243. 非常用エレベーター
「あの……」
「何?」
ツカツカと先頭をどんどん歩くハロさんに小走りでついていく。
高身長だからか、ストライドが大きくなかなか追いつくのが大変だ。
「ハロさんはどうしてここに来れたんですか? 空間閉鎖されてるのに」
「そんなの閉鎖されて無い場所から来たに決まってるでしょう? 地球人は頭も後進星なの?」
「あっ、そうですか……」
相変わらずキレ気味に食ってかかる彼女は、此方に視線も合わせない。
「この辺りを軽く巡回してみたけど、残念ながら電磁・空間閉鎖をしている機械は探知できなかったわ」
「はあ」
「上空は少なくとも1,000mまでは空間転移とかも出来なかったし当然何も浮かんではいなかったから、そうなると消去法でジャミングは下から発信されてると判断せざるを得ない」
「下?」
この鋼鉄の惑星の地下に、そんな物が?
「アンダーメタリックよ。この星の反対側」
「ああ……」
僕の察しの悪さに眉間を寄せながら盛大にため息をつくと、彼女はそのまま歩き続ける。
アンダーメタリック。
僕たちが今歩いている場所がコインの表側だとすれば、メタリック星はコインの裏側にも文化がある。
同じメタリック星だけど、表側と区別するために星の裏側を、アンダーメタリックと言う。
これはこの前マヨカから聞いた話だけど……
「確かアンダーメタリックって、なかなか治安が悪いんじゃ……」
「そうね。雑魚が迂闊に飛び込んだら生きて出られないかもね」
アンダーメタリックは軍事施設が多く立ち並ぶ火薬と鉄の摩天楼。
陽の光もあまり差さないその地表には、軍人の他に浮浪者やマフィア等が屯するという。
「ええっ……」
「建物の大半は軍事施設だけど、俗に言う『悪の組織』と定義される団体もここに拠点を構えていたケースも少なくないわね。それこそあの悪名高いAAAAもDEATHもアンダーメタリックのどこかにアジトがあるというーー」
視界の前に唐突に黒い影が現れると、同じく黒い影のような槍が目の前に出現し、勢いよく顔面目掛けてそれが差し込まれる。
これを僕とハロが咄嗟にしゃがんで回避するとハロさんの頭上が一瞬光り、その直後に影が横に真っ二つに分断されてそのまま弾け飛ぶように消滅する。
これは。
「どうやら噂のSTARで召喚できる人型のようね」
「そんなまさか……」
幸い人通りの少ない裏路地を通っているため被害は無いが、これは明らかに敵が近くに潜伏している。
すぐさま僕達は周囲を見回して警戒していると、ふと僕が見上げたタイミングで、見覚えのあるトルソーが遠い鉄塔の上に佇んでいるのが見えた。
あれは。
「アトモス……」
仮面越しの視線が絡み合い、僕がそう呟いた瞬間、その不気味なデザイナーが溶けるように姿をくらます。
「今なんて?」
「アトモスが、今さっきここを見ていた。あそこの鉄塔から」
指を指した先をハロさんは目を細めて注視する。
「光魔法使いって話は聞いているから、迷彩魔法をこの距離で唱えられたら追うのは無理そうね」
「うん……」
「私たちの任務はあくまでも空間閉鎖と電磁閉鎖を解く事だから。さ、アンダー行きのシャトルエレベーターはこっちよ」
本来であれば、空間転移やワープパッドを使えば一瞬だ。
ただし空間閉鎖でワープを封じられている以上、アンダーメタリックへと行くにはシャトルエレベーターを使う必要がある。
「やっぱりアンダーメタリックへのエレベーターって少ないの?」
「まあね。これは非常用の乗り物だから。ほら、着いたわよ」
X-CATHEDRAサウスタワー支部。
そう書かれた看板が天よりも高い鋼鉄のマンションの1階に存在していた。
「普通にギルドなんですね」
