238. 差し出された首
イマイチ理解できない事が一つある。
――バシュッ!
「ただいマガジンー」
「お帰り~!」
「エリア、お茶作って。彗、お疲れ様。今回は残念ながらブラッディアとアトモスは逃がしたが、ひとまずは様子見と行こう」
「……いいの?」
地球へと戻ってみれば、もうまもなく日の出だ。
「ああ」
「Here」
「ありがとう……って、これコーヒーじゃん」
またコーヒーか。お茶じゃない。
「飲めるようになればいい」
……どうしても飲めと?
思わずそう思って見上げると、ちょうどソラたちが目を覚ましたようで奥の部屋からのそのそと現れた所だ。
「おはよー」
「おはよう」
「……大丈夫だった?」
「ちょっと危ない所はあったが、まあ概ね大丈夫だ」
不安そうなソラに対して伊集院くんは肩を竦めながらそう答える。
「なんか、敵が変な鳥を召喚してきてビックリした」
「……鳥?」
「天野さんなら分かるかな。リキッド・フェニックスだ」
そう言って伊集院くんは徐に指先を天井に向けると、詠唱を破棄して何やら白い波紋を放つ。
「あった。ナナ、説明は任せた」
「えー」
伊集院くんがキッチンへと消えていく。
「で、リキッド・フェニックスって?」
「あーね、アレは不死鳥の一種よ。液体の不死鳥」
「それは名前を聞けばなんとなく察しはつく」
「えーとね、物質の三態については学校で学んだ〜?」
「……僕はナナがそんな単語を知ってる事に驚きなんだけど」
なんで地球産のただの……元、ただの犬がそんなワードを……
「一般的によくある不死鳥は『ガス・フェニックス』と言う気体の不死鳥。燃え上がる生命の灯火を表すかのように体毛から可燃性のガスを放ち、聖火を燃やす不死の存在。それに対して、『リキッド・フェニックス』はその名の通り液体を司る不死鳥で、不死のシンボルの一つである『血液』を身体中に循環させる不死の存在ってワケよ〜」
「ちなみに、固体を司る『ソリッド・フェニックス』って言うのもあって、それは全身が賢者の石で出来ているの……ねえ彗、そんな相手と戦ってきたの? 本当に大丈夫?」
補足してきたソラが見上げるように不安そうな顔を覗かせる。
「だ、大丈夫だよ」
「ああ、血液沸騰をされる前に音を遮断できた」
戻ってきた伊集院くんが手のひらに小さな機械を乗せてそう言った。
「それは?」
「盗聴器」
「は?」
「魔力反応が一切無かったから気づかなかったのだろう。純地球産だ。いつの間に付けられたのかな」
「ヤバくない?」
峰さんはぎょっとした様子で思わず後退りをした。
「まあ、大丈夫だろう。仕掛けられてたのはこれ一つだけだし、前にもっとヤバい事は幾らでもあった」
「そ、そうなんだ……」
「ナナが進化した件とかはうちに拓也しかいない状態で暗殺者がここを強襲してきた事もあったからな。ところでアイツ起きてないな、ナナ起こしてきて」
「ほんとこの飼い主はペット使いがさ〜」
文句を言いつつもナナはのそりと起きおがると、キモタクと巧が寝ている部屋の扉を念力で開けると耳をバタつかせて何故か飛びながら部屋へと入っていく。
「……ふぎゃっ!?」
「起きなさ〜い」
「……で、話を戻すと、リキッド・フェニックスの鳴き声は聞いている生き物の血液を沸騰させる能力を持っている。直接聞くと死ぬから障壁を展開してその死の歌声を直接聞かないのがやり過ごし方だ」
「随分と恐ろしいものなのね」
「前にもハブルームでブラッディアに使われたことがある。その時は自分を守るので精一杯で、人を一人死なせてしまった。今回は皆を守れただけでも成果さ」
「前にも……」
通りで、あの声を聞いた時に身体が熱くなるような感覚があった訳だ。
