234. エヴェルネーヴ雪原
エヴェルネーヴ雪原。
ラルリビ星の北側に存在する寒冷地で、万年雪に覆われている凍土の世界だ。
そんな雪に囲まれた大地に降り立った時点で、僕は真っ先に自分の薄着を後悔した。
「さ、寒っ!」
魔法陣でワープした先はギルドの支部のようだ。
そのギルドの室内ですら、かなり温度が低い。
「す、すいません!」
「はぁい」
堪らずカウンターへと向かい受付に声をかけると、眠たそうな表情を浮かべたラルリビ星人が反応してくれた。
「こっ、ここ初めて来るんですけど、空調に関わる魔法とかって何かありますか」
「空調ですかぁ? なら適温化魔法がオススメですねぇ」
やや小太りで怠慢な雰囲気を受けるそのくたびれた受付はそう言うと、ノシノシと本棚へと向かい一冊の魔導書を僕の目の前に取り出してくれた。
「この魔法ですねぇ。詠唱文はモデラテンパレで魔法陣の形はここのページにありますねぇ」
「あり、がとうございますっ!」
とりあえず無詠唱で早速【適温化魔法】と脳内で唱えると、炭酸飲料の封を開けた時のような音が響き、頭から暖かい風が身体に纒わり付いて周囲の温度を上げる。
「おお……だいぶ違う……」
「また何かありましたら受付までお越しくださぁい」
「ありがとうございます!」
適温化魔法についてはどうも一定時間しか作動しないため、適度にかけ直しが必要になるらしいのでその事を頭に叩き込んだ上で本を返却し、ギルド支部の外へと向かう。
「よし」
見渡す限り雪だ。
だけれどよく見ると彼方に小さくそびえ立つビルのようなものが見える。
……ビル、と言うか。多分あれが貨物船だ。
なるほど地面に対してほぼ垂直に突き刺さっており、伊集院くんが頭を傾げていたのも理解出来る。
目標を捕捉できた事もあり、スカウターに手をやり依頼掲示板を開いて依頼を受けようとした所で電話が鳴る。
「もしもし」
『もしもし〜? 彗今どこ〜?』
ナナだ。
「ラルリビ星の雪原に着いたところ」
『何となく彗なら来てくれると思ったわ〜。他の三人は?』
「居ない」
『おっけー』
「ナナは今どこに?」
『貨物船の前よ。今から座標送るから、そこに向かって』
「了解」
『あら、早速接敵したわ。モデルWd、モデルUj、モデルQx、トリプルドライブ、ダウンロード~」
ナナのスカウターから付近の地図データが送られてくると共に、ナナが敵に攻撃をする音がして通信が途切れる。
急がなければ。
「やっぱり敵が居るのか……」
視認出来る範囲に戦闘員は居ないようだが、もう来ている事は間違いない。
ため息を付きながら一歩を歩み出すと、それに合わせてスカウターにナナの言っていた座標が届き、僕はそれを即座にインストール。
座標が指しているポイントは貨物船の目の前だ。そしてそこからほど近いポイントで、友軍を表す緑色の点がせわしなく動いているのが分かる。
恐らくはコレがナナなのだろう。
『ーー此方司令室、四天王ナナが接敵した。敵は指定暗黒組織D.E.A.T.H.の戦闘員と思われる。手の空いている者は現場に急行せよ』
割って入ってくる通信は、伊集院くんの声だ。彼もスタンバイしたという事なのだろう。
「此方星野、雪原に到着しました」
『……君なら来ると思っていたよ』
伊集院くんの声に応答すると、間を置いてそんな発言が帰ってくる。
「視認出来る範囲に敵はいなさそうだよ」
『そうか。ではそのまま向かってくれ』
今頃ソラたちはどうしているだろう。
気が付けばもう出てから一時間は過ぎているし、たまには睡眠圧縮をしないで寝ているだろうか?
そんな事をぼんやりと考えながら雪原を進んでいくと、切り立った崖の麓へと到着した僕は無詠唱魔法で崖を飛び上がり、改めて貨物船を目で捉える。
「……悲鳴が聞こえる」
叫び声だ。
追って、金属がかち合う音と爆発音、そして発砲音。
ナナが囲まれている。
「【フレイムリフト】!」
「【クリスタルレイン】!」
ナナが剣を咥えたまま炎の球を口から吐くように投げつけ、戦闘員を一人吹き飛ばすと別の戦闘員の呪文と共に頭上から水晶の雨が降り注ぐ。
「【パラソルガード】」
「ーー【落石】!」
「ちょっ、彗!?」
ナナの頭上に傘型の障壁が展開されたのを確認して、敵の頭上に岩を召喚して落とすとナナは驚いた様子で口に咥えていた剣を落とした。
「ぎゃああああっ!」
「行くよ!」
竜殺しを手に取り、僕と言う増援に驚いている敵の胸を切り裂く。
ガラスが割れる音と共に無防備になり逃げ出す敵の姿を見届けながら、まだ残っている敵戦闘員へと目を向けるとその内の一人に急速に闇の魔力が収束していくのが見えた。
「畜生、【闇の波動】ッ!」
「【鉄の壁】!」
前方にそびえ立つ構成員を中心に、闇の波紋が放たれる。
自分とナナの前方に鉄の障壁を展開して攻撃を防ぐと、ナナが飛び上がりその障壁を踏み台に高く跳躍すると、口に咥えた剣を振り回し器用に剣波を飛ばして敵を攻撃した。
「ぎゃああっ!!」
「ーー今よ!」
「【刃の脈動】!」
剣を地面に突き刺し、呪文を唱える。
その瞬間、剣を起点に全方位に衝撃波が発生し、周囲の敵をまとめて薙ぎ払っていく。
吹き飛ばされた敵のシールドが次々に破壊され、ガラスが砕け散る音がそこら中で響き渡り、転移音と沈黙がそれを追う。
「よし」
シールドが割れて退避した彼らを確認して、僕は剣を下ろした。
「やるじゃない。見直したわ」
「ありがとう」
ナナが僕の前までやってくると、剣を虚空に消し去り雪の上におすわりしてみせる。
「此方ナナ、オールクリアよ」
『了解。怪我はないか?』
「大丈夫よ〜」
「あ、でも耳にかすり傷が付いてる」
『そうか。よく言った彗。うちの犬を虐待した奴は俺が諜報部の総力を挙げて必ず見つけ出して生まれてきたことを後悔させるから安心していいぞ』
なんて物騒な……
言わない方が良かったか。
「彗が困ってるわよ。そんな事よりナビゲーションを続けて」
『ん、ああそうだな。と言ってもレーダーに敵影は映っていないからそのまま直進していいぞ彗』
「分かった、ありがとう伊集院くん」
貨物船はもう目と鼻の先だ。
 




