239. 預言をするということ
Rip
[動](他)
1.〈紙・服など〉を(びりっと)(引き)裂く
2.〈秘密など〉をあばく;〈けんかなど〉を蒸し返す
3.(海・河口などの潮流の衝突による)激潮水域;(暗礁などによる)激流
4.心的葛藤
Relationship
関係,関連,結びつき;親戚[血縁]関係
「じゃあ出席を取りまーす。天野さん」
「はい」
「伊集院君」
「はい」
翌朝。
機転を効かせてくれた伊集院くんがワープパッドを設置してくれて、僕たちはそれを使って学校に来た。
男子トイレと女子トイレに繋がっていたそれはとても都合が良く、僕達はワープしたことがバレずに登校できた。
「星野君」
「はい」
ワープパッドが家に欲しい。
アレがあればもう遅刻しなくなりそうだし、ゆっくりと家でのんびりしてから学校に来れる。
あるいは空間魔法の勉強をしてみようか。
クルリとその場でターンしてワープ出来るのは夢があるし格好いい。
何よりパッドを置かなくてもどこにでも好きなタイミングで移動できるし、いわゆるアイテムボックスも作り放題になれそうだ。
「これから選択美術? だったかしら。みなさんいってらっしゃい」
一斉に椅子が押される音が響き、我に返る。
これから美術の授業だ。
「木本君、音楽室に佐藤君を案内してあげてね」
「あ、はい」
宇宙で何があっても社会は回り続ける。
例え気になることがあって現実逃避していても、それは変わらない。
◇
「水津さん」
「ウィッス」
「鏡を仕舞いなさい」
終わりのSHR。
突然先生がピタリと手を止めると眉間に青筋を立てながらも、可能な限り穏やかな声で彼女は水津さんに声を掛けた。
「どうせこの部分終わったら時間的に終わりっしょ? 別にいいじゃーん」
「放課後まではいけません。閉まってください」
「うそでしょ。マジ?」
彼女の隣の席に居るキモタクは心の底から迷惑そうな顔をしている。
水津さんが鎌瀬先生の目の前でメイクをし出したのが原因で長引いているのだ。
「マジです。貴方がそれをしまうまでこれを続けます」
「……」
鎌瀬先生の目が鋭く光ると、水津さんは渋々机の中に化粧品をしまっていく。
大きく溜息をつきながら足を組む彼女を見て、満足気に鼻息を鳴らすと鎌瀬先生は何事も無かったかのように話を続けた。
「明日から文化祭の準備が始まるから、みんなちゃんときてくださいね。じゃあ終わります」
「……起立」
椅子の脚のゴムが床に擦れる。
「気をつけ、礼」
ありがとうございました。
皆で斉唱して解散すると同時に、巧が囁く。
「水津さんって、なんか、凄いよな……」
「だね」
「佐藤は何つーか平々凡々だしすぐ打ち解けるだろうが、水津さんは……」
巧と教室を出て、学校を出る。
「アクが強い」
「ああ」
典型的なギャルだもんね。
昔はああ言うのが沢山居たと聞くけれども、このご時世にあんなコテコテのギャルを、一応曲がりなりにも進学校であるこの学校で見かける事になるとは。
「しかもあれでこっち側の人間だとか、ほんと世の中色々な人間が居るよね」
「佐藤はあれ違うのか?」
「うん、非魔人だって」
さすがは平々凡々な一般人だ。
……こんな事言ったら、怒られるだろうか。
「お、着いたぜ」
気がつけば目的の駅に到着し、僕たちは電車を降りた。いつもの見慣れた景色だ。
そのまま乗り換えて別の電車に乗り込む。
「今日はどうする?」
「こないだ泊まりに行ったばっかだし、夜中からあっち行く」
「そっか」
この場合の『あっち』は魔法界を示している。
……そう言えば水津さんって、魔法界じゃ何をしてるんだろう。
「向こうで合流するか?」
「んー、長期の依頼受けててそっちに行かないとだから無理そう」
「なる。んじゃ別行動だなー」
今日はトンプスの警備……と言う名のコンサート無料視聴の最終日だ。
トンプス曰く、今日は本番の衣装を着て本番と同条件でリハーサルを行うということで皆が気合いを入れている。
僕も気合十分だ。
ほぼ曲を聴いているだけだが。
「巧ってそう言えば別行動の時ってどうしてるの?」
「俺? 普通に依頼と、後は2つ目のドライブがまだ馴染まねーから、伊集院に頼んで炎と電気に強い人紹介してもらって色々と教えて貰ってる」
まさかそれって赤いのと黄色いのじゃないだろうな……
思わずそう邪推していると、最寄り駅に到着だ。
「おっ、着いたな」
「うん」
「んじゃ、また明日」
「じゃあね」
巧と僕は駅までは一緒だが、流石に駅に着いてからは帰る向きは違う。
巧と別れて、家まで歩いて来たところで家の電気が着いていないことに外から気付く。
多分、母さんも今頃は向こう側だ。
母さんも僕が魔法使いになってからは色々と自重しなくなったと言うか、どうやら昔の交友を掘り起こしているみたいで、たまに知らない宇宙人が家に来ていることもある。
ギルドの人間で一番仲いいのは多分こなだ。
仮にもギルドマスターで帝国の皇女とかいう意味の分からないポジションなのに、彼女は平然と家に上がり込んできて寛いでいるし、母さんも何故か平然と対応している。全くもって理解ができない。
……もしかして伊集院くんの複写式だか何だかよく分からない分身の式神でも使っているのか?
「ただいま」
雑に荷物を自分の部屋のベッドの上に放り投げ、廃墟へと向かう。
これからトンプスのリハーサルだ。
彼は、今回の本番ではどうも『預言歌』と言う物を歌うつもりでいるらしい。
預言歌とは曰く、その名の通り預言を乗せた歌なのだそうだ。
歌の内容については完全に機密となっていて、トンプス以外の誰もがその内容については知らない。
歌詞の内容は勿論、メロディも不明だ。
預言歌のパートについては楽器も全てトンプスの過去体と未来体がやって来て演奏するのだそうだ。無論演出もだ。
照明の当て方から音響その他小道具に至るまで全てトンプス自身が用意している。
だからスタッフは本当に、誰も何も知らない。
何故そこまで厳重に秘匿しているのか聞いてみたら、彼はこう言った。
『時空超越師の預言は……ましてや、俺みたいな通常のではない時空超越師のする預言は、預言をすると言う行為だけで予定されていた未来を大幅に変える可能性がある。例えば、将来この道を通ると乗り物に轢かれますと言われてその道を通る奴は居ないだろ? だから預言は慎重に行わないといけない。もし万が一漏洩したら要らぬ憶測を呼ぶし……それに、今回の預言は重大な物なのでな』
要らぬ憶測はどの道出てくる気はするが、なんせトンプスは時間とか過去や未来の話になると途端に目の色を変える。
彼の目の色は至って真剣だった。
「さて……メタリック星、インペリアルタワー前」
廃墟の見慣れた転送装置の上でそう呟く。
トンプスは一体、何を歌うつもりなのだろう。
あともう少しの辛抱でそれが分かる。




