてきた友達だったじゃないか……!」
何とか絞り出せたその言葉に彼はぱちくりと瞬きをして、おもむろに頭を掻く。
「そうは言ってもなあ……元々俺があの学校に潜入したのは、彼女にアトモスの疑いがあったからみたいな所あるしなあ……」
「……そんなに、昔から疑ってたの」
「他にも何人か疑いのある人は居て、そいつらにはこないだ君にみせた式神もどきを使って見張っていたんだけどな。確信したのは蠍に電車を襲わせた後のYとこなの報告かなあ」
「マジかよ……」
まさか、そんなに前から狙いを定めていたとは。
「確信が確定に変わってのは君が天野さんを解放した時かな」
ほら、まだルナティックが健在だった頃に、エリアYの防衛基地を破壊しに行った事があっただろう。
そう切り出した彼の表情は、まるで昨日の授業中の話でもするかの様な、至って普通な顔だった。
「あの時にアトモスが施設内に紛れ込んでいて、その時に上手く切り付けて血液サンプルを得ることが出来たんだが、彼女が解放されてレメディの所で検査入院させた際に血液検査したらDNAデータがマッチしてな。あの時点でアトモスの始末は決定事項になっていたかな」
なんで平然と居られるのだろうと思っていたら、そもそも前提が違っていた。
最初から狙い撃ちだったわけだ。
「それだったら……どうして、教えてくれなかった。ウェルドラを捕まえた時とか、資料に何も載ってなかったじゃないか」
「あの頃はまだ確定ではなかったし……それに、正規職員ならまだしもただのギルド会員である君にそこまで機密情報を話す必要性も無かったからね」
ズバッと切り捨てた彼は更に駄目押しを重ねる。
「それに、君に彼女がアトモスだと仮に教えたとして、君には何が出来るんだい?」
「ソラを説得した!!」
「今説得に失敗したからそんな泣きそうな顔をして帰って来ているのだろう?」
「だっ、それはっ、そのーーソラも、奇妙な事を言っていたんだ。伊集院くんが、弟を殺した、とか!」
「天野大河くんか。殺したりなんてしないが、彼は間違いなく俺の目の前で焼死したね」
「殺してないなら、なんでそう主張しないんだ!!」
「俺の言うことを素直にハイそうですかと聴くと思うか? そんな殊勝な奴ならあの歳でテロ組織のナンバーツーになんて上り詰めないぞ」
「っ……!!」
何を言っても、届かない。
ソラにも。伊集院くんにも。
こういう時の彼は、とても冷たい。
いや、ドライなのだろうか。それが僕をますます傷付けた。
「君は残念ながら今冷静では無い。今日は帰って、さっさと寝ろ。頭を冷やしてこい」
「……っ、失礼しました」
伊集院くんに用意された言い訳が在ったから、僕は逃げるように部屋を出て、エレベーターに乗った家へと戻った。
家に帰ってから、ひたすら部屋に閉じこもって居た。ただ母さんに心配掛けられないから、ご飯は食べたけど。
お風呂に入っている間も同じ事ばっかり考えて居た。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
今まで僕たちが見て来た天野空と言う人物は幻だったのだろうか。
僕がまだ右も左も分からないでただがむしゃらにルナティックと戦っていた時も、ソラはアトモスとして暗躍していたと言うことになる。
……明日も幸い、学校がある。明日ソラに会って話をしよう。
そう思っていたけれども。
「……あれ? 今日はソラ居ないの?」
「あ、うん。珍しいよね、来てないなんて」
僕が教室に来ると佐藤くんがそう言って僕を迎えた。
思えば、佐藤くんも初めは何か濃いキャラの人間が沢山居るこのクラスの雰囲気に戸惑っていたけれど、すっかり慣れたみたいだ。
「いつもはもう来てるのにな。寝坊かな?」
「かもね」
ソラは伊集院君ほどでは無いけど、やはり頭の良い生徒だった。運動もそれなりに出来るし。
クラスでは比較的大人しいと言うより無気力に近い伊集院とは違って、ソラは率先して先頭に立ちクラスを纏めたりして学校を楽しんでいたように見える。
ちなみに無気力な方は大人しく読書をしているーーと見せかけて、あの目線の動き方はおおかた透明化させたスカウターで何かを眺めている。相変わらずだ。
「星野」
「うん?」
僕は下の名前で呼ばれる事が多いから、クラスメートに名字で呼ばれるのは何だかくすぐったい。
「なんか、悩んでるだろ」
「え?」
「表情に余裕がないよ」
そう言って、佐藤くんがマジマジと見つめてくる。
「そんな事ないよ。昨日寝てなくてさ」
実際そんな事有るけど、寝ていないのも事実。だから頭が痛い。
「無理、すんなよ」
「あ、うん。ありがと」
「よう彗」
「おはよー。あれ、ソラちゃんは?」
そんな中で、巧と峰さんが登校して来た。
ああ、この2人にも、何と説明したらいいのだろう。
グルグルと、頭の中で思考が巡る。解決策の無いまま、沼に溺れていく。
僕はどうすれば良いのだろうか。どうすれば、彼女を救えるだろうか。
伊集院くんたちに、始末される前に。




