242. ハロ
「カオスーーじゃない、【鉄の壁】!」
暗黒魔術で敵を吹っ飛ばしたくなる欲求を抑え、鉄の壁を展開する。
その詠唱に合わせて何人かがグルリと首をこちらに回し、緩慢な動作で腕や杖を突き出す。
「【極夜吹雪】!」
「【メテオゴーレム】!」
「【獄雷撃】!」
禍々しい邪術が飛び交う。
正気を失った人達が互いに暗黒魔法を撃ち合い始め、詠唱と共にその顔を快楽に歪める。
「【反復】!」
吹き荒れる黒いブリザードと土砂で形成されたロケットパンチ。
それが此方に向けて飛来するのを確認し、鉄の壁一枚では部が悪いと判断し咄嗟に反復魔法で二枚目を展開。
それと同時に飛び退くと自分のいた場所に赤黒い稲妻が落ち、鋼鉄の地面に巨大なクレーターが出現する。
なんて威力だ。
ただの一般人でもこんな火力が出るのか。
「【魔封の波動】!」
咄嗟に魔封じの波動を放ち、周囲の人々の攻撃を封じる。無害化した所で辺りを見回すと、何人かはうわ言の様に呪文を唱え続けている。
この人たちは一般人。迂闊に攻撃できない。
「……さて」
それにしても、いきなり襲われるとは思っても見なかった。
周囲にはまだ暗黒魔法特有の瘴気にも似た何かが渦巻いていて、相変わらず自分の欲求が刺激される。
「……【コルモン、違法ドライブ】」
ブツブツと封じられた呪文を詠唱し続ける人達に向けて手を翳し、呪文を唱える。
手始めに目の前にいる地球人女性に対してそれを使った瞬間だ。
「ぎっ!?……」
ドライブが彼女の手を離れた瞬間、大きく彼女は目を見開く。
「ーーあぎゃあああああっああああああ!!!」
「うわっ!?」
この世の物とは思えない、断末魔と共に彼女は美しい金髪を鷲掴みにし、自らそれを引きちぎり暴れ出した。
「ちょっ、大丈夫ですか!?」
「あああっぎゃあああ!!」
慌てて駆け寄るが、彼女は四肢を投げ出し地面の上で暴れていた。
腕には地面に擦れた跡が出来、脚には痣が浮かび上がっている。
「どっ、どうしよう」
奪った禍々しいドライブに原因があるとしか思えない。
でもこれをまた返してあげるわけにも行かないし、でもだからと行って……!
「煩いわね。【強制失神】!」
詠唱の聴こえた方向に振り向けば、そこには見知らぬヤーテブ星人が居た。
放たれた失神の魔術で相手が沈黙したのを確認して、その人は近寄ってきたけれども。
「なっ、何奴っ……!」
「えっ」
僕はその人が此方に歩み寄るのに合わせて竜殺しの剣を構えた。
……だって、この人。
「怪し過ぎる……!」
頭の上に浮かんでいるのは何やら光り輝くリング。
背中からは純白の翼がその姿を覗かせており、白い体毛に全身を白いローブ。
要するに、天使のコスプレをしている。
真顔で。それが当然と言うような顔付きで。
「失礼ね。私をX-CATHEDRA広報部長と知っててそう言ってる?」
「広報……部長……?」
こんな見るからに悪い意味でヤバそうな人がギルド関係者……?
「チッ、これだから地球人は……」
その言葉に、一瞬剣を下げた事を後悔しかけたが、剣をしまった上で僕は改めて彼女に向き直った。
「えっと、ギルドの人とは思いませんでした。失礼しました」
「ギルド幹部の顔ぐらい覚えなさい。ああ、アンタの自己紹介は要らないわよ、その魔力でアンタがギルマスの代理って分かるから」
白い体毛に白いローブ、そして天使のリングに天使の羽。
完全に出来上がってしまっている電波な人だが、その表情は天使の微笑みとは程遠い。
あからさまに不機嫌そうに彼女は顔を歪めると大きくため息をついた。
「そ、そうですか……」
「大体気に入らないのよ。何でこんな地球人が魔力受け継いでるのかしら。何故ギルマスとサブマスに気に入られてるのか皆目見当もつかない」
「そ、そんな事言われても……」
「煩いわね。それが先輩に対する態度なの? 別にアンタに話しかけてる訳じゃないんだから黙ってて」
思わず肩が跳ね上がるような怒鳴り声に、僕は沈黙した。
なんでこの人はこんなにキレまくっているんだ。
その出所不明の怒りを僕にぶつけてこないで欲しい。
「そもそもピーカブーから入電して来てみれば……なんでここは空間閉鎖されてるのよ!おまけに通信もその後途切れるし!!」
「……」
「答えなさいよ!!」
「えっ!?」
なんて理不尽な。
あなた今黙れって言ったばかりでしょう。
それにそれはこっちが知りたいものだ。
「どうなのよ!」
「……なんか、僕が来たときには既にこうなってたし分からない」
「使えない。ホント使えないのねあり得ない」
「……」
そう言って彼女は目で天を仰ぐと大きくため息をついて頭を抱えた。
初対面なのに、なんて失礼なんだ。
この人苦手だ。見た目も中身も。
なんというかもう可能な限り近寄りたくないと言う第一印象が一瞬で形成されてしまった。
しかし、どうも彼女は僕の元から離れる気はサラサラない模様で。
「兎に角電磁閉鎖をまず解くわよ。あなた付いてきなさい」
「えっ僕が?」
「あなた以外に誰がいるのよ。あそこの違法ドライブで気が触れてる奴らを引っぱって行けと?」
「いや、そう言う訳じゃ……」
「なら御託はいいからさっさと来なさい」
有無を言わさぬ様子で彼女はそうがなり立てると、そのままツカツカと踵を返して歩き始める。
……あまり近寄るのはよそう。