「当然でしょう。うちのギルドがどれだけメタリック皇室に侵食されてると思ってるの?」
そりゃあ、そうだけれども。
相変わらずとげのある物言いに内心腹を立てつつ彼女の後ろについて入ると、中は騒然としていた。
「なあ、転送できないと困るんだよ。アクアんで依頼があるんだが」
「この辺に宿なんて無いしギルドで雑魚寝はごめんだわ」
「あれ、あのヤーテブ星人って、もしかして……」
ハロはその喧騒の中央を突っ切る様にして渡り、受付にライセンスを提示した。
驚きの表情を浮かべながらも受付は頷きギルドの占有部へと彼女を案内した。
ハロはそのまま首で僕に付いてくるように合図を出し、僕も彼女の後を追う。
「そういえば、さっきの影を倒したのってどうやったんですか? 一瞬過ぎて何も見えなかったんですけど」
「どうって、武器で攻撃しただけよ。それ以外に何も無いわ」
エレベーターに乗って、地下……いや、地表へと向かう。
受付はエレベーターの前までしか案内してくれなかったので、エレベーターの内部は僕達2人だけだ。
鉄製のエレベーターは見た目は地球のものと全く変わらない。
唯一違うところがあるとすれば、それはたった今ピンポンと言う音とともにエレベーター内に流れたアナウンスだ。
[まもなく、無重力地帯へと突入します。無重力地帯突入後、およそ3.5秒で重力が反転します。ご注意ください]
「おおっ」
アナウンスが流れ終わると、自分の身体がふわりと宙に浮く。
だいぶ久方振りの無重力状態を堪能している傍から、突然頭の方角にガクンと重力が発生し、僕は盛大に頭を天井……いや地面に打ち付けた。
「アンタ、アナウンス聴いてた?」
「いたたたた……」
聞いてはいたけれども。
無重力状態になるまでが早すぎる。
そして重力反転までについても早すぎるだろ。
「ほんとこの先大丈夫かしら……」
首に全体重が掛かった事もあり、首の付け根からミシリと生命を脅かしかねない音が鳴ったのを、務めて真顔で我慢しつつ立ち上がる。
「うう……って言うか、ハロさんって空飛べたんですね……」
対するハロさんはと言うと、彼女はアナウンスが鳴り始めると翼を広げて宙に浮いていて、無重力状態になるや否やすぐ様に体勢を反転させてキッチリと備えていた。
「当たり前じゃない。私はヤーテブとαハブルームのキメラなのよ」
「えっ、その翼コスプレじゃないんですか」
「ふざけんなよ?」
そう言ってどアップで睨んでくるハロさんの目はとても鋭かった。なるほど言われてみると熊人間と梟のハーフと言うだけあってよく見るとその眼は猛禽類の眼だ。
そして翌々見てみると、天使のリングがとても鋭い事に気づいた。
「なるほど、そのリングでさっきは……」
「ふーん……よく気づいたわね。流石に目は節穴ではなかったみたいね?」
さっきの影を始末した攻撃は、間違いなくあの天使のリング……
いや、黄色いチャクラムから出た物だ。
「これは天使のリングに見せかけたチャクラムなの。元は銀色だったけど私が所々白と黄色に塗ったの。銀色の部分をワザと少しだけ残しているのは、そこに光を反射させて神々しさを演出する為よ」
「えぇ……」
「こんな格好をしていれば舐めて掛かってくる奴も多いから楽なのよね。ぶっちゃけあの糞カメよりはマシだけど、私自身幹部勢の中ではそんなに戦闘力高いわけでも無いから、狙われることもあるし引き出しは多くて困ることは無いわね」
つまり、このいかがわしい天使ルックは全て計算尽くなのか。
こなに通ずる何かを感じる。
「ほら、降りるわよ。ジャミング装置を見つけて破壊しないと」
彼女の言葉が終わると同時に、エレベーターの扉が開く。
ここからは敵地だ。気が抜けない。




