24. スパイダルート
「私はここの名物のハーブティーを飲みながら待つ事にしよう。スパイダルート、頼んだぞ」
そう言うと彼は何やら呪文を唱え椅子ごと空中へと飛び去った。
そして木の根の化け物は、それに答えるかのように低いうなり声を上げると、その太い脚で思い切り辺りをなぎ払い攻撃をしてきた。
「うわっ!」
とっさにしゃがむようにして回避すると、先ほどまで自分の頭のあった場所を場所を鞭のように根っこが切り払っていた。
空を切るその音が尋常ではなく、本能的にまずい状況である事が伝わってくる。これは早く何とかしないといけない。
「【ファイアリフト】!」
樹木が火に弱いのは鉄則だ。僕は火の玉を作り出しそれを怪物へと投げつけると、被弾した怪物の動きが一瞬鈍る様子を見せた。
「よし!」
次の攻撃を出す雨に腕を突き出した瞬間、その隙を突かれて再び強力ななぎ払いが襲い掛かり、よけきれなかった自分の体が空中へと持ち上げられた。そして、間を入れずに追撃の根の束が地面を突き破り音を轟かせた。
「ぐっ、【炎の壁】!」
迫り来る塊を炎の壁でやり過ごし地面に着地すると、地から憤怒した大樹が噴き出し僕を刺し殺そうとする。下から突き出してくるそれを避けるだけで精一杯で、攻撃に時間を割く暇が一切ない。
「踊れ踊れ、逃げろ逃げろ。ハッハッハッハッハ!」
このままでは僕だけが消耗してジリ貧だ。こうなったら空中に逃げるしかないと判断し、僕は先ほどマヨカに教わった無詠唱魔法を使うため地面に一瞬屈みこんだ。
無詠唱魔法、【スプリングジャンプ】!
無詠唱魔法の呪文を強く念じ大地を踏み蹴ると、魔法が上手く行ったのか僕は空高く飛び上がる事に成功した。
「ピンポイントで……」
一番木の根の結合が弱そうな部分を空中で確認し、再び腕を敵に向かって突き出した。
「ファイアリ――――うぐっ!」
一瞬何が起きたか分からず、無理やり自分の身体を地面から起こした。文字通り頭に割れそうな痛みが走ったかと思ったら、僕はどうやら地面に叩きつけられていた様だった。
巨大な根が上から叩きつけてきたのだ。
「くそっ……」
僕が血を吐き捨てると同時に、次は種が弾丸のようにスパイダルートから僕へと放たれた。
「どうだ、そろそろ合体したくなってくる頃だろう?」
「ふざけるな」
「所で、君はいつまで踊るつもりだ。そろそろ飽きてきたぞ」
スマートの言葉一つ一つがカンに障り、正常な思考力を持って行かれる気がした。
「くそっ!」
銃で幾つか攻撃を加えても平然と攻撃してくる化け物に僕は焦っていた。さっきから攻撃をコンスタントに当てているのに、一向に向こうは倒れる気配がない。
何か策を講じないと、僕もあの種に寄生されてあの化け物の一部になってしまう。それは避けたい。
「どうした、体の動きが鈍ってるぞ?」
「うるさいっ!」
幾ら中学校でサッカーをして鍛えていたからとは言え、流石に息が上がってきた。
「おお、今時の地球人は言葉遣いが荒いな。みんなそうなのか?」
余裕があったらスマートにも絶対攻撃しているのに。
「ぐあっ!」
一際痛い凪払いが背中に衝突すると、僕は草の上をザザザと滑るように転がり地に突っ伏していた。
……草?
「ファイ……うっ」
肺の辺りがズキズキと痛み、呪文が出てこない。肋骨でも持って行かれただろうか。
「スパイダルート、そろそろご飯の時間だ」
「えっ?……うわっ!」
起き上がろうと腕に力を込めていると、その間に忍び寄ってきていた細い木の根に足首を掴まれた。
「初歩魔法のみしか使ってないにも関わらずなかなかだった。だが君が傷を負った時点でエサとなる運命は決まってしまったのだよ」
「くそっ」
自分を締め付ける根に銃を向けるが、大した威力がなくビクともしない。
「さようならだ」
僕の足を掴んだ根が本体の絡まった蜘蛛の前に持って行かれると、根と根の間に裂け目が現れ、改めて口らしき物が姿を現した。
口は内部で根の先端が歯のように連なり、強烈な薬品臭を出す粘液でネバネバになっていた。
「くそ、離せ」
ゆっくりと焦らす様に僕の体は裂け目に近付いていく。
執拗な攻撃が止んだからなのか、それともスマートが黙ったからなのかは分からない。だがこれは間違いなく絶好の隙でもあった。
「【ファイアリフト】!」
口に炎を投げ込むと、根の化け物は低いうめき声を上げ暴れ出した。その隙に解放された僕は唯一の安全地帯である蜘蛛の真下に避難した。
「何が起きたのだ!」
僕は地に手をかざし、スマートを見上げてこう言った。
「少々環境破壊してもここは問題なさそうだよね。【炎の壁】!」
本来は防御魔法として使う火炎障壁の魔法。それを地に当てて使用する事で、一気に広範囲を燃やし尽くす。ここは一面びっしり草で覆われているから効果はてきめんだ。
「やった!」
燃え盛る怪物の足元から抜け出した瞬間、引火したその怪物はのた打ち回りながら地に崩れ落ち、沈黙した。
「……何という事だ」
その喜びも束の間、何時の間にやら後ろに回り込んでいたスマートの低く、危険な声に振り向き、銃を再び構えた。
「君はどうやら私を怒らせてしまったみたいだな」
彼はそう呟きながら長い鞭を取り出しそれを構え、地面を一回叩いてみせた。
「その対価、貴様の命で払ってもらおう」
流石に、連戦はキツいだろうか。彼の実力もうかがえない。だがこちらは消耗しているうえに、実力も見抜かれている。状況は宜しくない。
嫌な汗が額を伝った瞬間、聞き覚えのある声が村の転送エリアから聞こえた。
「そうはさせないわ!」