あれは比喩無しに本当に身体が……と言うよりも血が加熱されていたのだろう。
恐ろしい力だ。
「ところでさ、一つ気になっていて」
「うん?」
気になっていること。
それは、さっきの伊集院くんたちの会話の内容だ。
「さっき、全部嘘だって言ってたけどさ、何のためにあんな事をやったの?」
「……そうだな」
ソーサーにコーヒーカップを置いた伊集院君の表情は一見穏やかだけど、なかなか読み取れない。
「この作戦を遂行したワケを話すには、向こうの内部事情を説明する必要があるな。この指定暗黒組織D.E.A.T.H.は、最盛期の頃はAAAAと裏社会界を二分する活躍をしていた」
いつの間にやらソファに座り込み足を組んでいた伊集院くんはこう続ける。
「しかしある日を境にDEATHの勢いは衰退する事となる。メタリック皇帝の側近であったSが蠍との戦いに敗れ、二代目ZがAAAA首領の襲名をし、徹底抗戦を始めた時だ」
「宣戦布告?」
「そうだ。蠍はかつてダブルと言うDEATHの幹部に雇われてあの組織を半壊させた経歴があってな。その報復措置だ。奴らは徹底してあの組織を叩いていてそれで弱体化した。俺もAAAAから取引を持ちかけられたことだってある。幹部の首を差し出すから代わりにあの組織の情報を寄越せとな」
その言葉に、ソラが目を見開く。
伊集院くんが言っている『取引』とは、恐らくは提携の事だと言うことは察しがつく。
あの組織の情報を共有する代わりに、自らの首根っこを掴ませる、という内容だ。
そして、伊集院くんたちはその取引に応じたのだ。
だからザントさんはあの組織にいるのだ。
「で、なんでDEATHを罠にハメたかって言うとさ、まあぶっちゃけ弱体化した所を便乗して潰しておこうと思ってな」
「便乗?」
「そ、風の噂ではAAAAは意趣返しにスパイを送り込んでたという話だし、2方向から挟む事でまずは片方潰しておけばあとはAAAAに専念出来るだろ? 敵の敵は味方なのさ」
敵の敵は味方。
いつもの言葉遊びだ。
「でも……それだけで、あんな大掛かりな作戦をした訳じゃないでしょ。まだ他にも目的があるんじゃない?」
そう伊集院くんに聞いてみせると、彼はニヤリと笑って見せた。
ただ潰したいだけなら、さっさと本部を叩けばいい話だ。多分X-CATHEDRAの力なら、本部ぐらいとこにあるのか割れていそうだ。
「鋭いね。確かに理由はもうひとつある。それはデザイナー・アトモスの弱体化だ」
ここで峰さんが首を傾げてみせる。
「アトモス?」
「アトモスと言うデザイナーはとても賢い幹部だ。衰退期に在ったDEATHをここまで盛り返さしたのもアトモスだし、ウェルドラを放置プレイしていた時にスナームを送ったのも、刑務所にぶち込んだ時に脱獄させたのも全部アトモス。脱獄させたのはブラッディアの指示だろうけどね」
「でも、どうして関係するの」
「アトモスが邪魔なんだよ。何せ幹部の半数をムショにぶち込んでも平気で脱獄させるんだからね。だからそのアトモスを揺さぶって、まずは組織内の立場を揺るがす。あの組織はアトモスが根幹と言ってもいい。その根幹が揺げば、組織が揺らぐ」
なるほど。でもじゃあこれって……
「つまり今回の作戦の標的って、アトモス?」
「正解」
戻ってきたナナに連れられて、頭の寝癖が凄まじい巧と、眼鏡をかけていないレアな状態のキモタクが現れる。
それにしても、そこまで伊集院君が固執するアトモスって、一体何者なんだろう。
僕はその疑問をぶつけた。
「アトモスって、何者なの?」
エリアさんもジャージ姿であくびを殺しつつコーヒーを口に運ぶ。
「意外と身近な人かもね?」
そう言う伊集院くんの顔は笑っていた。
まるで獲物を手にかけようとする、邪悪な笑みだ。




