241.黒い端末
「えーと現在この一帯に施術者不明の空間閉鎖が掛かっています。現在施術者及び解除可能な空間魔術師を捜索していますので、御手数ですがお客様はそのままお待ちに――」
「ちょっと、こっちは保育園に居る子供を迎えにいかないといけないのよ!?」
「会議に間に合わなくなる!」
「さっさとラルリビに繋げろ!」
ふと現状を思い出して見上げると、係の人が頭を下げながら拡声魔法を使ってアナウンスをしていた。周囲からはブーイングの嵐だ。
「で、ですから空間閉―――」
「テメェ聞こえてなかったのか? さっさと繋げろ!」
「で、ですから今は施術者不明の空間閉鎖が……」
現場の混乱が収集付かなくなってきている。
復旧を待つのも手だが、別の転送エリアに迂回するべきだろうか。
ああ、もしくはスカウターで誰かに連絡して、ワープ魔法で送って貰おう。
そう思ってスカウターに手を伸ばして、電話しようとしたところで、とある事実に気付く。
「……スカウター電話が通じない」
電波が繋がらない。
僕の何気ない一言で言い合っていた係員とアクアン星人の男の人がピタリと口論を止めてこちらを見る。
「……そんなまさか」
「マジかよ」
彼らの様子を見たのか、周囲の人間も慌ててスカウターを起動確認をし出す。
「……繋がらん」
「ねえ、私たちもしかして電磁閉鎖されてる?」
「電磁閉鎖?」
「妨害電波が何処かから発せられているとしか思えない……」
「これ、結構やばいんじゃない?」
空間閉鎖。
電磁閉鎖。
このふたつが同時に発生した事が、前にもあった。
「まさか」
いると言うのか。
この人混みの中に。
「……すいません」
「ですから、空間ーー」
「これは恐らく、ここで対処出来るような問題ではありません。メタリック城へ応援を要請しましょう」
「め、メタリック城!?」
係の人を捕まえて端的にそう言うと、彼は目を丸めて見せた。
「空間閉鎖に電磁閉鎖、現在この一帯は、ありとあらゆるネットワークから寸断されて孤立しています。つい最近、こんな事がエリアYでもあって、その時はテロ組織がそれを主導していました。このままだと何かが起きるかも知れません」
「た、確かに……」
電話は通じないし、ワープも出来ない。
身動きがとれない間にまた強襲でもされたら溜まったものじゃない。
それに、メタリック城には顔見知りも多い。
動くなら早いに越したことはないだろう。
「よし」
踵を返して、メタリック城へ向かう。
幸いにも城はすぐ近くにあるため、程なくしてインペリアルタワーと呼ばれる巨大な塔の前へと僕は到着した。
「すみません」
「なんだ」
「この一帯に空間閉鎖と電磁閉鎖が掛かっていて今転送エリアが混乱しています。誰かに取り次いで貰えませんか」
「何? 空間閉鎖と電磁閉鎖? どれどれ」
ギルドのライセンスを咄嗟に身分証代わりに提示してメタリック星人の門番に言うと、彼はスカウターで誰かにコンタクトを取ろうと耳に手を伸ばす。
「……マジか。繋がらないぞ」
「電話も繋がらなくて、みんな困ってます」
「そういう事なら分かった。少しここで待っていてくれ」
屈強そうな門番は頷きながらそう言うと、別の門番に耳打ちをして城の中へと走り去っていく。
インペリアルタワーと言われる巨大な塔の様な城は、この人工惑星の中でいちばん高い建造物なだけあって首が痛くなるほど見上げてもその先端を真下からでは垣間見ることも出来ないような一本の金属の柱だ。
この柱が実はメタリックの中枢であり、こなたちの本来の居所だと言うのもなんだか変な感じだ。
「……」
残った方の門番は微動だにしない。
翌々観察すると、兵士たちの装備する武器はどうやら特に決まっているわけでもないみたいで残っている門番は2つのビットを装備している。
ちなみにさっきお城に入った方の門番はナイフが武器だった。
ナイフが武器の門番って大丈夫なのだろうか……
まあさっきの門番はドライブを3つ腰にぶら下げていたから相当強いのだろうけれども……って、思い出した。
「そう言えば、さっき道端でこんなドライブを見つけたんですけど……」
「……ドライブ?」
僕の渡したドライブを門番はまじまじと観察している。
「……えっ!?」
「な、何かあったんですか?」
「君、これをどこで」
「転送スポットで見つけましたけど……それが何か?」
「これ、違法ドライブだ」
違法ドライブ?
「俺は城勤めになる前は宇宙警察に居たから間違いない。たまたま地球の言語を習っていたから分かったが……よく見てみろ」
そう言うと、彼はモデル名が書かれて居る場所を指でさす。
「本物のドライブはここにGnと書かれてるはずだが、これは小文字がnではなくηだ」
「い、いーた……?」
外国語は本当によく分からない。
宇宙語は翻訳してくれるのに何故スカウターは地球の言語を翻訳してくれないのか?
本当にクソすぎる仕様だ。
「違法なドライブは型名に英語ではなくギリシャ語やキリル文字が彫り込まれていることがある。それにどうもこれは誘惑魔法が掛かってるな。君よく誘惑に負けずにこのまま持ってこれたね」
それにしてもこれ、やはり良くないものだったか。
通りで何だかこのまま装備してしまいたい欲求に駆られると思っていたら。
「これと似たようなドライブ、転送エリアにたくさんありましたよ」
「じゃあ今すぐにでも回収しないと――」
悲鳴が上がり、直後に爆発が来た方向で上がる。
「……えっ!?」
振り返って見ると、爆炎が煙と共に立ち上がるのが見える。
ひょっとしなくてもあの転送エリアで何かあったか。
「ち、ちょっと見てきます!」
「お、おい君ちょっと待て!」
違法ドライブだけを門番に押し付けて、来た道を走って戻る。
しかし、転送スポットまで戻ってきて、僕は事態を把握するのに時間を要した。
何故なら、スポットの中心付近にはあのD.E.A.T.H.の構成員と思わしき黒装束が一切見当たらないからだ。
そして、周辺には魔術的な享楽に喘ぐ人々がいた。
「ぐひっ、ぐひひひひひぃぃっ……」
「あ……あ、ああ……」
「んんっ! んっ……」
ああ、これは。
「暗黒魔術……」
邪術の齎す快楽が、人々を狂わせている。
直感的に分かってしまう。
なぜなら僕自身も、このエリアに充満している負の障気に、何故か意に反して興奮しているからだ。
前に一度暗黒魔術を使った事があるからなのか。
使う目的も、意味も全くないのに、何故か目の前にいる地球人の男に、暗黒魔法を撃って吹っ飛ばしてしまいたい欲求がムラムラと沸き上がる。
そしてその欲求に動揺していると、目の前にいたその男がふと、自分に向けて手を翳していた事に気付き、自分の置かれている状況にも気付いた。
何もムラついているのは僕だけではないのだ。
「ーー【カオスブーマー】!」
呪文が唱えられた瞬間、彼は快楽に顔を歪ませ、涙と涎を流す。
そして横倒しにしたかのような黒い竜巻が放たれ、これを僕は咄嗟に回避した。
「まずい……!」
敵は一般人だ。
これは、どうすれば良いんだ。




